1-4 ベンツ・マンダーソンの悲運(LU3004年154の日その1)



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今生きている時を幸福か不幸かを決めるには10年経たなければわからない。

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―1―



LU3004年154の日の夕暮れ。

帝都郊外にあるアリスロッドと呼ばれる森へと向かう道の上をベンツ・マンダーソンは馬車を走らせていた。

既に人の手で作られ巨大な城を中心として成り立つ階層都市である帝都は遠く小さなオブジェクトとして風景に溶け込んでいる。

今眼の前に広がるのは見渡すばかりの高原と、その奥にある緑豊かな森だ。

ベンツの仕事はその森の奥にある屋敷まで、馬車の荷車に乗っている荷物を送り届けることだった。

いつにも増して上機嫌に口笛を吹きながらベンツは馬車を走らす。

今回の仕事は報酬が普通に請け負った仕事の3倍ほどの額である。

これならば仕事上がりで酒場で一番高い酒と女をはべらせて遊ぶ事も出来る。

そんな夢を描きながらベンツはただ、黙々と馬車を走らせる。

背後にある荷台から物音が鳴った。

ベンツはふと後ろを見る。

荷台に張られたテントの中には鉄格子の檻があり、そこには一人の女性が足枷を付けられ繋がれていた。

その女性を見て、ベンツはごくりと喉を鳴らす。

ふと見惚れてしまうような白い長髪に黒曜石のような瞳、全体的に無駄な肉を落として、洗練されたと感じさせる肉体にあまり主張の無い胸、それを彩る最高級バナルス製の生地で作られた黒いドレス。

