エピローグ 後編(LU3004 159の日)

「ミアはどうしてる?」

「ふふ、元気にやってるさ、ちょっと後ろ向きなのがこの老婆には気になる所だけど、あの娘なりに頑張ろうとしているみたいだ。今度、信頼出来る所に預ける予定だよ。」

「……そうか、それは良かった」


今回の件で一番気がかりだったのはそれだった。

彼女が元気にやっている、そう聞くだけで安心出来た。

この老婆は変人ではあるが、そういった事に関しては信頼出来る人間だ。


「リカルド・ミラーバスはどうなった?」

「捕まえたさ、あいつが行ってたオークションに参加していた馬鹿も全て検挙した。ミラーバス家はこれへの対応として、リカルドの名前をミラーバス家から消しちまった。それで責任逃れしたよ。酷いねぇ、腹を痛めて生んだ子供が可愛くないのやら……。」


それは予想はしていた。

ミラーバス家が今回の責を逃れるとするならば、それが妥当と言った所だろう。

まあ、いい、あの男は確実に裁かれる。

それだけでも胸がすっとする思いだ。


「俺以外の侵入者がいたがあれの所在はわかったか?」


アークライ達以外にも現れた、謎の二人の侵入者。

騎士団ならばその所在も既に掴んでいるのではないだろうか?


「あー、あれか、あれはちょっと困った事になっててね、あんたが身動き取れなくした奴を捕らえた訳だけどすぐに舌を噛み切って自殺したよ。」

「自殺?」

「クレアはその危険性を察して猿轡を噛ませてたんだけどね、何処かの誰かさんがそれを外して自殺を完遂させやがったよ。」


アークライは眉をひそめた。

それはつまり、今回の敵の内通者か協力者が騎士団、もしくはその近くにいるという事では無いのか?


「誰だ、その協力者だか共犯者だか知らん阿呆は?」

「さあ、わからないさ。」

「わからない?らしくないな、そういう事が起こったら徹底的に調べるのがあんたの流儀だろう?」

「そうだけどね、その日、クレア以外の誰もがもう一人の侵入者と会ってないんだよ。それは見張りが言っている。」

「おい、それは――――。」


つまりクレアが逃したとそう言いたいのか?


「心配しなさんな、クレアは無関係だよ。それはこのあたしが保証する。大体あの子が本気でそんな事をやろうとしたらもっと上手くやるよ。」

「それもそうか……。」

「となると誰がやったんだろうねぇ、見張りに付けておいたのはこのカレン・ローゼンの手駒なんだからそう安々突破出来るとは思えないんだけども……。」

「神出鬼没な何か……か……それじゃあ、奴らが何処からやってきたのかはわからないってことか?」

「いや、それは問題ない。あたしの娘がすぐに突き止めたさ。」

「クレアが?」


アークライは驚きの声をあげる。


「そう、あの子はそういうところ聡いからね、彼らの持つ道具それぞれを引っ張りだして念入りに調べた結果、聖痕が喉に刻まれているのを確認した。ちなみに、それであの娘は身の潔白を証明したというわけ。」

「―――――確かなのか?」

「そう、奴らは『D』の暗部の人間だよ。」

「しかし、よく見つけることが出来たな……。」


アークライは驚き感心するように言う。

『D』教団に属する人間は体のどこかに聖痕を刻む。

それが『D』に忠誠する証である。

『D』達はそれによって己がその信徒である事を確認し合うのだ。

とはいえそれを探しだすのは困難である。

まず、聖痕は大抵、体内に刻まれる。

それもその聖痕自体のサイズは非常に小さく豆粒程のものだ。

聖痕をその身に刻んだ者同士ならば、その瞳に聖痕が火が灯るようにして見えるらしいのだが、それ以外の場合は死体を解剖して、その豆粒程の聖痕を探し出さないといけない。

それは森の中で目当ての木を探しだすような作業である。

なおかつ、聖痕は所持者の死亡から半日で消えてしまう仕様になっている。

実際の所、『D』の信徒が死亡後に『D』である事を突き止めることが出来る確率は5%程度のものであった。

その為、アークライが感心するのも無理も無い話である。


「しかし、教団か……目的はまあ、俺らと同じくミアだったんだろうが奴らはどうやって入ってきたんだろうな……。」


そうあの競売会解除には大規模な結界が張られていた筈である。

許可の無い人間が森の中に入ろうとした時、その侵入者を強制的に排出する類の結界だ。

あれを抜けるというのは非常に困難である。


「そうだねぇ、あんたが見たのは黒装束の人間達だけだったっけ?」

「ああ、そうだ。」

「実はね、もう一人大立ち回りした奴がいたらしいんだよ。」


アークライは眉をひそめる。


「もう一人?」

「これは、あの競売会会場から逃げ延びた奴から聞き出せた話なんだけどね。競売会会場にたった一人で現れて、中にいた警備員と客の7割を一人で殺してのけた奴がいたらしい。」

