2章『模倣者』

プロローグ

下層区にある10区食品街にある袋小路。

クレア・ローゼンは、その日、酷く憂鬱な気分になっていた。

ルスカの天災以降、復帰の兆しを見せていた治安は騎士団創設以来最大とも言えるような荒れっぷりを見せており、ここ数日まともに寝台に寝転がった日が無い。

なにせ、天災に伴い今まで地下に隠れていた犯罪者達が活動を開始したお陰で、芋づる式にそれを捕らえる事が出来ているのだ。

これほどの好機は無い。そして、あまりに好機が続きすぎた。

自身の部下も流石にもう1月ばかり休みなしに働いているせいか、今にも倒れそうなものばかりだ……。

これでは通常の任務にも支障をきたしてしまう。

検挙も一段落ついた頃だと思い、クレアは騎士団副団長であるハーヴィ・メルクリウスに部下たちの臨時休暇の申請を出した。

あの鉄面皮かつ冷血漢であるハーヴィでもこれ以上、騎士達が疲弊すれば作業効率が悪化する事を考慮し1日ぐらいに休暇は許してくれるだろうとクレアは思っていたのだが、その期待は裏切られる事になる。

受理されなかったのだ。

理由は嫌がらせだとか、ハーヴィの頭が堅いだとかそういう事ではなく一つすぐにでも解決しないといけない懸案事項が出来たからだ。

そしてその懸案事項が今、クレアの目の前にある。

地面に寝転がった一人の男性。

その瞳には既に光がなく、体全身が冷たくなっている。

背には体から生えるようにして一本のナイフが直角に刺さっており、そこを中心に男性のシルク製の服を黒く染めていた。


「死因はこのナイフで間違いないんだな。」


そうクレアは部下に確認する。


「はい、隊長、被害者に他の外傷は見られません。」

「ナイフに魔痕は?」

「柄から検出されました。それを採取した後、中央へと問い合わせましたが該当魔痕無し未登録のものだそうです。」


事前に知らされていたものの、改めて聞くとその自体の問題にクレアはこめかみを摘みながらため息を吐く。

今、クレアの目の前の死体が発見された時、死体の第一発見者は回りに誰もいなかったと証言している。

死亡は発見のすぐ後であったと鑑識から報告が上がってきており、犯人が彼を刺した直後に発見された可能性が高い。

となるとこの袋小路で果たして発見されずに人を刺す事が可能であるのだろうか?

何も用いなければ無理だろう、自分たちにはそれを可能にする自在法がある。

魔法。

その力を持ってすれば、そんな不可能を可能にする事もできるだろう。

だが、もし魔法を用いてこの殺人を犯したとするならば、魔法の痕跡である魔痕がその場に残っている筈である。

魔痕とは人間が生まれた時から持つ一生変わらない魔力波長であり、それは魔法を扱う度にその場に一定の痕跡を残す。

帝国は国民にこの魔痕の登録を義務化しており、これを登録していないものは国からありとあらゆる援助が受けれないように定められている。

また、魔痕の登録を行なっていない場合は重犯罪とされており、もし3歳までに魔痕登録を行なっていなかった場合、例え何も犯罪行為をしていなかったとしてもその親族全てが30年以上の懲役を課せられる事になっている。

これによって帝国は魔法犯罪の早期検挙と抑止を行なってきた。

つまり魔法を使った犯罪であるならば、魔痕が検出され、それを管理する中央管理局に照合を頼めばすぐさまその犯罪者を検挙できる筈なのである。

しかし、今回のこの事件において見つかった魔痕は該当者無しである。

つまりは魔痕未登録者の犯行である可能性が極めて高い。

この事態を重く見たハーヴィは騎士団13隊の内3隊にこの事件の原因究明を命じたのである。

不幸にもその3隊の中にクレアの部隊は含まれており、休暇は受理されずに任務に駆り出されたという訳だ。


「しかし、未登録者というのは厄介ですね。一般的に未登録者は下層区に多いですが下層区でも治安の悪い25区画以降を捜索するとなると協力は見込めなさそうですよね……。」


そう部下である小柄な男の騎士がそう悲観して言う。

クレアはそれに同意した後、仕方ないと肩で息を吐いた。


「とりあえず、お前たちは聞き込みをしてくれ、被害者の交友関係、誰かに恨まれたりしていなかったかなどを調べてくれるとありがたい。」


部下達は了解の敬礼をした後、殺害現場から立ち去った。

それを見送った後、クレアは既に帰らぬ人となった男を見つめる。

男の死体。

背中に刺さったナイフ。

誰の目にも写っていない殺人者。

ふと脳裏によぎる1つの可能性。


「まさかな……。」


そう自嘲して、クレアは頭を振る。

確かに、あの男がやったのならば、魔痕が残っていないという事以外の全てに説明が付く。

ナイフに触れずナイフを対象に刺す事が出来る魔法使い。

そんな魔法使いをクレアは知っている。

だが、彼が犯人である事はありえない。

何故ならば.その魔法使い、バリィ・クロウズは三日前に下水道で変死体となって見つかっているのだから……。






The third world Lost Utopia


Vanity Taker Capter 2 「The Copy writer」







羨ましいな。

羨ましいなぁ。

羨ましい……。

羨ましいよ。

なんで僕は『ああ』じゃないんだろう……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る