そこには絵画に描かれたかのような美女がいた。

女性を見るのは荷物を受け取り積み上げた時と乗せた後に荷台を覗いた時からの三度目となるがそれでもその女性に見惚れてしまいそうになる。

女性はベンツの視線に気づき俯うつむく。

女性の手が震えているのが見えた。

当然だろうとベンツは思う。

彼女をこれから待ち受ける運命を考えれば、当たり前の事なのだ。

しかし、そんな震える彼女の仕草もサディストのベンツからしてみればそそられるものがあった。


「はは、眼福、眼福。」


ベンツはそう笑い前を向いて馬車を走らせた。

目的地であった森の直前に付く。

そこには門があり、そこに立つ二人の門番がベンツに馬車を止めるように指示を出した。

ベンツは門番の指示に従い、馬に止まるように指示をだす。


「ここから先は立入禁止だ、すぐに引き返したまえ。」


男の内の一人がベンツにそう言う。

ベンツは馬車から降り、男たちに笑顔で、


「いやぁ、困りましたね、実は森の奥に荷物を送り届けることを依頼されてここに来たのですが……。」


そう親しげに言う。

男たちは顔を見合わせた後、


「ならば、通行の手形が必要だ。持っているかね?」


事務的な口調でそう言った。


「ええ、それなら、これです。」


ベンツは腰に下げた袋から、白紙の紙を取り出し渡す。

男たちは神妙な顔つきで受け取った紙を手に取る。


「確認する、少し待ちたまえ。」


そう言って自分の腰に下げた棒を取り出した。

棒の先を紙に向け唱える。

その詠唱と共に白紙の紙が緑色の輝きを放った後、橙の文字が白紙の紙に浮かび上がる。

それは魔法であった。

紙に残された魔力の残滓を救い上げ視覚化する魔法。

魔痕探知と呼ばれる魔法の応用であり、特定のリズムの魔力の波を当てる事で紙に隠された文字を浮かび上がらせる。

情報を隠す時や、なんらかの認証に常用される魔法である。

そうして白紙に浮かび上がる文面を読んだ後、男たちは、


「了解した。念のために荷台を改めさせてもらうがよろしいか?」

「どうぞ、どうぞ、お好きなだけ。」


そういって、荷台に案内する。

中にはいくつかの陶器と宝石、そして檻の中で俯いている女がいる。

男たちは女を見て、一瞬目を奪われたように凝視した後、首を振って、再び紙を見る。

そして訝しげな顔持ちで尋ねる。


「この女は前もって渡されていた出品物のリストに含まれていないようだが?」

「ええ、そうなのですが、後々から追加してくれと渡された物でして…。」

「困るなぁ、そういうものは我々も審査をするものであるのだから問題ある物品を通すと責任問題なのだよ。」

「はい、ですが、このような書状も頂いておりまして…。」


そういって、ベンツは鞄からもう一枚の白紙の用紙を取り出した。

男たちは同じようにして詠唱を行い、白紙の用紙にかかれた文字を浮かび上がらせる。


「ハーヴィ・メルクリウスだと……帝国騎士団の副団長が……。」


男たちは驚きに目を見開いた。


「ええ、彼も今回の催しに1つ噛みたいんだそうで……それがこのお嬢さんだそうです。」

「確かに、ハーヴィは騎士団の中でも貴族側の人間とは聞くが……ふむ、これは我々だけで決めていい問題ではなさそうだな。少し待ってくれ、上にかけあってみる。」

「ええ、お願いします。時間のほうはいくらでも待ちますので…。」


男の一人が何かの詠唱を始める。

男の眼前に魔方陣が現れ、それに何かを文字を刻んでいく。

おそらくは通信用の魔法だろう。

その文字は暗号化されており、ベンツから見て何を書いているのかまるでわからなかった。

遠くから男たちの様子を眺めて長くなりそうだとベンツは思い、鞄から買い置きしておいた本を取り出す。

200年ほど前に書かれた古典的な密室ミステリー小説だ。

友人達から笑われるが、こういったミステリー小説を読み、答えが掲示される前にトリックを暴く事はベンツのささやかな趣味だった。

30ページ程読み進め、定石通り最初に現れた富民が犯人ではないかと疑い初めた頃、男の内の一人がベンツのもとにやってきた。


「許可がおりた、通れ……。」


そう言って門を開いた。


「はいはい、ご苦労さん。」


ベンツは森の中にある道へ馬車を進めた。

そうして森の中に入った時、ベンツが背筋に肌寒いものを感じた。


「結界の中に入れたみたいだな、」


結界への侵入の認証が行われたのだろう。

もし、この結界が通過を許可しない者を探知したならば、その者を方角も狂った迷宮へと送り込む。

この森にはそういった仕掛けが幾重にもかけて施されている。

この森に安全に入る方はただ一つ、この森の守衛たちに許可を貰うという方法だけだ。

そうしなければ白骨化するまで、この森の住人になってしまうだろう。

ベンツはまた、ふと荷台を見た檻の中には変わらず拘束された女性がいる。

