出会い2
ⅰ 世界の生態
「えー、では時間になったので始めますね。司会進行をします、狭間です。よろしくお願いします」
僕は机に置かれた手書きのネームプレートを少し持ち上げて見せながらそう言うと、小教室に入った十数名の現世界からの修学旅行生たちから小さな返事をもらう。まあ、そんな乗り気になれないよねと思いながら、決められた進行を進めていく。
僕は今日、土日の休みの日、仲の良い教授からこの学科別紹介コーナーの手伝いを頼まれた。僕は基本、土日は何もしていないので、快く受けたが、まさか進行まで任されるとは思っていなかった。
今日は何も特別な日という訳ではない。ただ、時々現世界から修学旅行として未来世界へきて、一週間から二週間というとても長い期間の間、様々なイベントを行う。そのイベントの一つに、未来世界にある大学を見学しようというものがあり、うちの大学はそれを受け入れているのだ。
そういうことで、黒板前にある机に座る僕と彼女、宇津木有夏と、教室の後ろ側で立っている、二人の顔見知りの学生と一緒に、心理学科を紹介している。まあ、紹介といっても、ほぼ資料にあることを説明して、そこに、学生視点の感想を述べると言った、緩やかなコーナーになっているので、そこまでためになる紹介は出来ていないと思うが。
今回も二人で分担して説明し、質問時間に突入する。今までの流れであれば、あの質問がくるだろう。先ほどの時もでた、あの質問が。
「えっと、説明は大体終わりました。質問や気になったこととかあれば――」
「はぁい! 聞きたいことありまーす!」
明るい茶髪に染めたいかにもスクールカースト上位の女子が手を挙げる。すぐさま指名し、質問を受ける。
「えっとぉ、こっちにいる人ってぇ、なんかすっげぇなんかが出来るって聞いたんだけどぉ、ほんとっすかぁ?」
「すっげぇ何かが出来る……ああ、能力のことかな?」
「そう、それっすぅ! ぶっちゃけ、信じてないんでぇ、見せてくれますかぁ? あ、出来ない人もいるんでしたっけぇ?」
明らかに挑発しているように聞こえる調子で話す修学旅行生。まあ、現世界の人間からしたら信じられないだろう。先ほども似たような輩に質問され、流石の僕も嫌な気持ちになったものだ。でもしっかりと対応するように彼女に言ったので、今回はしっかりと使ってくれるはずだ。僕は有夏に目配せをする。彼女はあまり乗り気にならない重い表情を浮かべながら、その超力をみんなの前に披露する。
「じゃあ、質問したあなた。ちょっとシャーペンを持ってくれる?」
有夏はそう指示する。その子は言う通りにシャーペンを取り出し、手に持つ。そして、有夏はその力を駆使し、瞬時にそのシャーペンを自身の手に瞬間移動させた。これが彼女の超力、物体取り寄せ能力『アポート』と一般的に呼ばれる力だ。名前だけなら現世界にも知られているほどにメジャーなものだと聞いている。
その超力を目の前で見せられた修学旅行生たちは、先ほどの学科紹介では見せなかった元気を湧き出し、声を上げて驚いていた。
「マジで! え、マジ!?」
「やばやばい! ちょうやべぇ!」
「もう一回見せて!」
現世界の皆はとても盛り上がり、アンコールをねだるが、有夏はもう超力を使う気はないらしく、「もう終わり」とだけ言って指で小さくバッテンを作っていた。彼女は、自分の超力は見世物ではないと言い、多くの人前で見せびらかすようなことを嫌うのだ。こうなっては仕方ない。僕は教室の後ろにいた二人に向かって少し頷く。すると、前もって打ち合わせていた通り、二人は反応し代わりにその超力を披露してくれた。
「へいへーい! じゃあ皆、俺たちに注目!」
「じ、じゃあ、やるね」
