1-13 魔喰らい生まれいずる者(LU3004年154の日)
ミア・クイックは息も切れ切れになりながら走っていた。
呼吸が乱れ、息をするのが苦しい。
すぐに立ち止まって、呼吸を整えたい衝動に駆られるがが、それをする事は出来ない。
背後から投擲された銀色の刃が、ミアの頬をかすめていく。
森道を走るのに背後を見ている暇も余裕もなかった。
姿は見えない何かが自分を殺そうと、その殺意をぶつけ走ってきている。
「次、左から来るよ、不幸散布女!」
そう言ってミアの体を引くマナ。
ミアは引っ張られ体勢を崩し、右側に転げた。
何かが近くの木にぶつかり音を鳴らす。
その銀色の物体を見る。
木には銀色のナイフが刺さっていた。
「不幸散布女、早く立って、次が来るよ!」
「は、はい……というか、その不幸なんとかっていうの止めてください!」
マナの叱咤を受けて、ミアは地に手をついて、立ち上がる
擦りむいた足に痛みを感じるが、今はそれを気にしている場合ではない。
それを気にして立ち止まれば、すぐにそんなものすら感じられなくなってしまう。
死ぬのは怖い。
死ぬのは嫌だ。
だから、痛みに耐えて立ち上がり、走る。
ああ、わたしってほんと馬鹿みたいだなぁ。
さっき、あれほど自分が死んで他の人を傷つかないようにするなんて言っていたのに、それが目の前に迫ると怖くて、怖くてたまらない。
「背後から来る!」
マナの指示、それを回避する為に右に方向転換しようとする。
その時、ミアは木の根に足を引っ掛ける。バランスを失い、ミアは倒れた。
同時に頬をナイフがかすめていく。
思わずぞっとするものを背筋に感じるミアにマナは周囲を警戒しながら声をかける。
「―――立てる?」
「―――大丈夫―――です。」
そういって立とうとするミア。
その時、自分の足に違和感があるのを感じた。
足首に強い痛みを感じた。
「来るよ、左後方から鋭角に!」
「――――あっ。」
マナは急げという指示をする。
それに従い、ミアは立とうとするが足に激痛で立つことが出来ない。
「くそ、もう少し時間稼ぎたかったけど――――。」
ナイフが迫る。
足をくじいて動けないミアは、それを回避する術を持たない。
ナイフはそのまま直進すれば確実にミアの背を射抜くだろう。
だが、その刃をマナの短刀によって弾いた。
獣人特有の反応、嗅覚。それによって人間の反応速度を超え対応したのである。
「ここで一勝負いくしかないか……。不幸散布女、足はどう?立てる?」
そう言われてミアは立とうとするが、その際に足首に激痛が走り、顔を歪めた。
「……ごめんなさい、立つのが精一杯で走るのは無理みたいです。」
「そう……。」
「でも、あなただけならば、きっと逃げれます、ですから――――」
金属と金属がぶつかる音。
何処かわからない所から投擲されたナイフをミアは再び短刀で弾く。
「さっきから、死にたくなくて仕方ないって顔してるのにそんな台詞吐かない。アーちんが助けるって約束したんだから、マナも見捨てないよ。大体、あんた置いて逃げたってあんたすぐ殺されてこんどはマナが追いかけられるだけの話でしょ?そうしたら結局結果は一緒だよ。」
そういうマナにミアは押し黙る。
「なんとなく気配で、どこにいるかわかるけど、見えないっていうのは辛いね……。」
マナは辺りを見渡しながらそう呟く。
先ほどから敵はその姿を表していない。
本来なにも無い場所から、ナイフが投擲されて来ている。
それを防げているのはマナの獣人ゆえの高い気配察知能力でどこから攻撃が来るか読めているからだろう。
とはいえ、マナとしても防戦一方であり、とてもでは無いが反撃に出れるような状態ではなかった。
何より、最低限の教えをアークライから受けたもののマナの戦闘技能は一般人に毛が生えた程度だ。
今は獣人特有の高い動体視力と身体能力でごまかせているが、それもその内破られる時が来る。
ジリ貧だ。
このままでは二人共やられる……。
「不幸散布女、あんた、魔法使えるんだっけ?」
「一応は、でも杖が……。」
「そこはいい、どんな魔法が使える?」
再び敵からのナイフの投擲。
今度は3本。
3方向から来る銀色の刃をマナはギリギリの所で弾く。
「―――――2層以上の行使は水だけです。治癒とかはそれなりに-」
「水使いか――――」
それを聞いて、マナは辺りを見渡す。
先程から川の流れる音が聞こえている。
そこまでいければ彼女も魔法を使えるだろうか?
