2-6 ブラックスミス(LU3004年164の日)

転送装置を通って下層区に戻るとアークライはミアを連れて33区へと入った。

33区はウォルフ・サンダーエッジ率いるパンタローネが取り仕切っている為、最下層5区と呼ばれる中では治安は安定している。

無論、それはドブの中では比較的臭いをかいでも昏倒しないでいられるといった類いのもので路上で寝ようものならば、朝目が覚めると着ていた衣服と金目のものが全てがなくなっている……など日常光景だ。

そうして付いた呼称が泳げるドブ。

アークライからしてみれば、誰か知人をこのような下層区に連れてくるなどというのは避けたいところだった。

可能性は低いとはいえ、どこから手に入れたかわからない薬物で頭がトリップした輩に襲われればそれを庇いながら対処しなければならなくなる。

それは酷く面倒だった。

とはいえ自身の工房は33区にしかないのだから仕方ない。

アークライ達は33区に降りてパンタローネが主催するブラックマーケットを通り過ぎ、外壁沿いにある小さな酒場へと入った。

夕方になったばかりだというのに酒場の中は繁盛していて、席という席が埋まっている。ミアは当りを見渡してはあたふたしてアークライの裾を掴む。

無理もないだろう座っているのはどれも荒くれものばかりだ。騎士団の警備が手が回っているアークライ達が住んでいた治安のいい層では見られない人種だ。


「おう、アークライ。久しぶりだな?似合わねえ。お嬢ちゃん連れて……なんだ?ついに嫁さん見繕ったか?それとも引っかけたか?」


酒場の奥で発泡酒をコップに注いでいる男がアークライを背に言った。


「セクハラやめろ馬鹿。工房を使う。」

「こいつはいつもこの調子だ。つまらんとは思わないかねお嬢さん。遊びの1つぐらい覚えたっていいだろうに……。」


ミアは振り向いた男を見て思わず息を吞んだ。

男には瞳が無かった。岩洞の空洞の双眸が開かれている。

よく見れば背に瞳のようなものが浮いていて、それがアークライ達を覗いている。


「ああ、お嬢さん。義眼は見慣れてないかな……それは申し訳ない。」


そういって男は胸元からサングラスを取り出しかける。


「昔、どこぞに馬鹿が盗みを働こうとした時に失ってね、最初は風体を保つために付けていたんだがね、こんな町だろう?取り繕うことに意味も感じなくなってね……着ける習慣というのが無くなってしまったよ。」


そう酒場の主である男は笑う。

アークライはため息交じりにミアの頭をぽんと軽く叩いた。


「目的地は地下だ、さっさと行くぞ。」


そういって酒場のカウンターを超えて裏方へと入り地下への階段を降りていく。

階段を降り終えると鉄の扉があり、薄明かりの中でアークライはそこの鍵を家の鍵を開けるかのように開ける。


「言うまでもないことだが、ここの中のことは他言無用だ。いいな?」


そう尋ねるアークライにミアは頷いた。

――暗い部屋だった。


「ああ、今灯りを付けるから待ってくれ。」


そういって部屋の奥に入り、何かを回した。

暗い部屋の奥で何かが回るような音がして、それと同時に部屋の天井に付けられた灯りが点く。


「うわぁ……これ魔法ですか?」

「似たようなモノだよ。」


アークライは少し自慢気に言って掌に収まるサイズの円形の道具を取り出した。


「とりあえず計測から始めてみようか……計測器使った経験は?」


ミアはきょとんとして


「あの……アークライさん、何をしようとしてるんですか?」

「ん、『杖』いるだろ?だからお前の魔力波長がわからないとどうしようも無い。」

「はい、それはわかるんですが杖屋とかで買うとかいう話じゃ……。」

「馬鹿を言うな。お前みたいな規格外がそこらで売ってる『杖』をまともに使えるわけがないだろ……。」


魔法は現代の生活と切っても切れない力だ。

火を起こすこと、衣服を洗うこと、物を冷やすことなど生活する為に当たり前のように使われている。

しかし、この魔法という力を行使する上では『杖』という媒介が必要となる。

杖によって個人が持つ魔力を増幅し、指向性を付与、魔法へと変換するのである。

人無くして魔法がありえないのと同時に『杖』なくして魔法はありえない。

普段、『杖』は市販で杖状のものから指輪状のもの、ネックレスやイヤリングなど様々な形状のものが売られている。

そしてその全てにすべからくリミッターが設けられている。

つまりは魔法の出力制限だ。一定以上の魔法は発現させることが出来ないのだ。

俗に言う一般での魔法というのは家事洗濯などといった生活を支える為のものでしかない。

一般に支給されている杖で人に害するような力を持つ魔法を使えることはまずない。

そして杖を作るには厳しい資格試験を設け、その認可受けた資格者が国営の工房で監視のもと製作する必要がある。。

『杖』の製作には通貨と同じもしくはそれ以上の厳しい管理体制がしかれているのだ。

もしリミッターが外された『杖』を所持しているとしたら、正規の手段では帝国軍に入るか自治権が認められてる騎士団の騎士位を手に入れなければならない。

そしてそれ以外の手段で『杖』を入手した場合、短くて二十年以上の懲役、最悪は極刑に処されることもある。

それ以外の手段で入手するとなると、それはいわゆる闇ルートで手に入れるかもしくは――


「ああ、そうだ言い忘れていた。ようこそ、ケイネス製杖場へ……。」


――自作するしかない。

国家の認可資格を持っていない違法の杖製造者。

もぐり、独学など様々だがそれら全てを非認可製杖者ブラックスミスと呼ばれている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る