そして、元気に話す船木伸一と、弱弱しく話す川嶋玲奈は超力を披露する。暗い赤茶に染まったミディアムストレートの髪の船木伸一は、人差し指を発熱させ、空間に指を走らせる。走らせた痕には、赤い線が描かれる。船木伸一はそのまま簡単な魚を描き、赤い線で描かれた魚は、そのまま空間を泳ぐように動き出した。それを見た修学旅行生たちは当然驚きと感動の声を上げる。あれが、同級生の船木伸一が、能力開発手術によって手に入れた超力、空間に線を描き、描かれた線を動かすことのできる特殊な熱を操る力。一般的には『テンプルキネシス』と呼ばれる系統のものだが、あまり馴染みもないし、口に出しやすい名称とは言えないので、大体『温度系能力』と呼ばれることが多い。僕がこう思うのもおかしいが、彼の能力は、描いた線を動かせるという点を見て、かなり特殊な超力だと思う。
一方の川嶋玲奈は、空中に手を少しかざし、何かを握るような仕草をした後、事前に用意していた紙コップを反対の手に持ち、握った手を紙コップの真上に置く。そのままゆっくりと開いていくと、そこからは水が流れ落ちていき、紙コップの中へと注がれていく。近くにいた修学旅行生たちは素っ頓狂な声を上げ、その光景にくぎ付けになる。流れ終えた手は、次は修学旅行生が持っていたペットボトルを掴む。そして手を離し、再び紙コップの上に置き、ゆっくりと開いていく。すると、再び水が注がれる。彼女のあの能力は、水気を操る超力。正式名称は『アトモキネシス』と言われるが、例によって、『大気系能力』と呼ばれている。彼女の能力に関しては、この未来世界にとっては地味な能力だが、現世界の人たちにとってはそれでも不可思議な“超能力”として映るだろう。
「はい、もう終わり! これ以上は有料! 玲奈もストップな」
「も、もう終わりで良いの……? 分かったわ」
長い時間見せないように大学と研究所から注意されているため、長くは見せることはしない。二人はその規則に則り、その超力を解除した。教室内には残念がる修学旅行生たちのため息が木霊する。
「では、この時間の大学紹介コーナーは終わりになります。えっと、では一旦先生たちの方へ戻ってください。お疲れ様でした」
業務連絡を残酷に告げる僕。先生たちのもとへと行きたくない修学旅行生たちの恨むような目線を受ける。
(申し訳ないね、流石に大学と研究所から言われているから、これ以上は見せることは出来ないんだ。それがなければ船木くんと川嶋さんの超力をもっと見せてあげたいよ)
心の中で無意味に弁解しながら、表では笑顔を作り見送る。そんな声も知らない修学旅行生たちは、しぶしぶ荷物をまとめて教室を出ていく。その流れを見て僕は足元に置いてあるペットボトルに顔を向けて手を伸ばす。すると、眼の前にひとの気配がしたので、持ちながら顔を戻すと、とても真面目そうな子が一人、荷物を持ちながら僕の方を見ていた。
「えっと、質問かな?」
「はい。その、どうやってあんなことできる人が生まれたんですか? どんな経緯があって、能力を持った人間が生まれたんですか?」
恐らく現世界の人たちがみんな持つ疑問だと思う。しかし、詳細な答えを覚えられるほど、僕はこの能力の誕生について関心はない。なので、一般的に知られているもの、そして断片的に記憶に残っていることについて、出来るだけ簡単に説明することにした。
「実は、僕も細かいことは分からないんだ。だから、一般的に言われている簡単なことしか言えないけど、それでもいいかな?」
「大丈夫です。教えてください」
真っすぐに、そして好奇心の輝きを孕んだ瞳を向けている。本当に知りたいんだなとぼんやり考えながら、その子を近くの椅子に座らせ、僕は落ち着いた声を使いながら、長くもない話しを始めた。
「じゃあ、話すよ。――当然、僕たち能力者は自然に生まれたわけじゃなくてね。一番最初にこの“超能力”を見つけようと動いた人が居たんだ。その人は、ドイツ……現世界で言えば、欧州地方出身の超心理学者のゲルハルト・デソワール。その人は、超能力を研究する名目として、超心理学という分野を提唱したんだ。それが、超能力についての研究の始まりだった。彼は熱心に研究し、実験を繰り返し行った。そして次第に、その熱意ある行動に感化された色んな分野の学者達が、一人、また一人と彼の元へと集っていって、今の超能力開発研究所の前身を作っていった。これが、超能力についての歴史かな。……どう? 分かったかな?」