「でも、無理ですよ、わたし杖を持っていないから魔法を使うことはできません。」
「大丈夫、杖ならある。博打だけどえり好みも出来ないか……。」
「何をですか?」
「さっきから水が流れてる音が聞こえてるでしょ?すぐ近くに川があるって事、そこにいけばあんたは魔法を使えるんじゃない?出来ればそれでフォローして欲しい。」
「杖があるのならば、確かに出来ますけど……。」
マナは少し惜しげに自分の右腕にある腕輪を見つめた後、それを外してミアに投げる。
「それはマナの杖だよ。アーちんがマナの為に作ってくれた世界で唯一つの杖。背に腹は変えられない状況だから本当は嫌で嫌でたまらないけど、貸してあげる。大事に使ってね、壊したら許さないから……。」
「……えっ、これ……杖なんですか?」
そういってミアが腕輪を見る。
確かによく見れば、内側に印のようなものが描かれていた。
「傷の治療出来るんでしょ?それでまず足治して、その後、すぐに近くの川まで行くよ、そこでアーちんが来るまで防戦する。」
「え……でも……アークライさんは……。」
追手がここに来ている。
それはつまりアークライは彼らと戦い負けたという事では無いのか?
ミアがそんな思考をしている事を見抜いて、少し怒ったようにして言う。
「さっきアーちんから何を聞いてたんだよ、アーちんはマナが知る限りで一番強いんだ。あれぐらいの雑魚に負けるもんか!」
それは希望的観測ではなく、絶対的な信頼であった。
そうであって欲しいと思っているのではなく、そうである。
そう確信を持ってマナは言っている。
「でも、追手がわたし達のところにまで……。」
そういうミアにマナがバツが悪そうにして、
「奴らと最初に接触した時、マナが感じた気配は2つだった。でも今は1つしか感じない。たぶん片方はアーちんの足止めとして残って、もう片方はマナ達を追ってきたんだと思うよ。大体追いつかれるにしても早すぎる。ほんと、アーちんはこういう時頼りないんだから……。」
さっきと言ってることが違うような……とミアは内心ツッコむ。
「でも、大丈夫、アーちんは必ず約束は守るよ。たぶん、もう1人は倒してこっちに向かってきてる筈。ならば、それまでマナ達は生き延びれば良い。ただそれだけだよ。とりあえず治癒使えるんでしょ?さっさと足の治療をしちゃって!」
そう言いながらマナは再び襲いかかってきたナイフを弾く。
それを見て、ミアはすぐに目を瞑る。
集中、すぐに動けるように足を治療しなければ……。
傷の治癒には大きく分けて2つのタイプの魔法があるとされている。
1つは自己回復能力の増強、細胞分裂を早め、自然治癒によって回復するというもの。
もう1つは傷で失ったもの魔力で新しく作り直すといったものだ。
ミアが扱える治癒魔法は前者の自然治癒の強化を行うものだ。
この魔法を扱う上で大切なのは循環させる事をイメージすることだ。
細胞を強化し――――分裂させ―――分裂した細胞を再び強化し――さらに分裂させる。
それをイメージし、呪文を唱える。
『我は涙を持って傷を癒す者――――疾く、疾く、疾く回れ。』
循環の円をイメージした魔力が捻った足に向けて注がれる。
捻り真っ青に膨れ上がっていた右足首が少しづつ腫れを引いていく。
ミアの耳に金属と金属がぶつかる音が、音が、聞こえる。
マナがナイフを弾いているのだろう。
急がなければ……。
そう思い、静かに集中するミア。
慌ててはいけない。
過剰に魔力を注ぎ込めば、逆に細胞が壊死してしまう事もありうる。
それでは駄目だ。
―――――魔力の注ぎ込み方に細心の注意を払う。
あと少し――――あと―――――
魔法が完結する。
傷の治療を終えて、ミアは目を開いた。
そして広がる光景に唖然とした。
別に先と変わり無い。
そこには夜特有の暗い森の光景と、自分を守る獣人の少女。
ただ、違う点があるならば、獣人の少女は両腕にナイフを生やしていたという点だった。
「はは、ドジやっちゃった。」
マナがミアを見て、苦笑する。
よく見れば両足にもナイフを突き立てられている。
立て続けにくる攻撃を捌きれなかったのだ。
それで自分の身を盾にして、ミアを守った。
そういう事なのだと、理解するのにはそれほど時間かからなかった。
目を開くまでミアはマナがこのような状況に陥っているとは知らなかった。
いや、知らせないようにしたのだろう。
自分の集中力を散らせない為に、その身に受けた痛みから出る悲鳴を飲み込んで、耐えた。
そういう事なのでは無いか……?