「嘘なら勘弁して欲しいな……。」


競売会会場で2つの肉塊に綺麗に切断された死体がアークライの脳裏をかすめた。

あれを見た時に直感的に相手の技量は自分遥かに超える高みにいるのだと思わされた事を思い出す。

あの時からの印象を比べれば黒装束達は手負いであったという点を除いても、少々弱すぎた。

あれらは強敵であったが、あの時感じた戦慄を思わせる程の圧倒的な強敵であった訳でもない。

もし、あの殺人を行ったのが直感通りの実力者であるのならば、アークライは競売会裏口で見たあの死体と同じようになっている筈である。


「これはあたしとクレアの予想だが、恐らく、あんたが会った黒装束の侵入者っていうのは結界が破られた後に競売会にやってきた奴らだ。」


アークライは少し言葉を噛み締めるようにした後、


「つまり――競売会の結界の要を破壊した奴がそのもう一人、言うなら俺達以外の最初の侵入者ってのがいるって事か?」

「そういう事だね、そいつから生き延びた奴の証言ではそいつは見るのもとても綺麗な白い髪をしていたらしいよ。まるであんたみたいにね。」


イタズラめいた笑みでカレンは笑う。


「おいおい、勘弁してくれよ、俺は競売会会場に入ってないって言っただろう?」


アークライは困ったように否定する。

その光景をカレンは面白おかしく眺めて、


「ああ、心配しなさんな。あんたの実力はこのあたしが知り尽くしているよ。あんたに真正面からあれらを一人残らず殺すなんて所業が無理だって事だってね。」


そういうカレンにアークライは少し、角が立つものを感じたが、その感情を頭から消すようにしてぎゅっと左手を握り締める。


「その辺言われて、怒っちゃうのは精神修練が足りないねぇ。まあ、でもすぐに殴りかかかって来ない辺り、昔と比べて大人になったか……。」

「そういうの言われて不快に思わない奴のがいないと思うんだが……。」

「仮面に隠すべきさ、特にアークライあんたの場合はね。」


アークライはため息を吐く。


「それで、この第三の侵入者さんは何処へいったんだ?ミアが目的だとするならば、俺達を襲いに来る筈だろう?」


実際、脱出の際はミアもマナも満身創痍な状態にあった。

アークライも連戦の疲労で消費しており、狙うならば格好のチャンスだった筈である。


「さてねぇ、途中であんまりに簡単にことが進んでやる気がなくなっちゃんじゃないかい?」

「おいおい、あんたじゃあるまいし…。」


事実、カレン・ローゼンはたまに気まぐれで仕事を放り投げる事がある。

カレンというハイスペックな人間に振られた仕事を凡人がやる羽目になり涙を流しながら右往左往するのは騎士団時代ではもう当たり前の光景だった。


「なんか引っかかる物言いだね。まあ、『D』といったって、所属する人間はそれぞれさ。教義に忠実なもの、組織を利用するもの、そして、荒事が好きなもの、そういった有象無象の塊なんだ。あれはね……。まあ、可能性として聞いておいてくれ。ただね――」


カレンが急に真剣な眼差しでアークライを見つめる。


「―――あたしの予想が正しければこの第三の侵入者、少々厄介だ。」

「厄介?」

「そう、その侵入者は『断罪者』の可能性がある。」

「―――――なんだって……。」


アークライは驚きに声をあげた。


「そう、教団を取り仕切る3人教皇達の懐刀たる十柱。一人一人が天士と同等以上の力を持つとされる奴らさ。過去に騎士団が遭遇した断罪者は3人いるが、その内一人と風貌が似通っていてねぇ。」