恐らく一番聞きたくない話しだっただろうと思う。あまり面白く感じていない様子のその子は、形式的に反応する。
「はい、なんとなく……」
なので、次から本題の話しを始めた。
「まあ、歴史の話しなんてつまらないよね。じゃあ、次に超能力者についてだね。――現世界ではどう言われているか分からないけど、未来世界では、主に二種類の能力者が居るんだ。一つは、さっき君たちの前で披露した不可思議の能力を操る『
「実際に備わっている機能……その、あまりイメージが……」
「そうだよね。うん。じゃあ、ちょっと見ててくれるかな。あまり人に見せるものじゃないんだけどね」
僕はそういい、リュックから小型のカッターを取り出す。刃を少しだけ出し、迷いなくそれを手首に当てて傷をつけた。当然そこからは傷が出来、血が流れるが、僕の極限まで高まった再生力により、傷は見る見るうちに塞がり、数秒で傷は癒えた。この子は、最初は切りつけたことに驚いたが、今はこの再生力の異常な高さを目の当たりにして驚いているはずだ。僕は話しを続ける。
「生き物に必ず備わっている再生能力。僕はこの再生能力と、生命力の殊力者なんだ。ゴキブリとかって、首がなくてもすぐには死なないでしょ? そういうことなんだ。簡単に言えば、極端に死ににくいし、傷も再生する。そして何より、内臓とか、生きるために必要なものも数時間で再生してしまうんだ。だから車に轢かれても死なないし、心臓を刺されても、首を切られても死なない。……なんとなく分かったかな?」
恐る恐る聞く。目の前で行きなりリスカしたかと思えば、その傷はすぐに癒えた光景を実際に見て、この子は一体どう思っただろうか。
「……はい。完全に理解しました。なんというか……異常、ですね……」
異常。僕の想像していた返答だった。傍から聞けば普通でないと蔑まされているように聞こえるが、これ以上に僕たち能力者を表現する言葉もないだろう。事実、僕たちは、見えるところ、見えない所の多くが異常なのだから。
「あ、ごめんなさい! その……」
「いや、全くもって普通な答えだよ。そう、異常なんだよね、僕たち能力者は。君の意見は至極真っ当で普通なものだよ。……この流れだから言うけどね。この世界にはこういう異常な存在が当たり前のように多くいる。でも、「自分たちは異常ではない。正統進化した上位人種だ」って思う人も当然いてね。超力者は
この世界の異常性を余計に話したところで一旦落ち着き、僕はそのまま世間話しへと移った。どのくらい未来世界を回るのか、現世界はどんなところか。そんな何気ない会話をする。現世界と違って、この未来世界はただハイテクになっただけじゃなくて、人間社会の雰囲気がかなり暗くなったと思う。だから、こんな暗い世界の話しをしても、全く思い出にもならない。この世間話しへの移行は、僕にとっては楽しくない話しをしてしまった罪悪感から始まった。そしてしばらくして、集合時間が来たのか、修学旅行生は椅子から立ち上がり、荷物を整えた。
「えっと、ありがとうございました! とても面白かったです!」
「うん。思い出に残ったならよかったよ。未来世界を楽しんできてね」
時間がギリギリなのか、足早に修学旅行生は教室を出ていった。彼女は僕たち能力者たちのことをどう思っただろうか。やはり予想と違ったと思うだろうか。もしそう思ってくれたなら、なおさら、もっとも異常な面を教えなくてよかったと安心するのだが。
「終わった? はい、飲み物」
教室の外の自販機まで飲み物を買いに行っていた有夏が、僕の分まで買って戻ってきた。ちょうど持っていたものが空になっていたので、とても嬉しかった。
「ありがとう。ちょうどなくなっていたんだ」
「あなた、喋るとすぐに喉乾くものね。どんな話しをしていたの?」
何気なく質問する有夏。僕は、自然な笑顔で答える。
「この世界の生態の、異常性についてかな」
・あとがき
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