「マナさん!!」
「治療……終わったんでしょ?マナは見ての通りちょっと動けそうにないから、あんた一人で逃げてよ。」
そういうマナ。
「そんな、そんな事できません!」
また巻き込んでしまったとミアは思った。
自分はいつもこうだ。
自分だけがのうのうと生き延びて周りの人間を皆、不幸な目にあわせていく。
そんなミアの心中を察してマナは笑う。
「ほんと、あんたって不幸振りまく才能あるのかも、まあ、でもアーちんの期待は裏切りたくないし……行けばいいよ。そうすればアーちんの名前に傷は付かないし、あんたは助かってハッピーエンドだ。」
皮肉交じりにそういう少女を見て、まるで先ほど、あの地下室にいた自分がそこにいるような気がした。
自分の不幸に巻き込むまいとして何度も協力を拒絶し、自分を犠牲にして他を助けようとした自分。
それと目の前の少女の何が違うのか?
ああ、これはなんて、なんて――――
――――腹立たしい行為なのだろう!
ああ、許せない。
確かにこれは許せない
何故、あの人が自分の行動にあれほど怒っていたのかをミアは理解する。
「――――駄目です…。」
「駄々こねない、マナはもう足手まとい。ここからはあんた一人で行けばいいよ。」
「そんなの絶対ダメです!嫌なんですよ、わたしのせいでこれ以上誰かが不幸な目に会うのも―――それにあの人だって、きっとこの場でマナさんが脱落するのを望んで無い筈です。」
「ここから皆で逃げ切って、めでたしめでたしで終わる。ここまでわたしは連れて来られたんだから、それ以外の結末は絶対に認めません!!!」
「だから―――――」
それを嗜めようとするマナを遮るようにして、ミアはマナを抱える。
「―――――行きます!!!!」
そう宣言して、走った。
ミアは足に力を入れる。
治療したばかりの足は、まだ本調子とはいかないが痛みは無い。
ならば、十分。
そう思い、マナは全力で走る。
肩に何かがの衝撃が走り、焼けるような痛みを感じた。
だが、ミアはそれを気にせず走る。
目的地はただ1つ。
マナから知らされた川。
そこまでいけば、逆転の一手を作り出す事が出来る。
依然として見えない敵。
おそらくは魔法だろう。
錯視撹乱の魔法というものがあると『白い部屋』で聞いた事がある。
大気中の水分を操る事で光の屈折率を調整し、本来いるそれを視覚的には見えなくするといった魔法だ。
真昼ならば、影などからそれを特定する事も可能かもしれないが、今は夜である為それを行うのは難しいだろう。
それをどうにかするにはとにかくまずは川にたどり着かなければならない。
そこにたどり着けばなんとか出来る可能性はある。
水の流れる音が大きくなる。
それは川が近くにある事を示していた。
ナイフが右足を掠める。
掠めた傷口に焼けるような感覚を覚えた。
けれど止まる訳にはいかない。
走る。
疲れなど頭からもう吹き飛んでいた。
右肩にある筈の痛みも忘却する程の目的意識、それを持ってミアは走る。
幾度かの攻撃を受けて、川へとミアは踏み入れる。
川はそれほど深くなく膝まで埋まる程の水位だった。
そうしてミアは左手でマナを抱えながら右腕を水に付ける。
――――集中。
魔法とは自己を世界へ溶けこませる事で世界自体を改変する法である。
それゆえに、世界へと溶けこむように暗示をかける一方で世界そのものに溶けてきってしまわないように手綱を握る必要がある。
日常で使われるようなほんの少しの変化であるならば、世界そのものに自身が溶けてしまうというような危険性は無いが、これから行うそれは一歩間違えれば、ミア自身が世界に取り込まれ自身を喪失してしまう程の法だ。
