1-5 潜入と斬殺体(LU3004年154の日)

154の日、非合法競売会場 馬車小屋。



黒いドレスの男は、自らが気絶させた顎髭の男を馬車の荷台へと運んでいた。 

荷台に張られたテントで荷台は正面から覗かなければ内部を見ることは出来ない。

黒いドレスの男は慣れた手つきで男の手足を縛り、荷台にあったシーツで隠す。


「ふぅ…しかし、スカートってのは本当になれないな…下半身がスースーする。それに色々引っかかりやすい。なんでこんなもの好んできるのかわからんよ。つか、マナさっきからうるさい、影の中で泣くな。」


そう言って、黒いドレスの男アークライ・ケイネスは荷台の奥に隠してあった革製のバッグを取り出した。


「だって、アーちんが……アーちんが凄い楽しんでるのわかるんだもん……うう、なんで、なんでだよー、女装なんて性倒錯で楽しむなよー。」


アークライ以外がいないはずの空間からそう小さな少女の声が漏れる。


「まあ、事実、人を騙すってのは面白いからなぁー。」


実際のところアークライが女装にそれほど抵抗が無いのはその側面が大きい。

元々、使えるものはなんでも使うという信条の元行動してきた手前、女装ぐらいを忌避する感覚がそもそもとして無いのである。


「うう、アーちんの変態馬鹿ぁ!!」


アークライはそんな涙声に苦笑しつつ、バッグを開けた。

中には着替えと今回の仕事に必要な道具が入っている。

アークライはすぐさま、ドレスを脱いで着替える。

流石にこのドレスのまま行動するのは動きにくくて仕方ない。 

そして顔についている化粧を落とした。


「ふぅ。」


革のズボンにシャツを着て、その上に革のジャケットを着こむといった普段着に着替えた事でアークライは安堵を覚えた。

女装(ああいう格好)も悪くないが、やはりこういった動きやすい格好が好みだ。

アークライはそんな感慨を覚えながら、バックからポーチを取り出し腰に付け、最後にバラバラになった刀身を取り出した。

本来は身の丈ほどの大きさがある愛用の武器を分解してバッグの中に詰め込んである。

アークライはそれを慣れた手つきで組み上げていく。

その間、およそ10秒、瞬く間にバラバラだったそれは身の丈のサイズの大剣になる。

多変形デバイス『機構杖ニャルラ』、アークライが自身のディスアドバンテージを補う為に作り上げた杖である。

その後、アークライはニャルラを少し見つめ考えるようにした後、またニャルラを分解して組立始めた。

身の丈ほどあった大剣は瞬間に二本の双剣へと姿を変える。

状況に応じて、その姿を変える事が出来る。これが機構杖が多変形デバイスと名付けられている所以でもある。

今回、アークライがこの双剣の形態を選んだのは、屋内での戦闘が予想される事からだ。

基本形態である大剣では大きすぎて壁に引っかかる等といった事が予想されるし何よりも目立つ。

その為、こういった小回りの効く形態の方が良いと判断し、この双剣形態を取った。

アークライはその2つを腰にかける。

その後、バッグから試験管状のものをジャンパーに4つか入れた。

顔を隠すために頭を覆うようなマスクを被り、自作のサングラスを付ける。

準備は完了。

アークライは二日がかりで頭の中に叩き込んだ見取り図を脳裏に浮かべながら、辺りの様子を伺う。

馬車小屋に人はいないようだ。

アークライは周りを警戒しながら荷台から降りた。

目的の少女、ミア・クイックがいるのはここから200m程放れた所にある別宅だという。

そこに直行する前に今、このホールの周囲に張られている結界を解除しなければならない。

結界を解除するには要となる魔法道具を破壊する必要がある。

だが、それがどこにあるかはクレアたちも突き止める事は出来なかった。

つまりはここからは地道にまず結界の要を探し出さなければならない。


「マナ、結界がどこから発生してるか、わかるか?」


そうアークライは尋ねる。


「ちょっと待ってね。」


そう応えるマナ。

だが、マナの姿はどこにも無かった。

しかし、その声はアークライの近くから発せられている。

これには一つ仕掛けがあった。

『遺物』というものがある。

太古の時代に残された製造法不明の特殊な道具であり、魔法を使わずに超常現象を起こす事が出来る。

魔法ではないが、魔法と似たような超常を起こす道具。

それをマナは持っている。

マナの持つ遺物『影縫い』の能力は影への潜航することだ。

影の中にいる間は魔力が漏れず、気配すらも完全遮断されるという能力を持つ。

それを用いて、マナは今、アークライの影の中に潜航していたのである。

アークライが檻の中から脱出出来たのもアークライの影の中にいるマナの協力があったからであった。


「んー、大きそうな力をいくつか感じるけれど・・・うーん、それ以上はわかんないや。」

「周囲にその力を一番、大きく流し出してる奴はどれだ?」


結界は周囲に発生させる魔法である。

ならば、要となる何かは広範囲にその結界に使用される魔力を放出していると考えるのが妥当だ。

つまりは魔力放出量が一番大きそうなモノが要である可能性が最も高い。


「あーそれなら……うん、ここから北東に100mっていったところかな……。」


マナの言った場所を頭の中にある見取り図と照会する。

それを終えた後、アークライは少しげんなりした。


「オークション会場かよ……。」


よりにもよって警備の厚そうな場所でアークライは溜息を吐く。

オークションの警備をしながら要も警護出来るという効率性を求めたのだろうか……。

あまりの面倒さにアークライは目眩を覚えた。

とはいえ、ここからの脱出を含めて要を破壊する事は最優先事項である。

こういう時は諦めが肝心である。


「よし、行こう。俺も注意払うが、お前の感覚が頼りだ。警戒頼むぞ。」

「了解~。」


そうして、アークライは馬車小屋から出た。

既に辺りは暗くなっており、その暗闇を外灯が照らしていた。

アークライは物陰に隠れながら辺りの様子を伺う。

目的地であるオークション会場にはオークションに参加しようとしている人間達が会場の扉の前で列を作っている。

そして扉の前に警備を行っている杖持ちが数人いた。

アークライはどうやってオークション会場に入るかを考える。

当然、正面から突撃というルートはありえない。

目立ちすぎるし、もし突破に成功しても各所から増援が送られて詰みかねない。

ならば、どうするか?

