1-14 交渉屋(LU3004年154の日)
「誰だい、君は?」
リカルドは突然現れた男にそう声をかける。
男は皮のジャンパーを着こみ、長い槍を右手に持っている。
だが何より目に付くのは白い髪だろう。
老化によってもたらされるそれとは違う輝きを持つ白い髪だった。
男はその白い髪を左手で髪をガサツかきながら、
「んー、こういう時って誰っていうのが正しいんだろうな?そいつらの身内?そいつらの保護者?うーん、まあ、正直よくわかんねえよ。ウォルフ辺りなら、愛の貴公子だとか、愛の伝道師とか格好付けるんだけど、俺はそういうキャラじゃないしなぁ……。」
「おちょくっているのかな?」
「あ、わかった?はは、お前頭良いなぁー。」
そう笑う白髪の男に対し、リカルドは無感情に命令を下す。
「―――やれ。」
その号令と共にリカルドの周りにいた、2人の男が白髪の男に襲いかかった。
1人は詠唱し、その手のひらに炎を灯し投擲する。
1人は剣を振りかぶり、直接斬撃を放つ。
それに対し白髪の男は長槍で剣の間合いに入る前に石突きで顎を突き、投擲された炎を難なく回避して、槍の尾で脳天を打ち付けた。
2人はそのまま意識を失い地に伏せる。
「これは驚いた、結構な腕自慢なんだね……。」
「それほどでもねえよ。」
そういって白髪の男に笑う。
「それで何の用かな?見たところ、君も僕の犬を誘拐にしにきた賊の1人かな?」
「そんなところかな。」
「は……白髪……!!」
その横で、リカルドの護衛の1人が声を震わせる。
リカルドはその男の足を踏み、首を掴みながら聞いた。
「お前、あの男知ってるのか?」
「い、いえ、知りません……ただ、会場であの惨状を作り上げたのが白い髪の男だと聞いています。もしあれがそうだとするならば、あれは我々警備隊30人をたった1人で切り伏せた化物という事に……。」
その言葉を受け、リカルドはアークライを舐め回すようにして見る。
その後、そう声を震わせた男の顔を殴った。
「アホを言うな。あれを起こしたの奴の武器は剣の筈だ。あれの得物を見ろ、どこからどう見ても槍では無いか?あれのどこが剣に見えるのだ。背格好も情報と違う。貴様の目は節穴か?無能が!」
その後、リカルドは何度も男の腹めがけて蹴りを放つ。
「ということだ、君はそれとは別人だろう?」
「ん、まあ、どうだろうな……俺わりかし武器持ち変えるんだ。」
そういって槍をくるくると回す白髪の男。
「まあ、どうでもいいさ。例え誰であろうが、これを手に入れた僕には適わない。」
そういって、リカルドは竜を指差す。
「確かにこれは凄いなぁ、精霊召喚っていうんだろ、こういうの?」
「そうだろう?わかるかい?僕はあれの術者に従属の刻印を刻んでいてね、あれは僕の命令にしたがって行動するのだよ。」
「ほうほう。」
「それにさっき聞いた所、あの獣人は君の身内なのだろう?君も知っているかもしれないが、あれを抱えているのが僕の犬さ。僕が命じればすぐに彼女はあの獣人を殺すだろう。逃げようにも傷を負って動けないみたいだしねぇー。」
「なるほど、これは白旗だわ、叶わないね。」
「ほう、案外物分かりがいいんだね?つまり、君はもう詰んでいるのさ、僕の目の前に出てこなければ死ななかったのかもしれないに運がないのねぇ。」
弱気な発言をする白髪の男を見てリカルドは笑う。
なんだ、結局、この竜に恐れをなすんじゃないか……。
それも当然か……これはそれほどの力だ。
さあ、どんなこの男はどんな命乞いを聞かせてくれるのだろうか?
そして、どんな事を言ってきてもそれにノーと答えてやる。
ああ、楽しみだなぁ、その時、この男が絶望的な表情を漏らすのか……。
さあ、どんな声を聞かせてくれる。
そんな黒い期待を抱きながらリカルドは白髪の男を見つめる。
白髪の男はまた、面倒くさそうに頭をかきながら、
「まあ、そうだなぁ、大体言ってる通りだから、ここは1つ交渉しないか?」
「交渉?」
これはまた異なことを言うとリカルドは思った。
交渉、この期に及んで一体何の交渉の余地があるのか?