天士とは、魔導5層の内、4層の魔法を体得した魔導師の事だ。

第五層が魔法としてはイレギュラーなのを踏まえ、それは実質的に最高の魔導士である事を意味する。


「どんな奴だ?名前は?」

「さあ、名前は知らんさ、ただ2つ名はわかっている。『死風』……断罪者屈指の処刑人だそうだよ。」

「――死風。」


アークライはその二つ名を噛み締めた。


「しかし、もし、もう一人の侵入者が断罪者だとするならば、教団は彼女にそこまで本気だっていうことなのか?」

「だろうね、奴らも教義の元に『虚属性獲得者』の保護は最優先だとしている。」

「それに彼女は――――――」


アークライははっとして口に出そうとしていた言葉を飲み込む。

カレンは興味深そうな顔をして、


「彼女は―――――なんだい?」


そうアークライに聞き返す。

アークライにはミア・クイックに会って、あの脅威の召喚魔法を見てから、ずっと疑問に思っていた事があった。

未だ推測の域を出ないが、


「正直、確証はない話なんだが……彼女は……ミア・クイックは、本当に虚属性獲得者なのか?」

「どういう意味かえ?」


カレンはアークライの言いたいことが何なのか?それを察しながらとぼけてみせる。

まずアークライの推論を全て吐き出させるつもりなのだろう。

ならばとアークライは口を開く。


「俺の知る限りでは、虚属性獲得者って言われるような人間は、基本的に使ものだ。これは伝承にあるミコトもそうであったとされていし、何よりスピカがそうだった。」

「――――懐かしい名前だねぇ。」


そう名前を懐かしむように、それでいて少しの後悔の色を声に乗せて老婆は相槌を打つ。


「だが、あいつはどうだ?あいつが使ったのは水の魔法だ。その規模は類を見ないものであったし、確かにあれが普通の人間ではないという事は、俺も納得は出来る。だが、本当に虚属性獲得者であるのならば、あいつはそもそも使筈なんじゃないか?」

「―――つまり?」


そう催促するカレンに、アークライは意を決して尋ねた。


「あいつは本当は虚属性獲得者でもなんでもなくて、ただ、桁外れの魔力を持つ、ただの魔導師なんじゃないか?と言ってるんだよ。」

「―――ふふ、面白い事を言うね、アークライ、あれだけ認知の外の代物を見せられて、そういう事を考えてるあんたをあたしは好きだよ。」

「やめてくれ80超えてるババアの好意なんて背筋に悪寒が走る。」

「ははは、まったくだよ、まったく。」


大笑いするカレン。


「それで、どうなんだ?ミア・クイックは本当に虚属性獲得者なのか?」


それはアークライがミアが召喚した水の竜を見た時からずっと抱いていた疑問であった。

もし、彼女が、ただの勘違いで襲われただけだとするならば、彼女はあまりに報われない。


「さて、どう答えたらいいだろうね……正直なところを言うとわからないというのが正しい。」

「―――わからない?それは一体……。」

「あんたも知ってるだろうけど、虚属性っていうのはそれぞれの術者によって得られる特性がまるで違う。有名なミコトは全てを消し去る虚であったそうだし、スピカは死人と語らう力を持っていた。つまり、カテゴリー分けが不可能な魔法をあたし達は1つにまとめて虚属性としてる訳だね。」

「ああ、知っている。」


カレンが何を言おうとしているのかはアークライには理解出来た。

しかし、それが通るのだとするのならば、スピカが言っていた言葉が全てただの妄言になってしまう。

それはアークライにとって受け入れがたい話でもあった。


「つまり、四属性を扱える新手の虚属性が現れる可能性だってある……。」

「―――でも、スピカは自分たちは生まれた時から普通の魔法を出来ないようにされていると言っていた。」

「確かにね。あの娘は言ってたね。四属に属さない魔法、つまり『虚』を持つ人間は『虚』を持つだけでそのキャパシティのほぼ全てを使ってしまっている。結果、『虚』を持って生まれた時点で、それ以外の魔法的能力は全て扱えなくなっていると…。」

「なら、ミアは虚属性獲得者じゃないんじゃないか?」

「だとするならば、どうする?」

「それを知らしめる方法を考える。ミアを狙う人間にミアは虚属性獲得者では無いと納得してもらう。」

「滅茶苦茶言うんじゃないさ……それに虚属性抜きにしたってあの子の魔力は異常だ。結局どこかで誰かに狙われるよ。しかし、あんたにそこまで言わせるとはねぇ……確かに良い娘だったけど、あんたああいうのが好みだったのかい?」