深呼吸。
知識が巡る。
頭に思い描くのはそれまで組んだ事もないような魔法。
それが彼女の脳裏を走る。
時間は無い、即座にそれを現す必要がある。
必要なのは素早さと正確さ、そして、今、自分の手にいる彼女を守るだけの力。
唱える。
『我が涙に応えよ―――』
それはミア・クイックの持つ最大の魔法。
『我が悲鳴に応えよ―――』
本来は大魔法と呼ばれる程の魔法であり、膨大な術式と時間を必要とする魔法である。
ミア・クイックはそれを生まれ持った膨大な魔力によって強引に行使する。
『我が祈りに応えよ――――』
ヒュンと風を斬る音が聞こえる。
ナイフの投擲だ。
回避は出来ない。
当然だ、今は詠唱を行なっている。これほどの魔法を動きながら紡ぐことなど出来ない。
だが、ミアにはこれ以外に追手に対抗する術もなかった。
つまりは詰み。
初めからわかっていた事だ。
だが、そうして迫る筈のナイフは何かに激突し弾かれる……。
「まったく、マナの事なんて見捨てればいいのに変なところ……似てる人だなぁ……。」
そう息も絶え絶えな少女の声が聞こえた。
ミアはありがとうと心の中で感謝の意を告げて、呪文を紡ぐ。
『さあ、我が魔を食い散らかし生まれよ―――――』
それは魔導5層の内4層に属する大魔法。
人ならざるものの行使。
生命なき生命の誕生。
『召喚!!!!!!』
ミアの周りの水が暴れ狂うように渦を作り初め、水柱を立てる。
出現した水柱は追手の放つナイフを次々に飲み込みはじめた。
『
そうして幻想は召喚された。
川の流れは重力を無視して大きくそびえ立ち、その姿を形作る。
蛇のようでありながら、大樹よりも巨大な巨躯、荘厳な趣きのある双眸に人を一口で食らってしまいそうな醜悪な口。
それは竜であった。
体の全てを水で構築された竜。
「すごい……。」
マナはそう感想を漏らす。
自分が知っている魔法なんてほんの小さな自然現象を起こすぐらいのものだ。
こんな怪異を作り出す魔法なんて見たことがない。
それまでなんでこんな女が狙われているのか?とマナからしてみれば腑に落ちない所であったのだが、ようやく納得がいく。
これは規格外だ。
こんな魔法を一人で操れるなんて、そんなの人の域を超えてしまっている。
「マナさん、大丈夫ですか?」
「うん、手足が痛いけど……。」
竜はとぐろを巻くようにしてその見でミア達の周囲を包み、その身を盾にしてナイフの攻撃から身を守る。
「マナさん、どこに敵がいるか……わかりますか?」
「でも見えないから大体でしか教えられないよ?」
「十分です。」
「じゃあ、うん、右60度の辺り……。」
そう言ってマナが指差す方をミアは見据えて
「―――よし」
そうして杖の腕輪を握りしめて、ミアが言う。
『――――薙ぎ払え』
その使令と共に、竜はその巨躯を鞭のようにして大きく打ち付けた。
強大な質量を持つそれは、辺りの木々ごと、その全てを薙ぎ払った。
マナは驚きに声を失う。
ミアが指示した箇所を中心に辺りを扇状に薙ぎ払ったその竜の力に……。
「これで、倒せたんじゃないかと思うのですが……どうです?マナさん……。」
「う、うん、そこに倒れてる黒い装束の奴が見えるよ。たぶん、死んでる。」
「そう……ですか……。」
ミアは少し俯いた後、頭によぎった後悔の念を振り切るようにして頭を振る。
「追手もいないみたいですから、マナさんの傷すぐに治療しますね。」
そういってミアは治癒の魔法の詠唱をしようと腕輪に力を込めようとしたその時、