「そうそう、交渉。俺、こう見えても交渉を生業としててね、せっかくだしあんたと交渉してみようかなと思った訳よ。」
「ふふ、変な事をいう人だなぁ……まあ、いいや面白そうだし、話だけは聞いてあげるよ。」
「そうか、ありがとう。」
白髪の男は感謝の意を表す。
そして、言葉を続けた。
「じゃあ、まあ、そっちが出すものの話な、そこにグデーとしている獣人の女と、そこで涙で顔ぐちゃぐちゃにしてる見るに耐えない不幸散布女、そいつらの解放とここからの脱出がそっちの提供するものだ。勿論、従属の刻印も解呪してな。」
「――――本気で言っているのか?」
リカルドは想像もしていなかった発言についそう返してしまう。
「そそ、本気、本気。」
いかにも真面目そうに言う白髪の男。
リカルドは腹を抱えて笑う。
「はははははは、それはいい、それはなんて冗談だ、この場、こんな状況で真顔でそんな冗談を言える人間がいるとは思わなかった。はははは、ははははは!」
「面白いだろ?」
「ははは、然り然り、だが阿呆よ!交渉というからには、そちらは何を出してくれるというのだ?獣人はともかくあの犬はもはや国1つと同じぐらいの価値で僕は見ているぞ?」
「それもきちんと考えてあるよ。」
「はは、なんだ?なんだというのだ?」
笑いながら聞くリカルド。
その問いに白髪の男も笑いながら答えた。
「――お前を殺さないでやるっていうのでどうだ?」
その言葉にリカルドはまた笑う。
生涯こんなに笑ったのは初めてかもしれない。
冗談をいうにもセンスがある。
気狂いだとしか思えない。
そんな事を普通に言う男が滑稽でしかたなかった。
「阿呆が、自分の置かれている立場を理解しているのか?この竜を見ろ!お前の生殺与奪権を握っているのはこのリカルド・ミラーバスだというのに……それをどの口を持って、僕を殺すというのだ?」
「いや、まあ、そもそもお前も詰んでるぞ。俺とお前の立ち位置をよく見ろ。」
「――――――位置…………?」
そう指摘する白髪の男に従い、リカルドは辺りを見渡す。
別になんの問題もない、あの犬は僕の制御下にあるままだし、竜はまだ健在である。
そして僕には17の護衛がついている。
それに一体なんの……。
その時、リカルドは気づく、自分がとんでもない間違いをしている事に気づく。
心臓が鳴る。
自分が築き上げた鉄壁だと思っていた城塞が砂の城に過ぎないのだと……。
あの白髪の男は……僕を挟んで竜の直線上にいるではないか……。
「やっと気づいたか、お前、頭悪いだろ?」
白髪の男は呆れたように言う。
「例えばだ、あんたが、その水で出来た竜に俺を襲えと命令したとする。さっき、そこの樹木をなぎ倒した尻尾のなぎ払いならば、俺もあんたも巻き込まれてお陀仏だ。」
白髪の男は笑う。
「だが、それならば、なぎ払いなど使わなければ良い、そうだ、このデカイ口で貴様を食らうように指示を出せば……。」
そう狼狽するリカルドに白髪の男は呆れたように首を振った。
アークライはそれに苦笑して、
「やってみたらどうだ?お坊ちゃん。」
そうリカルドに言った。
リカルドは手のひらの刻印をミアに向けて顔を紅潮させて叫ぶ。
「やれ!!犬、その化物でこの貧相なゴミを噛み千切れ。」
ミアは泣きそうな顔になりながら、その声に逆らおうと必死に口を閉じた。
しかし、刻印はミア自身の思考能力すら奪っていく。
そうして、ミアの口がミアの意志とは別の意志で開いた。
『食い散らかせ』
竜への命令。
その後、竜はそれを受けて、その大きな口を開く。
幾つもの刺々しい刃のような牙はアークライの体に食い込めば間違い無く、その命を散らすだろう。
「アークライさん、逃げて!」
我に戻ったミアが悲鳴のように叫ぶ、
竜は頭を後ろに下げて、その巨大な頭部を突撃させた。
地面と竜がぶつかり合い、怒号のような衝突音と共に地面を揺らす。
その光景を眺めていたリカルドは、その光景に圧巻しながらも止められない笑い声をあげる。
「あはははは、素晴らしい、スンバラシイ、素晴らしすぎるぞ、この力!!!はははは、何がやってみろだ!今のを見たか?余裕で回避できますと言わんばかりの物言い!結果がこれだ!あれを回避出来る人間などいるわけがない!アハハハ、僕は世界を手にする力を手に入れた!!!」
衝突の際に起こった土煙で死体は確認できないが、この威力、とても回避できたものではないだろう。
「いや……いやぁ……いやぁーーーーー!!!!!」
リカルドの背後で悲鳴をあげるミア。
自身が行った事に絶望でもしているのだろうか?
