1-12 継句式(LU3004年154の日)

煙玉の効果が消え、煙が晴れていく。

アークライは黒装束の位置を確認しようと壁の角から覗きこむようにしてあたりを見渡す。

それと同時に『斬射』という詠唱。

アークライはそれを聞くと共に慌ててそこから転げて逃げた。

アークライがいた場所に血刃が走り、大きな傷跡を残していく。

その血刃が来た方向を見つめ、黒装束を視認する。

敵は一人。

マナ曰く、2人だそうだが、どこかに隠れている……という事だろうか?

自信の体の状況を確認。

左肩に矢傷。

かなり深く入り込んでいるが左腕の機能にそれほど問題は無く、負担をかけないように扱えばまだ使えるだろう。

毒が塗られていなかったのは幸いだったと言える。

よって片手で武器を握るニャルラ参の型『双剣』は使用不可。

また、壱の型『大剣』も腕への負担が大きい為、使用を控える方が良いだろう。

よって、使用が可能とおもわれる型は弐、肆、伍のみである。

五を扱うのが手っ取り早いと思われるが、ニャルラの内臓機能を使うために必要なシリンダーが残り1つのみである。

伍は一度使うだけでシリンダー内に充填されたモノを全て使ってしまう燃費の悪さも特徴だ。

この状況で使うには少々分が悪い。

となると左手を添えるだけで扱える、弐が一番実用的か?

そう結論し、アークライは即座にニャルラを組み替える。

ニャルラはすぐにその姿を壱から弐へと変える。

多変形機構杖、ニャルラ弐型。

それは長槍であった。

これは左手を添えて、右手の力で突く武器である。

勿論、棍術のような扱いを行うには両腕の力が必要不可欠である少々工夫すれば扱えない事も無い。

アークライはそれを両手でもって、黒装束へと向けて走る。

黒装束はアークライに向けて、手のひらを向けた。

血刃の射出する構えだろうか?