「あーあーあー、駄目だ、まだ早いみたいだよ、不幸散布女。あいつらとは全然違う追手がいたみたいだ。」
森の奥からぞろぞろと武器を持った男達が現れる。
マナはその服装に見覚えがあったオークションの警備の者達だ。
ミアはその中心にいる人物を見て、体を震わせた。
ミアに抱えられたマナはその震えを感じながら……何がいるのかと思い、その視線の先、見つめる。
そこには他の男達と雰囲気の違う一人の男がいた。
最高級のウール製のコートに身を包んだ茶髪の男であり、およそ戦闘員らしくない風体の男だった。
男はその指に付けられた金の指輪を見せびらかせるようにしながら口を開く。
「やあ、子犬ちゃん、君たち僕のオークションを散々に荒らしてくれたようだねぇ…。それに商品が勝手に逃げちゃ駄目じゃないか、君はまだこのリカルド・ミラーバスの所有物なんだから……。」
リカルドと名乗る男は笑った。
マナはすぐにその名前を思い出す。
「リカルド・ミラーバス、このオークションの主催者……。」
「そう、そうだよ、君小さいのによく知ってるねぇ、ふふ、しかし今回のオークションは色々台無しだよ。せっかく苦労して客集めたのに客の半数が死んじゃって、これどう責任とってくれるの?と言いたい感じ……後処理考えただけで頭痛くなるよ……まあ、でもいいけどね、いいものが見られた。」
そういって、リカルドは竜を愛おしいものを見る目つきで見る。
「ふふ、子犬ちゃん、君の力というのは僕としても半信半疑だったんだ。教団に捕らえられていた伝説の『虚』の持ち主ということで手に入れたわけだけどさ、そういうのって大抵眉唾でしょ?だからさーその真偽を確かめる為にちょっと噂を流してみたんだよ、騎士団と教団にね……そしたら2つの組織とも本腰入れて刺客送り込んできてやがるの……はは、ちょーウケる。」
本当に愉快だと笑うリカルド。
「せっかくだし、面白そうだから、泳がせてみて、まあ、子犬ちゃんを奪いにきた所を屋敷を防衛魔法で殺しちゃってざ~んね~んでしたって双方に死体の首送りつけてやろうとしてたんだけどね、まさかアレを突破されるとは思わなかった。あれ作るのに相当の金をかけたんだぜ?一体どんなカラクリを使ったのやら……教えてくれないかな?」
「――――さあ……ね。」
マナはそう言いながら辺りを見渡す。
敵は20人ほどだ。
その誰もが腰に杖と剣を装備しており、誰もが屈強の者達に見える。
普通に考えればかなり絶望的な状況。
だが、これならばいけるとマナは思った。
確かに数の上では2対20という圧倒的な不利さであるが、こちらにはその数をひっくり返す圧倒的な味方がいる。
竜。
ミア・クイックが召喚した、この竜さえいれば、あれぐらいの敵は有象無象に過ぎない。
ならば、この窮地から抜け出すのはそんなに難しい事では無いと思った。
「しかし、すごいねぇ、その竜、使い魔の召喚魔法っていうのは見たことあるけど、これほどの巨大さを誇る使い魔を見るのは初めてだよ。これが伝説の『虚』か……凄いなぁ、濡れちゃうなぁ。これが僕のものになれば帝国と戦争して、この僕が帝国の実権を握る事だって夢物語じゃないんじゃないか?そう思えてくるよ。」
そう感慨にふけるリカルド。
それを他所にマナはミアに小声で語りかける。
「ねぇ、不幸散布女、まだ竜は動かせるでしょ、マナが合図するのと共にさっきみたいになぎ払ってもらっても良い?」
その問いにミアは震えながら首を振った。
「む、無理です……それは出来ません。マナさん……なんとか、なんとかしてここから逃げて……ください。」