それを踏まえて、これを躾として今後、自分から精神的にも逃げられないようにしていくべきか?とリカルドは考える。
従属の刻印とはいえ、それは絶対ではない。
かけられた者の自意識を完全に制御出来る訳ではないからだ。
リカルドの目の届く内は制御することもできるが、常時あの飼い犬の傍にいることなどは不可能である。
だからこそ、リカルドからしてみれば、彼女を精神的に屈服させる事も必須条件であった。
「なあ、犬、僕に逆らう人間はみーんなこうなるんだ?理解したか?」
泣き叫ぶミアに対してそう言う。
しかし、その言葉すら意にせずにミアは泣き続ける。
リカルドはそれに腹を立てて、ぶってやろうと、振り向いてミアに向けて歩を進めようとする。
「待てよ…。」
その時、声が聞こえた。
リカルドは驚いたようにして、その声のした方向を見る。
それは先程、あの水で出来た竜が食らった場所では無かったか?
既に土煙は晴れている。
そこにあるべき筈のものは抉れた土と木々、そしてあの忌々しい白髪の男の死体の筈だ。
あれほどの威力、原型を留めない程に肉体を破壊されていてもおかしくはない。
けれど―――――なぜ――――まるで傷一つ負わず、あの白髪の男は、そこに立っているのか…。
「そいつの強みはな…さっきのなぎ払いみたいな広範囲攻撃だ。ピンポイントに頭から突っ込ませるような攻撃ならば、予備動作が大きい分回避するのは造作も無い事なんだよ。体格の大きさを活かした広範囲攻撃、それをして初めて広範囲かつ大威力を発揮できる。わかるかい?俺があんたをあのなぎ払いに巻き込まれるような位置に立った時点であんたのその竜は無力化に成功してるんだよ。強引な攻撃をしかければあんたまで巻き込まれるように誘導する事なんて造作も無いことだ。無理心中図るなら話は別だけどな。」
リカルドは苦虫を噛み締めるような顔をする。
「だが、この精鋭17の者達はどうする?大層な腕自慢のようだが、これら一斉に襲いかかればお前だって無事ではすまないだろう?」
そういうリカルドに白髪の男は心底馬鹿にするように言う。
「――――やってみろよ。」
「いけ!!!奴を殺せ、容赦はいらない、奴を殺した者には倍の金を払う、いけ!!!!」
リカルドの怒りの号令と共に襲いかかる、屈強の17の護衛たち。
「まあ、俺もこの数、正面から一人で相手にすんのはほんとは辛いんだけどさ、こういうの使うと面白い事になるんだぜ?」
そういって、アークライは手に持った指に挟まる程の小さな玉をリカルドの立つ方へと投げる。
そして白髪の男はその中へと駆けた。
玉から何かが焼ける音と共に煙が発生し、辺り一面がすぐに白い風景に覆われる。
リカルドはその煙に咳き込んだ。
「くそ、奴め、何を投げた…。」
しかし周囲が煙でまるで見えない、うすらと人影のようなものは見えるが…それだけだ。
ただ、聞こえるのは嗚咽と声にならない声、それと悲鳴。
それが幾度も続く。
「くそ、なんだ!!何が起こっている!!!!」
足を震わせながら、リカルドは叫ぶ。
辺りの煙が晴れていく。
そしてリカルドの目の前に広がるのは信じる事が出来ない光景だった。
先ほどあの白髪の男にけしかけた護衛が全て、地に伏して倒れている。
ある者は顎を砕かれ、ある者は身体を焼かれ、あるものは腹を刺され、あるものは口から泡を吹いて倒れている。
そしてその中心では白髪の男が立っていた。
「なんだ…なんだ!!これは!!!!」
リカルドはありえない光景に顔を歪ませる。
金を払って集めた屈強の精鋭たちではなかったのか?