もうここまで来てしまえば、逃げることは不可能だ。

ならばさぞ、絶望に体を震わせているのだろうと思い、それを見たいというサディスティックな欲望にかられた為だ。

しかし、得られた光景は、ベンツの想像とまるで違うものだった。

囚われた女はベンツの視線に気づき、ふと、静かに気持ちの悪い笑みをする。

それはまるでベンツを見下し嘲笑しているようにも感じられる笑みだった。

胸糞悪いものを見た……そう思い、ベンツは視線を前に戻す。

さっさと、こんなもの引き渡してしまおう。

それで、さっさと帝都に帰って痛飲しよう。

そんな事を考えながら、ベンツは馬車を走らせようと手綱握った。

目的地である屋敷に付くのにはそれほど時間はかからなかった。

去年も来たが、この屋敷の大きさには驚かされる。

帝都上層区にあるような豪邸の本館に加え、その横にそびえ立つ200人は収容出来るとされるホール、それに加えいくつもの別宅が立てられている。

ここに来ると自分が普段住んでいる部屋がただのゴミにしか見えなくなる。

まったくこんな金持ちになってみたいものだとベンツは内心ぼやきながら屋敷の前にいる守衛のところへ馬車を走らせる。

屋敷の前に数人いる警備員達に森の入り口でされた認証とほぼ同じ事をされ、許可を得た後、ベンツは奥にある馬車置き場へと馬車を走らせた。

ここで荷台の中身を受け渡せば仕事は終了、あとはのんびりと夜風にあたりながら帰路につくだけである。

そんな事を考えながら馬車置き場に馬車を止めた時―――


「ところであんたに聞いてみたいんだけど……。」


声を聞いた。

ここでの案内をやっている人間に声をかけられたのかと思い、


「はい、なんでしょう。」


そう反射的に答えた後、その声が来た方向に悪寒を感じる。

その声は自分の背後、それも数mも離れていないような距離から発せられたように感じたからだ。

おかしい。

何故こんな近くから俺に話しかけるような声が聞こえるのだ?

ベンツは冷たい汗を流す。

つまり今、この馬車にいる人語を発する事が出来る人間は自分だけの筈である。

いや、あと一人いた事に気づく、脳裏に張り付いた先ほどの嘲笑するような笑みそれを表したのは誰だったか……。

だが、そんな筈は無いとベンツはその考えを否定する。

何故ならば、その声はベンツのすぐ背後から聞こえてきたからだ…。

檻の中に囚われた彼女はそこから出ることが出来ないはずであり、これほど近くから声を発する事は出来ないはずである。

だから、ありえない。

彼女が自分の背後で声をかけてきているなど…。

そう思い、ベンツは恐る恐る背後に振り向く。

そこには先ほどまで檻に囚われていた女が立っていた。

檻は開き、枷は外されている。


「あんた、俺の事見て、眼福とか言ってたけどマジで言ってた?」


女はそう言った後、ベンツに首筋に強い衝撃が入る。

全身の力を無くし、ベンツはよりかかるようにして、女の方に倒れ、顔が股間にあたる。

その時、顔に本来そこにある筈の無い異物の感触を感じた。

その感触の正体を意識を失う刹那で60回ほど否定し、しかし否定を否定する感触にその正体を肯定され、ついに逃れえぬ真実に到達する。

これは密室ミステリーよりよっぽどわかりやすい答えだ。

こいつ男じゃねぇか……。

胃液が喉を這い上ってくる感覚を覚えながら、ベンツは失意の海に沈み意識を失った。





―閑話―



時間は5日前に遡る。


149の日、帝都下層区24区画『アークライ自宅』。


日の光が窓から差し込み昼を告げる頃。

最低限の生活用の家具しか置かれていない殺風景な部屋に3人の人間がいた。

二人は元々のこの部屋の住人であり、もう一人はこの部屋の外から来た客人である。

今、ここで客人から依頼される仕事の詳細を詰める作業が行われている。


「さて、どうやって潜入するかだが……。」


客人である、金髪碧眼の麗人クレア・ローゼンはそう言って机に置かれた見取り図の内の馬車小屋を指さした。


「まずはここに向かってもらう事になる。ここは丁度審査が終わった後に入れる場所でな、そのおかげで警備が薄い。」

「おいおい、まずそこまで行くのにどうするのか?って話じゃないのか?」


そうクレアの言葉に返す、白髪の男。

帝都下層区で自営業を営むアークライ・ケイネスである。

クレアから依頼された仕事を請け負った『交渉屋』である。


「ああ、それは対して心配はいらない。こちらでなんとかする。」


そう言うクレアに対し、アークライは溜息混じりに


「あのなー、聞いた所によると、この非合法オークションが開かれる豪邸だの屋敷だのには大規模な外敵探知の結界が張ってあるんだよな?そんなのに、まずどうやって近づくんだ?って話だよ。俺が騙せるのは小規模の魔力探知の警報魔法ぐらいで、人間そのものを排他しようとする魔法には無力だぞ?流石に俺だってその辺りどうやって突破するか聞いておかないと困る。」