「そういう意味じゃない。ただ、あいつを見てるとあの馬鹿スピカを思い出してさ……本当にあいつの言うとおりに不幸になったりしたら後味が悪いんだよ。」


しばしの沈黙。

その後、カレンはアークライを憐れむような目で見て慰めるように言う。


「あんた、まだ引きずってるのかい?まあ、無理も無いとは思うけど……あれはあんたのせいじゃないよ……。」

「だとしても……あれは俺の生涯最大の失態だ。」


スピカの首筋に赤いラインが光り、噴水のように溢れた光景が未だに忘れられない。

彼女は普通に生きていたかった。ただそれだけなのに、虚属性なんて訳の分からない物を抱えたせいであのザマだ。

カレンは少し、アークライを心配するようにして言う。


「確かにスピカとミアの境遇は似ているねぇ、でもあんまり重ねるんじゃないよ\スピカはスピカでミアはミアだ、そうやって重ねて見ているといつか痛い目を見るよ……。」


アークライは頭を掻いて、大きく息を吐く。


「わかってるよ……それでどうなんだ?あんたらの方ではミアはどう見えてるんだ?」

「さっきも言ったじゃないかい、わからないって……確かにあの娘は『虚』持ちと言われる人間でも異端だ。水を操り、治癒魔法すら扱う。それは確かにスピカの言っている事と反する。だが、それと同時に彼女は普通ならば出来ない事をやってみせている……。」


水の竜の事を指しているのだろう。

あれは確かに異常だった。普通ならば人一人で行使できないような魔法だ。

しかし――――とアークライはカレンを白い目で見た。


「いや、正直あんたがありえないとかどうこう言うのにまるで説得力が無いんですが……。」


その視線にカレンは素っ頓狂な顔をして……


「あたしのは人間技さ。ちょっと頑張れば誰だってあたしぐらいにはなれるよ。」

「あーはいはい、自覚ないって幸せですね。」

「はぁ、これだから、近頃の若いもんは……。」


カレンは呆れたようにため息を吐いた。

一体何度この問答を繰り返したことか……。

もう面倒臭くなって突っ込む気力すらわかなかった。

彼女以外の誰もがそんな解答に納得していないのだが、彼女の人並み外れた能力の話を彼女自身が聞けば必ず『あたしのは人間技さ』『あんたも頑張れば出来る』とへそで茶を沸かすような事を平気で言う。

ちなみにカレン・ローゼンは文字通りの意味でへそで茶を沸かせる逸材である。

そもそも齢80超えてるのに帝国最強なんて呼ばれている老婆なのだ。

もはや老いによってその体は枯木のようだというのに、どこにそんな力があるというのか……。

アークライは不平等という言葉を彼女と共にいる時こそ最も感じる。

本人に言っても意味のない言葉であるが……。


「それで、あんたは彼女がそれでも虚属性獲得者であるという根拠はあったりするのか?」

「ああ、まあ、気になるところは結構多いんだよね。まずはさっきも何回か話題に出したが彼女の魔力量、あれは異常だ。虚の持ち主でないと説明が付かない。あんたはあれを桁外れの魔力を持つただの魔導師なんて言ったが、正直、そんな桁外れの魔力を持つって時点でその論調は色々破綻しているよ。」

「確かにな。」


アークライは頷く。

彼女が用いた召喚魔法。

またの名を精霊魔法といい第四層『遠』、つまりは『指定座標にある現象の操作』の秘奥とされるものだ。

座標にある物質に指向性を与え行動をプログラムし、供給された召喚物はに動作する。

それは扱うだけで命の危険を示唆される程の膨大な魔力量を消費し、通常ならば、ブースターと呼ばれる支援魔法使いの協力を得て初めて扱えるものだという。

それでも大体は人間サイズの精霊の召喚が限度であり、ミアが召喚した数十mもの巨体を持つ竜の召喚など出来る筈も無い。

もし行使しようとしても魔法として発現せずミイラになってしまうだけだろう。

けれど、ミアはそれを無理なく扱った。

この事実は常軌を逸している。


「それにもう一つおかしな所があるんだよ……。」


カレンは笑っていう。


「おかしなところ?」

「ミア・クイックが水の竜を召喚したとされる川を後であたしとクレアで見に行ったんだけどね。召喚っていうのはようは魔力で物質に指向性を与えるといった行為の極限だからね。その残滓から何かを感じ取れるかもしれないと思ったんだ。けどね――」