「え……どういう……。」
予想外の反応に驚きを隠せないマナ。
それを見透かしたようにリカルドは大笑いをする。
「ふふ、もしかして、あれかなぁ……その竜を使えば僕らやっつけて逃げる事が出来るとかそういうありえない妄想しちゃってる系なのかなぁー君。ふふ、見かけどおり考えてる事も幼いねぇ。」
「―――どういう意味?」
「言葉どおりの意味さ、彼女は僕の可愛い飼い犬なんだ、飼い犬には首輪を付けて鎖で繋いでおくのって当たり前の話だろう?」
「首輪?」
「そう―――――こういうね。」
リカルドは右の手のひらをミアに向ける。
リカルドの手のひらで何かが光り、輝く。
『リカルド・ミラーバスの名に置いて命ずる、汝は我の傀儡なれば、我が命の為に従え、我は其の主なり。』
その詠唱と共にミアの額が光を放つ。
それと同時にミアの瞳から生気が失われ始める。
「さあ、僕の愛しい犬よ、そこにいる獣人の娘を連れてこちらへ来い……僕らに攻撃する事は許さないよ……。」
そう言霊を投げる。
「い……いや……。」
ミアはそれに抗うようにして地を掴んだ。
「抗えぬ、抗えぬ、抗えぬ!魂の呪縛は絶対なのだ!例え、お前とこの私の魔力量に天地ほどの差があったとしても、この隷属の刻印には逆らえぬ!ははは、見苦しいぞ、さあ、その獣人の娘を連れてこちらへ来い。」
それは刻印だった。
隷属の刻印。
それを刻まれた者は主への絶対の服従。
それを魂の奥底に刻む。
ゆえに呪いなのだ。
「あ、ああ……。」
ミアの意識とは別にミアは立ち上がりマナを抱える。
既に先の闘いで四肢に怪我を負い、まともに動けないマナはそれに抗う事も出来ない。
「い……やだ。こんなのいやだ……なんで、なんで、なんで……。」
このまま、マナを彼らに引き渡してしまえば、マナは五体満足で帰ってくる事は無いだろう。
ミアはリカルド・ミラーバスという人間のほんの側面しか知らないが、それでも、その笑顔の裏に隠した執念深さと狡猾さは感じ取れた。
この男は必ず、マナにありとあらゆる拷問をかけ弄んだ後…殺す。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、わたしの、わたしなんかのせいでごめんなさい……ごめんなさい。」
ミアは涙を流しながらそう何度も痛々しく謝罪する。
結局こうなってしまった。最初から分かっていたではないか、自分は他人を不幸にする。
そういう星の下に生まれている。
そういう運命を強制付けられている。
だから、誰とも関わらず、自分の中に全てを抱え込む覚悟をしたのでは無かったのか?
それが、なんだ?
たかだか、ほんの数分で口説き落とされ、差し伸べられた手を取った結果がこれだ。
取るべきではなかった。
あそこは駄々をこねてでも取るべきではなかった。
わたしは馬鹿だ。
本当に馬鹿だ。
どうしようもない。
本当に―――――
「なんかさ、泣いてる所悪いんだけどさ―――」
ミアはマナの表情に驚く。
それは絶望に直面した者の顔ではなかった。
マナ自身、怪我で身動きも出来ない状況だというのに一体何を思えば、こんな顔が出来るのか?
この少女だって、その未来を感じ取れてる筈なのだ。
それなのに、なんでこの少女はこんなにも幸福そうな顔をしているのか?
「――――来たよ。」
マナはそう告げる。
その視線の向こうには白髪をボサボサにさせた男が面倒くさそうにこちらの状況を眺めながら立っていた。
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