ⅳ 確信の頬
「あれ、狭間と宇津木じゃんか。奇遇だなぁ。今日はお前らによく会う日なのか?」
「ふ、二人とも……こんにちは……」
カジュアルファッションの船木伸一は気さくに手を挙げて反応し、きれいめ系ファッションに包まれた川嶋玲奈は表情こそ明るいが、いつものように声に覇気がない。改めて見ても正反対な二人だと思う。船木伸一は陽気で、川嶋玲奈は腰が低い。この二人の違いが、一層、不安を掻き立てる。
僕たちはお店から急いで二人の後を追い、二人が中庭にあるカフェでゆっくりしているところを、いかにも偶然鉢合わせた風を装って近づいた。近くで見ると、二人の間に流れる空気は、標準的に見るカップルのそれとは少し違い、どこか冷たく感じる。
「私たちはここで買い物をしていたの。あなたたちも買い物に来たのね。その荷物からして、なにか大勢で遊ぶ予定でもあるのかしら?」
テーブルに置かれた、大きい袋が三つ。一つ目は、野菜などの食料品。二つ目は、恐らく缶のお酒たち。そして三つ目は、標準的な鍋と、紙食器だった。
「まあな。俺の友達たちが今日、家に来て鍋パーティーをするのさ。そんで、玲奈も参加したいみたいで、買い出しを手伝ってもらってんのよ。な? 玲奈?」
やはり船木伸一は、川嶋玲奈に対しては高圧的な態度を見せるようだ。上から押し付けるように放たれた言葉を受け、川嶋玲奈は背中を丸めて反応する。
「そ、そうだよ。楽しそうだし、私の友達も来るから……」
「そうなんだ。いいなぁ、楽しそうだ」
「それなら、お前たちも来るか? 友達っつっても、心理学科だし、顔見知りの奴らだろうから」
思いもしなかった提案に少し怯む僕。そういうつもりで言ったわけではなかったが、そう受け取られてしまったのだろう。少し恥ずかしくなる。が、これは、二人がどんな風に関わっているのか、知るチャンスでもあるのではないか? いや、流石に知り合いの前では抑えるか。
僕が返答に困っていると、有夏が代わりに返答していた。
「ちょっと壮一くん。今日は私の家でご飯する約束でしょう。忘れたとは言わせない」
「なんだ、そうなのか。全く、狭間、彼女との約束は忘れちゃだめだろ。悪いな、宇津木」
「いえ、せっかく誘ってもらったのにごめんなさいね」
有夏は申し訳なさそうに合掌し、謝る。僕以外に見せるその表情豊かな顔、二人きりの時にも見せてほしい。いつも僕といるときはあまり表情を変えず、冷静に行動するため、この姿の有夏はとても新鮮なのだ。
船木伸一の話しは続く。
「そういや、狭間は超力者じゃないんだっけ?」
「うん、そうだね。僕は殊力者だよ」
「そうだよな。なんか、最近、過激派の奴らが暴れてるって話しを聞くから、大丈夫なのか? ほら、なんとなく、能力者だって判断できる直感があるって、研究所の奴が言ってたしさ」
「そうだね。でもまあ、ここらには、拠点ないみたいだし、大丈夫じゃないかな。今朝のように、個人では何かあっても、組織としての行動はないと思うよ」
「ほーん。そんなもんか。……あ、安心してくれ。俺はそういうの気にしないやつだから。玲奈もそうだろ?」
「う、うん。きにしないよ」
「ありがとう。君たちみたいな人が増えれば、皆楽しく生きていけるのにね」
「本当にな。大学生になって分かったけど、金をもらって、遊んで、楽しんだもん勝ちだよなぁ」
「その……船木くんは、友達からお金取り過ぎだと……思うよ?」
「しゃあないだろ。ゲームで負けるあいつらが悪いのさ。おかげでバイトせずに済むんだしな。接客とか品出しなんてやってらんねえ。俺は金さえ拝めればいいのさ」
「すごいね。ギャンブルで稼げるんだ」
「まあな。狭間はなんのバイトやってるんだ?」
「僕は、殊力を生かして、臓器を売ってる」
「ほ、本当……?」
「マジで? やべぇな。そんで、採られた臓器は数時間で再生すんだろ?」
「そうだよ。僕にとって一番稼げて楽なバイト」
「確かに、ここらじゃお前くらいだな。楽して稼ぐのも楽じゃないな。一回にいくらくらいもらえるんだ?」
「部位にもよるけど、まあ、数十万以上は確実に稼げる」
「はぇ。良かったな、宇津木。どんなにお願いしても金が尽きることないぞ」
「そうね。今度、別荘でも買ってもらおうかしら」
「俺にも買ってくれよな。お前のために働くからよ」
「残念ながら、稼いだお金のほとんどは使い道があるんだ」
「なんだ、残念だ」
「残念ね」
僕たち三人が楽しく世間話を話していると、申し訳なさそうに、川嶋玲奈は会話を断つ。
「ね、ねえ、伸一くん。そろそろ行かないと……」
「ん。ああ、そうだな。じゃ、俺たちはもう行くわ。お二人さんも、楽しんで。――ほら、行くぞ、玲奈」
そういい、席を立とうとする船木伸一。その際、左足に気を使うようなそぶりをしているのに気が付いた。川島玲奈も、心配そうに見ながら席を立っている。
「そ、それじゃあね。二人とも……」
船木伸一が袋を二つ持ち、川嶋玲奈が一つの袋を持って、僕たちと別れて離れていった。僕たちは二人の姿が見えるところに移動し、二人を見送る。すると、船木伸一は、持っていた袋を一つ、川嶋玲奈へと押し付ける仕草が見え、そこで人混みに紛れて見失った。
「やっぱり、あの二人、心配ね」
「うん。船木くんは、川嶋さんに対して、高圧的な感じだったね。僕の勝手な予測だけど、あまり良くない感じだよ」
「私もなんか引っかかるわ。でも、今は遠くで見てるしかない。――全く、急に誘われようと動くなんて、無謀にもほどがあるわ」
「いや、あれは……うん、下手だったよ、ごめん」
「……別にいいけど。さあ、今日はもう帰りましょう。当然、私の家に来るよね?」
「あれ、今日は何も約束していないよね? あれは咄嗟の嘘なんじゃ……」
「ええ、さっきのは嘘よ。でも今のは嘘ではないわ。来るでしょう?」
真っすぐ見つめられる瞳に、僕は息をのむ。全く、無茶ぶりを言う人だ。冷蔵庫のものを消費しなければいけないのに。……まあ、不満を持っても、結局、彼女の家に向かって歩き始めたが。そして、彼女の家でも、彼等についての話しは止まらなかった。僕はどうしても、嫌な予感がやまず、そのことを有夏へと話していた。
翌日、悲しくもその予感が当たってしまった。彼女と一緒に大学の学食でご飯を食べていた時、遠くの席に川嶋玲奈が一人席で食べている姿を見つける。暗い表情で食べる彼女の頬には、明らかに何かがあったであろう、大きな絆創膏が、複数、頬を覆うように張ってあった。
・あとがき
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