それが、こんな簡単に…。
「き、貴様が!!貴様が全部これをやったのか?」
白髪の男は首を振る。
「いや、俺がやったのはたぶん3人ぐらいだ。」
「何を言っている……。」
「面白いだろう?視界を奪うと誰がどこにいるか、どこに敵がいるかわからなくなる。うすらと人影ぐらいは見えるだろうが、それが誰か判別するには余程近くにいないとわからない。となると見える影は全部敵な俺は必ず先手を取ることが出来る。最初の攻撃を当てる。そうしたらその攻撃を受けた方向に敵も敵がいると認識して、攻撃を返してくる。後は返ってくる攻撃方向に他の奴がいるように仕向けてやれば、五里霧中での同士討ちの発生だ。あとはこれを連鎖的に起こしてやれば、俺は何もせずともその精鋭とやらは同士討ちをしてくれるっていう寸法さ。」
「馬鹿な、そんな事が……。」
「出来るから、俺はここにいるんだよ。まあ、とはいえ、何の魔法かは知らないが俺をしっかり認知してきた奴もいたけどな……流石精鋭を名乗る事だけはあるな、どこから寄せ集めたかしらんがそこは悪くないよ。帝国騎士団に入れば騎士見習いぐらいには成れるんじゃないか?」
「ば、化け物め……。」
そのまま、槍を持って迫る白髪の男に、リカルドは額から汗を流し焦燥する。
このままでは殺されてしまう。
自分が連れてきた護衛達は全て無力化され、切り札である最強の魔法使いも封じられた。
リカルドの脳裏を競売会場で惨劇を演じたという白髪の剣士という情報がかすめる。
聞いていた情報と違う…だが、これほどの強さ、まさか本人なのでは無いか?
白髪の人間なんて聞いた事が無い…。
リカルドはこの窮地を脱する術を思案する。
無理心中?馬鹿げている、なんであんな何処の馬の骨ともわからないのと生死を共にしなければならない……それに僕はまだ死にたくない。
僕が戦う?馬鹿な、あれだけの護衛をたった一人で倒してしまう化物に僕が勝てるものか……。
人質?そんなものが―――――――
そうだ――――ある。
「ちょ、ちょっと待て!!!」
「待てと言われて待つ馬鹿が何処にいるよ?」
「そこで立ち止まれと言ったんだ!!そうしなければ、そこにいる獣人の娘を犬に殺させるぞ!!!!」
リカルドは叫ぶ。
そうだ、この手があった。
この手が……この男は先程交換条件に、犬とあの獣人の命を要求してきた。
つまり、あれらに死なれると困るという事だ。
これを使えば、まだ僕は優位に立てる。
白髪の男は、少し残念そうにため息を吐いて、
「気づかないままなら、そのままその刻印飾ってる片手ごと貰ってしまおうかと思ったんだけどな……案外、こういう時は頭動くんだなお前……。」
そう呟く。
「はは、そうか、そうだろう?僕に手を出せば、獣人の娘を殺して、あの犬も自殺するように命令してやろうか?ハハハ!!!」
安堵で笑いが漏れる。
そうだこの切り札がある限りこの白髪の化物は、リカルドを襲う事は出来ない。
これがある限り、僕は優位であり続ける。
「ほら、あいつらを助けて欲しければ、そこに跪けよ、そうしないとすぐにでも犬に殺すように命ずるぞ?」
そう饒舌に言うリカルドを白髪の男はただ、見つめる。
「な、なんだ貴様、その目はなんだ、さっさと跪け!!」
それに大して白髪の男はその白髪を掻きながら、心底面倒くさそうに言う。
「あのさー、なんかラリってる所悪いんだけどさ、あんた状況わかってる?これは忠告として言っておくが―――――あいつら殺したら俺は気兼ねなくお前を殺すぞ?」
「――――へっ……。」
間抜けな声をだすリカルド。
当たり前の話だ。
彼女達を殺せば、白髪の男はリカルドを殺せない理由を失ってしまう。
今、獣人と飼い犬の生殺与奪の権利を持っているのはリカルドであるが、リカルドの生殺与奪の権利を持っているのはこの白髪の男なのだ。
リカルドは、自分がいる状況を正しく理解し、恐る恐る白髪の男を見る。
張りのない顔に見えるがその瞳の奥にリカルドが見たことが無いようなもの見て、悪寒を走らせる。
それは目の前にいる人間を心底見下げて果てて、侮蔑し、軽蔑し、憎悪する目だった。
それは枷さえなくなれば確実に自分を殺す。
それが一瞬で理解出来た。そんな者に今、自分が危害を加えられていないのは一重に人質がいるからに過ぎない。
つまり、今、リカルドが握っている切り札というのは切ってはいけない切り札なのだ。
それを切ってしまえば――――
「ひ、ひぃ……。」
リカルドは恐怖に股を濡らした。
「あーあーあー、せっかくの高そうな服をそんな汚いもんで濡らしちゃって……勿体無いなぁ。さて、あんたはやっと自分の立場を理解したという訳だ。さて、ここでさっきの交渉だ。あんたは殺さないでやる。その代わり、彼女達を完全に開放する。どう、悪くない交渉だと思うんだけど、乗る気ない?」
そう笑って言う白髪の男に対し、もはやリカルドに選択肢は無かった。
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