「――けど?」

「あたしがそこに着いた時、そのミア・クイックが水の竜を召喚したという川がね――」


カレンが少し間を置いて言う。


「――――丸ごと干上がっていたんだよ。のさ・・・。」


アークライは驚き言葉を失った。


「まるごと無くなったという事か、どこかに別に川が出来たとかそういう?」

「いいや、そんな事はなかったよ、川に流れていた水が全てそこから無くなってしまった、そういった印象を受けたね。」


アークライは考えるようにして・・・。


「それは、彼女が川に与えた魔力がまだ残っていて、彼女の召喚した竜が未だに動き続けているという事なのか?」

「もしくは、それ以外の何かがあるか?だね。」


そういって、カレンは茶を飲み終えた。









「さて、もう遅い……今日のおしゃべりはこんな所かね。」


カレンは疲れたと右手をぶらぶら振って、一息を吐く。

そうして、勘定をしようと財布鞄から取り出した。


「待てよ、カレン。」


呼び止めるアークライ。


「なんだい?今日は奢りでいいよ。」

「いや、自分の分ぐらい自分で払う。あんたに貸しを作るのは怖い……それにあんた俺に一つ言い忘れてる事はないか?」


カレンは顎に手を当て少し考えるようにした後、


「なんか、あったっけ?」

「あんた俺に押し付ける厄介事の説明はどうした!?」


思わず叫ぶアークライ。

カレンはぽんと思い出したように手を叩く。


「あー、そういやあった、あった、」

「あのなぁ……。」


そのわざとらしい挙動にアークライは呆れる。


「んー正直、もう顎が疲れてしまってねぇ、喋るのめんどいから、とりあえずあんたの家に帰ればいいと思うよ。」

「どういう意味だ……。」

「帰ればすぐにわかるという事さ……もう到着する時間だしね。」


カレンはそう言って、勘定を済ませる。


「じゃあ、あたしは行くよ、彼女と仲良くやってくれ。」


そう言って、カレンは喫茶店からでる。


「おい、待て!」


追うようにしてアークライは外に出るのだが、そこにはもう目の前にいた枯れ枝のような老婆はいなかった。


「どうやって消えてるんだよ……あのババア……。」


そうして呆れつぶやく。

その背後で初老の男が、こめかみをピクリとさせながら立っていた。


「お客様、お勘定をお願いしたいのですが……。」


アークライはやってしまったと頭に手を当てて


「―――――すいませんでした。」


そう謝罪した。

その後、アークライは料金を支払い帰路に着いた。

ちょうど真昼であり、日差しが一番強く熱くなる時間だ。

ルスカの天災を受けてそこら中に水が溢れていた事もあって、湿度が高くジメジメとした熱さがアークライを襲う。

聞く所によるとこの暑さはあと3日ぐらい続くのだという。

流石に耐え切れないと思い、アークライは道中で商人たちから氷を買って、自身の家の戸の前に立つ。

正直な話、家の戸に手をかけた後、それを開くのに少し躊躇する。

かの老婆曰く、アークライに押し付けた厄介事というのは、自分の家に入ればすぐにわかるのだという……。

脳裏を巡る悪い予感。

それにほぼ確信がある。


――開けたくない。


ふと、アークライはそう思った。

どうして、自分の家に入るのにこんなに気持ちが重くなるのだろうと悲しくなった。

意を決して戸をあけ、部屋に入る。

そこには少し怒ったように頬を膨らませているマナと、もう一人、黒い髪の少女がいた。

アークライはその少女がすぐ誰だか察し、ため息を吐く。

アークライがカレンに少女はどうしている?と尋ねた時、信頼出来る所に預ける予定だとは確かに言っていた。

信頼出来るところ?ああ、何処だろうね。

アークライは頭を抱える。

少女はアークライに気づき……少し緊張したような顔をした後、お辞儀して言った。


「えっと、カレン・ローゼンさんからの紹介で今日からここでお世話になる事になりましたミア・クイックです。アークライさん、よろしくお願いします。」


そういって、ミアはあたふたと礼をする。

それを見てアークライは引きつりそうな笑い顔を浮かべながら思った。

一応、ここ一人部屋なんですよ、お嬢さん。






―Capter 1 Arclai END―

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