用意する道具もそれによって変わってくる。

どれほど道具を持ち込めるのかで準備するものも変わるのだ……。

これはアークライ自身の生死に関わることでもあり詳細を聞いておく必要があった。


「実のところ、養母ははからギリギリまでは言うなと口止めされているのだが……。」


そうバツが悪そうにクレアが言う。

アークライは嫌な予感というものを感じた

クレアの養母、彼女は帝国騎士団団長であるのだが、それと同時にとびきりの変人でもある。

人の嫌がるのを見るのを至上の悦楽とし、人の嫌がる事をするのを長けていて、アークライもかつて騎士団に在籍していた時、様々な嫌がらせを受けていた。

正直な所、名前を聞くだけで背筋に悪寒が走るのだ。

ここで、この人物が出てくるという事はつまりろくでもない方法なのだろう…。


「そんなの認められるわけ無いじゃん!リスク背負うのこっちなんだからきっちり言って貰わないと!」


そう言うのは獣人の少女マナだった。

アークライが過去に請け負った事件で知り合い、それ以降、仕事を共にしている少女である。

そう言われてクレアは少し悩むようにした後、


「ふむ、今回の依頼は失敗が許されないものではあるのは確かだしな。私としても友を養母の娯楽の為に無知で送り出すのは心苦しい。あとで養母には私から謝っておこう。」


そう言って決心したようにクレアは鞄に入っていた最後の紙を取り出し渡す。


「今回、アークライにはこの服を着て潜入してもらう。」


アークライはそれを見た後、呆れた顔で


「お前な、これマジで言ってるのか?」

「ちょっと見せて……。」


クレアがアークライに渡そうとしていた紙をマナは横から奪い、それを見る。

そこに書かれていた服にマナは驚き、目を開く。

その後、体を震わせて、


「ねぇ、そこの……あんたの養母ってのは変態なの?馬鹿なの?」


怒り混じりにクレアに言う。


「正直、その問いには答えかねるな…ある意味では君が例えたものよりもっと酷いモノといえるかもしれない。」


怒りに震えているマナの手からアークライは紙を取り、そこに写されている服を見る。


「まあ、そんな所だろうなぁ……ほんと変わってないのな、あのババア……。」


そこには非常に可愛げな黒い女性物のドレスが写っていた。


「ふざけないで、こんなのアーちんが着ていける訳ないじゃない!!アーちんは男なんだよ!!」


マナが顔を真っ赤にして怒鳴る。


「で、これを着なきゃ行けない理由はなんだ?あのバアさんの事だ、嫌がらせ以外にもしっかり納得せざるをえない理由を付けてきやがってるんだろ?」

「ふむ、私としても養母の狡猾さには呆れる所ではあるのだが…。」

「あ・の・さ、アーちんも、そこの貧乳もマナの話聞いてる?というか特にアーちん誰のために怒ってるのかわかってる?」

「んなこと言ってもなぁ……あのバアさんの発案に一々腹立ててたら身がもたないし……。」

「これ着るのアーちんなんだよ!!アーちんだって、嫌でしょ!女の子の服を着るのなんて!!!」

「いや、全然。」

「でしょ、だからね、怒るべ―――――――――――えっ?」


マナは耳を疑った。

今なにか、おかしな言葉が聞こえなかったか?