だが、アークライはそれを気にもとめずに駆ける。

おそらくは黒装束は血刃を打てない。

アークライにはそう確信めいたものがあった。

あの血刃は書いて字の如く、自身の血液を刃とする魔法である。

それを射出するという事はつまりはあの黒装束は自身の血を消費して刃を放っているということに等しい。

彼は既に3度、血刃を放っている。

血を使う魔法は強力であるが、それと同時に自滅の可能性を持つ諸刃の剣である。

体格からしてみても、それ以上の行使は相手の命に関わる。

逆に言えば打たせて、それを避ければそれだけ、アークライの状況は有利になると言えた。

後、打てて1発か2発が限度だろう。

それに先程からのノーコンぶりを見れば、あの刃はその切れ味と引換に命中精度はそれほど高いものではない。

つまり、回避する事は専念すれば、それほど難しい事ではないという事だ。

そして、回避さえすれば、後は勝手に自滅してくれるのを待つだけでいい。

それゆえの疾走。

つまりはこの疾走自体が攻撃を誘う為のフェイクであった。

黒装束は唱える。


『形成せ』


その句と共に、黒装束の腕から、血で作られた巨大な鎌が生成される。

その刃は細く鋭利であると共に禍々しさを感じさせた。

そして黒装束もアークライに向けて駆ける。

黒装束もアークライの突進の意味を理解したのだろう。

ゆえに自身から血刃を切り離すのではなく、血刃を用いた格闘戦を選択した。

これならば確かに血の消費を最低限に抑える事が出来る。

間合いに入る。

先に攻撃を仕掛けたのはアークライだった。

長槍形態のニャルラは、2m程先まで貫く中距離戦に強い武器だ。

先手を取ることが出来るのは至極当然であった。


「はっ!」


アークライは息を吐き出すのと共に、右腕に力を入れて長槍を左手を滑らせて突き出す。

矛先が夜風を斬るように走る。

狙いは胸元。

回避が難しいそこを狙う。

しかし、黒装束はそれを上半身を後ろにそらすことで回避した。

それにアークライは驚く。

左右に飛んで回避する事は想定してはいたが、まさか上体反らしで回避されるとは考えていなかった。

血を失っている人間の動きとは思えない。

だが、その状態から出来る攻撃は無い。

アークライは続けて追撃をかけようと、素早く槍を引く。

その時、アークライは敵が目で笑うのを見た。

それは勝利を確信したもの特有の目付きだ。

アークライはそれに身震いする。


『乱れろ』


地獄の底から湧き出る呪いのような声で呪文が唱えられる。

魔法の現体系、継句式の恐ろしい点は詠唱を追加する事で発現した魔法にさらなる変化を与える事である。

例えば火を灯す魔法があったとする。

これはただ火を灯すだけの魔法であるが、その後にそれを投擲する継句を紡ぐ。

これによって、その火は投擲の属性を付加され標的に向けて発射される。

言うなれば、最初の起句で起こした現象に指示を与える事によって魔法に様々な変化を与えるといった手法だ。

その為、この継句式の魔法は高い汎用性と応用力を持っている。

そして、今、その継句の恐ろしい応用力がアークライへ牙をむく。

黒装束の血刃は三又に別れ、様々な方向へ刃を暴れさせた。

とても攻撃に転じられるような体勢ではない状態からの攻撃、これを黒装束は魔法によって可能にしたのである。

間合いにさえ入ればあとは血刃を暴れさせるだけで、勝手に敵を切り裂いてくれる。

黒装束の狙いはもとよりそれだけだった。

アークライは即座に槍を突き出す。

だが、その矛先は相手の体に届くよりも早く、血刃はアークライの体へとその刃を立てるだろう。




だから、アークライは―――




狙いを黒装束ではなく――自身に襲いかかる血刃に変えた。






血刃とニャルラ。

この2つの武器が激突する。

もし、第三者がこの戦いを見ていたならば、アークライの決断を愚行だったと評していたかもしれない。

何故ならば、魔力を帯びた血刃は鋼鉄すら斬り裂く鋭利さを持つ。

それはニャルラを確実に破壊し、そのまま、アークライへと刃を立てると想定することが出来るからだ。

つまりは敗着の一手。

そう見るのが妥当である。

刃と刃が激突する。

血刃がニャルラの刃を軽々と裂き始める。

当然の結果だ。

得物の出来が違うのだ。

だが、そうして刃の半分を斬り裂いた時変化は起こった。

血刃が破裂したのだ。

辺りにばら撒かれる黒装束の血。

それは魔法によって固められていたモノが解かれ、液体へと戻り、黒装束の身を濡らす。

そして黒装束は気を失い倒れた。


「正直、賭けだったけどな……。」


自身の矛先が割れたニャルラを見てアークライは息を乱しながら、そう漏らす。

あの決死の状況でアークライが行った事は単純だ。

血刃とニャルラの矛先を激突させた。

それだけの事。

ただ、黒装束が想定していなかった点があるとするならば、ニャルラの矛先には電撃が付加されていたという点だ。

電撃を帯びた矛先は本来は液体である血刃伝いにその体に電撃を流す。

それによって、アークライは黒装束の意識を奪った。

電撃が意識を奪うのが先か、血刃が自分の体に食い込むのが先か?

これはそういった賭けだった。

勝敗を分けたのは、先に幾度もの血刃の行使によって黒装束が体力、精神力ともに大きく消耗していたというのが大きいだろう。

よく見れば、黒装束は右腕の一部と脇腹の一部を削られるような怪我をしていた。

おそらくはトラップを抜ける際に受けた傷だろう。

これが先ほどからの投擲の命中率の悪さにも繋がったのかもしれない。

アークライはそれであれだけの動きが出来る敵の能力に内心、恐怖を覚えながら、辺りをぐるりと見渡す。

マナの情報が正しければ、もう一人いる筈なのだ。

アークライはマナの気配探知には絶対の信頼を置いていた。

その正確さはこれまで彼女と共に仕事を共にしてきて、何度も見せられてきている。

だから彼女が間違っているという事はまず無い。

となると考えられるのは1つだ。

黒装束達の目的がミア・クイックだとするならば、アークライはただの障害に過ぎない。

となると一人はアークライを対処する為にここに残り、もう一人はマナを追っている可能性が高い。


「ああ、くそ無事でいてくれよ。」


アークライはミアの逃げた森の中へと向かって駆けた。

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