できる限り人に気づかれずに潜入する必要がある。

アークライは再び頭に叩き込んだ見取り図を思い浮かべる。

会場には入口が2つあり、一つは来客用の正面口、もうひとつは運営者が扱う裏口がある。

裏口は裏口で警備の人間がいるが、逆にいえばそれぐらいだ。

少なくとも正面突破するよりはずっと分がいい。

そう思い、アークライは競売会場の裏口へと回る。


「アーちん、二人、いるよ。」


囁くように影からマナが告げる。


「どっちからだ?」

「ちょうど、背後の建物の角だね、たぶん見回り。もうちょっとで視界内に入る。」


 辺りを見渡す……特に何もない殺風景な路地、隠れられそうな場所は無かった。


「はぁ、仕方ない、やるぞ。」

「了解。」


 そういってアークライは背後を向いて背を低くし駆けた。

 それとほとんど同時に建物の奥から二人の人影が現れる。

 腰には棒状の杖とナイフをかけている。

 警備のモノだろう。

 二人は暗く視界が悪いせいかアークライに気づくのが遅れる。

 それが命取りであった。

 アークライはすぐさま警備の内の一人の懐に飛び込み、それと同時に左手の掌打を顎に放つ。

 その一撃は一瞬でその人間の意識を奪った。


「誰だっ!」


 そう叫び、アークライに気づいたもう一人の警備がナイフを取り出し、アークライに向けて突き出す。

 アークライは即座にそのナイフの刀身を右手で掴んだ。


「なっ。」


驚きの声が上がる。

アークライはそれを気にも止めず、左の裏拳を顎に向けて放つ。

アークライの裏拳は確実にその対象の脳を揺らし意識を奪った。

男たちは膝を付きそのまま突っ伏すように倒れる。

アークライが駆けてからこの間、およそ5秒ほどの出来事である。


「アーちん、さっすが……。」


感心したようにマナが言う。


「いや、声を上げさせた時点で全然だめだよ。」


アークライは周りを見渡す、幸い今の警備の声を聞いていたものはいなかったようだ。

自分もまだまだ甘いと自嘲する。

師ならば、それこそ喋る暇も与えぬまま意識を奪うだろう。

アークライは二人の気絶した警備の者達の手足を縛りあげ、誰にも見つからないように建物の物陰に隠した。

こうしておけば、夜が開けなければ早々見つかる事はないだろう・・・。


「裏口へ急ぐぞ、他に気配はあるか?」

「今のところは大丈夫。」

「了解。」


マナは獣人ゆえに感覚が特に聴覚が鋭い。

それは彼女が集中すれば、500m先の針の落ちた音すら感知出来る程である。

その感覚を頼りにアークライは夜の闇の中を駆けている。

目的地である裏口の近くまで来た。

今、アークライ達がいる通りを出れば、競売会場の裏口の正面に出る筈である。


「マナ、警備は何人いる?」


アークライはそう辺りを見渡しながら聞いた。


「え……と、おかしいな……ちょっと待ってね……アーちん。」


マナは少し驚いたような声を出す。

自分が感じたモノを信じられないそんな感情が声から感じられた。


「どうした?」

「いや、ここの先って本当に裏口なんだよね?」

「そうだが?」


変な事を聞くとアークライは顔をしかめた。

マナはアークライの影の中にいる。

アークライはその影の中というのを経験したことは無いのだが、マナ曰く、そこは暗闇の世界であるらしい。

聞こえる音も声も十分の一未満になり、視界は無い世界。

そんな中で周りの気配を感じ取れるマナの能力はある種、驚愕に値するものではある。

アークライはマナと共に行動するようになってから、この気配探知の能力に何度も助けられ、大きな信頼を置いていた。

けれど、今回は何かがおかしい。


「んと、ね、でもやっぱり……。」

「だからなんなんだ?」


催促するようにアークライが言う。


「この先にね……人の気配が無いんだよ……。」


マナは自分でも自分が言っている事の信じられないというような自信の無い声で言った。

マナの予想外の答えにアークライは驚いた。


「どういう事だ?流石にそれは無警戒すぎるだろう・・・。」

「それにね、影の中なせいか微かなんだけど・・・鉄のにおいする。たぶん血の匂い。」


アークライはそれを聞いて眉間を険しくする。

背筋に悪寒が走った。


「……少し覗く。」


周りを警戒しながら静かに会場の裏口を物陰から見つめる。

裏口の入り口らしき扉が見える。

そこには確かに誰もいなかった。

内部から強固な錠が施されているということだろうか……?

確かにそのケースは考えられる。

となると潜入するのはまた面倒な事になるのだが……そんな思案をしつつ、アークライは静かに裏口に向けて歩を進めた。

そうして少し歩いた後、何かが地面に転がっているのを見た。

それと同時に吐き気を催すような匂いがするのを感じる。


「くそ、どういう事だ……これ……。」


マナの言葉から脳裏に微かにあった可能性が現実のモノになり、汗をだらりと流す。

そこには、裏口の警備をしていたと思われる二人の男の死体が転がっていた。

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