ⅴ 能力者たちは走り出す

藍月の照らす黒夜。ネオン輝く都心の明かりと、ビル群のネオンが街を照らし出す。そんな世界を、僕はベランダから眺めていた。

 結局、湯沢南と津南太一は夜通しテニス勝負をした。激闘の末、勝ったのは湯沢南だった。負けた津南太一は、いつか勝つまで挑戦し続けると宣言し、二人は復縁した。これからは、二人にしか表現できない愛情表現を自覚したことにより、二人はさらに仲睦まじく過ごしていくだろう。それはとても羨ましいことだ。羨ましいが、この超力者と殊力者が抗争を繰り広げる世界で、二人にはいつか幸せになってほしいと、心の中で祈った。



 テニス勝負を終えた僕は、昨日今日と休日を、病院で小遣い稼ぎをしたり、ちょっと離れた田舎へと行ってみたりして過ごした。そして明日、彼女がこちらへ戻ってくることに心を躍らせながら、何をしようか考えていた。一人で出かけるのも良いが、やはり彼女と一緒に出掛ける方が楽しいだろうから、どこか近くのスポットでも調べていこうか。それとも、彼女は静かな雰囲気が好きだから、カフェ巡りをするのも良い。考えれば考えるほど色んな案が出て来て収まらない。まあ、何をするかは本人と話し合って決めればいいだろう。



 どこへ行こうか頭をいっぱいにしていると、いつものテレポートの超力者が、結構近い家の屋根に出てきた。ここからなら、どんな制服を着ているのか確認できるかもしれないと思った僕は、目を凝らして確認する。その制服は、ここから一時間程度の所にあるという、大梅総合高校の制服だった。大学の友人に出身が何人かいるので、話しや写真を見ていたので、すぐに分かった。もしかして、ここらを散歩でもしているのだろうか。今回は落ち着いた所作をしており、こちらも釣られて落ち着いてくる。しばらくして、その超力者の少年は、テレポートで飛んで行ってしまった。あの少年を見るのが半ば習慣になりそうだと心で感じながら、僕は消灯して眠りについた。






 ――今日も無気絶登校を成すことが出来ずに消沈する。まあ、あれはしょうがない。無人のトラックが、大学一年生を狙って突っ込んできたのだから。なんとか助けられたが、僕は今月二回目の、この世界で珍しい交通事故を起こしてしまった。前回もそうだが、最近、自動車関連の騒動も増えているように思える。完全自動運転化したこの世界で、交通事故を起こせるほうがすごいのだが、こうも事故が増えていると、誰かが意図的に操作していると疑ってしまう。根拠もなく疑うのはあまり好きでないが、抗争も激化しているため、その可能性も頭に入れておいた方が良いだろう。

 僕はいつもの医務室で目覚め、八木原先生に、体を持ってきてもらったお礼を言い、外に出る。すると、そこには、彼女がいた。


「……やあ、有夏ちゃん」

「おはよう、壮一くん。体は元に戻った?」

「うん。おかげさまで、この通りね」

「なんか、いつもより早かったね。結構バラバラになったって聞いたから、お昼まで待つ羽目になるかと思ったわ」

「そうなんだよ。なんか、最近ね、再生時間が早くなってる気がするんだ。なんでだろうね」

「知らないけど、まあ、あなたの場合、日常的に能力使ってるから、鍛えられたんじゃない? さあ、行こうよ」


 彼女と並んで構内を歩く。歩きながら、彼女の能力の進捗を聞く。


「それで、どうだった?」

「うん。順調に能力は伸びてるみたい。人一人なら取り寄せられるようになったし、距離もかなり伸びたわ。確か、私の腕十本分の距離」


 話しを聞いてる途中、後ろから彼らの声が聞こえた。


「さあ! 先に着いた方が寝られる権利をもらえるわ!」

「おう! 今日こそ勝つ!」

 

 変わらない日常の中に馴染む彼らの掛け声は、電車の音や車の音を聞くと同じの安心感がある。彼らの声を聴いて、彼女は端へと避けるが、僕は当然避けるだろうと思い込み、そのまま歩いていた。しかし、聞こえてきたのは、驚嘆の声と、誰かに向かって退くように叫ぶ声だった。


「狭間くん、どいてぇぇ!」

「またかよぉぉ!」


 ああ、デジャブ。僕はすでに諦め、背中にダブルタックルをもらう覚悟を決め、目を閉じる。

……僕は目を開ける。僕は今、彼女の腕の中にいた。右肩に手を掛けられ、共に歩いていた。


「どう? 今はこんな芸当も出来るわ」


 近くに存在する彼女の顔は得意げな表情を僕に投げかけ、そういった。なるほど、確かに前の彼女では出来ない芸当だ。前の彼女は、人のような大きな存在は取り寄せられなかったし、こんな離れた距離のものは取り寄せることが出来なかった。先週の開発研究所への定期健診で一体なにがあったのだろうか。後で、ゆっくりと話しを聞くとしよう。


「すげえな、宇津木!」

「あなたの超力って、人も出来るの!?」


 態勢を崩した津南太一と湯沢南は、華麗な身のこなしで転ぶことなく難を逃れ、彼女の能力について興味津々になり寄って来た。


「まあね。この間の健診で色々挑戦したら、案外出来ちゃったの。疲れるけどね」

「そうなのか! 良いなぁ、殊力者でもそういうの出来るかなぁ!?」

「まあ、能力は使えば使うほど鍛えられるみたいだから、二人も出来るんじゃないかな。二人は普段から使ってるから大丈夫だと思う」

「そうだよ。殊力者の僕でも、いつも能力使ってたら再生時間が短くなったからね。多分、そういうのは超力者とか関係ないんだよ」

「そうなのか! よし、じゃあ次は動体視力を使う勝負事しようぜ! 狭間と宇津木でも出来るような奴!」

「え? 僕たちもやるの?」

「一緒にやった方が楽しいだろ! ほら、そうと決まれば、まずは教室まで “勝負事”だ!」

「いいわ! 用意、スタート!」


 そういい、津南太一と湯沢南は全力疾走で走り出す。少し遅れて、苦笑していた彼女も走り出す。全く。彼女のノリのスイッチは良く分からない。仕方ないので、出来レースの走者として僕も走り出した。前を行く、二人だけの愛情表現を理解し合い、愛を深めようと動く二つの存在と、この世でもっとも美しい、尊い存在を、追いかけるようにして。


・あとがき

https://kakuyomu.jp/users/yuji4633/news/1177354054883974143

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