「いや、今更女装ぐらいでどうこう言う神経ないよ。」

「ちょ、ちょっと待って、何を言ってるのアーちん!!!」

「ん、ああ、そうか、お前知らないんだな、俺、割とやってるぞ女装。」


アークライは当たり前のように言う。


「―――――――――――――何か今、マナの耳に幻聴らしきものが忍びこんできたんだけど……おかしいなー、疲れてるのかなー。」


そういえば、ここ最近金欠で食事も三食食べていない日が続いている。

それが原因なのでは無いかとマナは内心を疑う。

そんな風に自分を騙そうとするマナの肩をアークライはポンポンと叩いて



「いや、だから、それなりに数やってるって……。」

「何の?」

「女装。」


アークライの即答に膝をついて項垂れるマナ。


「う、嘘だ……アーちんがそんな変態さんだなんて……嘘だ……夢だ、そうじゃないわけが…。」

「趣味があるわけじゃないぞ?仕事で何度かやらされただけだ……そういやお前と組んでからはそういう仕事来なかったなぁ。」

「どんな仕事だよ!!!!大体なんか色々おかしくない?」

「ふむ、マナ君といったか……君はアークライの女装を見たことないのか?」


クレアは意外そうに耳から湯気を発してゆでダコに状態になっているマナを眺めていう。


「無いよ!」

「あれはかなり美人だぞ、最初は騎士団内での賭けの罰ゲームでウォルフが面白半分でやらせたのだがな……割としゃれになってなくてなぁ……。」

「本当に騙された男がやってきた時はどうしようかと思ったがな……。」

「告白された時は笑ったな、あれは笑うなという方が無理だった。」

「あーなんだっけ名前覚えてないや、確か、俺が男だってわかってからトイレで1日中吐き続けたのは覚えてるんだけど……。」


思い出話にふける二人。


「何この過去話で和んでますよーな雰囲気!!!おかしいよね、てか普通、怒るのマナじゃなくてアークライだよね!」

「だから、数やってるって……。」


再び手と膝を床に付けて落ち込むマナ。


「……うう……アーちんが、ちょっと変態チックな所があるのは知ってたけど……ここまで度が酷かったなんて……。」

「失敬な、俺は別に女装はしたことあるが男色家とかそういう趣味は無いぞ?」

「あったら困るよ!!!!!」 


そうマナは叫ぶ。


「だいたい、何な!!この貧乳、いきなり女ものの衣装をアーちんに持ってきて、女装することと潜入することにどこに関係があるの?」

「それは俺も聞きたいな。俺だって、意味もなくやるのは嫌だからな、しっかり理由を聞きたい。」

「確かにその説明はしておくべきか……いいだろう……。そうだな、利点としてはアークライ、お前を競売にかかる商品として、送りだす事が出来るという点だ。結界はかなりの曲者でな、まともな方法であれを抜けようとするには恐らく40日ほどかかってしまう。」

「それって、帝国の軍事結界のレベルじゃねぇか!金持ちはやること違うねぇ……。」


アークライが愚痴を言いたくなるのも仕方ないところではあった。

この規模となると最高峰の魔導士である『天士』クラスの術者が結界を張る必要がある。

『天士』とは魔法の格付けである魔導五層の内、実質的な最高位である四層に到達した者だけが名乗る事が出来るものである。

彼らは言ってしまえば法外な高給取りであり、その天士クラスの魔導師を一人抱えているというだけでその家の格を示すことにもなるのだという。

一体、その結界一つにいくらほどの金が動いたのだろうかなど考えるだけでも嫌になる話だった。



「それって、別にアーちんじゃなくてもいいんじゃないの?たとえばあんたも貧乳だけど、見てくれはかなり美人だと思うし……しっかり取り繕えば、かなり綺麗なんじゃない?」

「いや、無理だ……というよりは我々騎士団のメンバーは全て魔力波長を奴らに知られている。当然、結界の排他対象になってると考えるのだが妥当だ。」

「なるほどな……そういうことか……。」


アークライは納得したように頷いた。

マナはそれがわからず、


「えっ、どういうこと?アーちん。」


と聞いた。

アークライはどう説明しようか少し悩んだ後、言葉を選んでいった。


「んー、そうだな、簡単に言えば、騎士団の人間が全て結界に入った時点で認知されて強制的に結界の外に排出されるって事だよ。この家の扉にも小さい覗き穴あるだろ?客が来た時、扉越しに誰が来たかを確認出来るやつだ……。」

「ああ、アーちん、アテルラナのウォルフちんが来た時とかに居留守使うかどうか判断するのに使う、あれだね。」


マナの率直な感想にアークライはこめかみをぴくりと動かす。

説明するのやめて放置しようか……こいつ……。

その様子を眺めてクレアは笑った。


「ひっでぇー、俺の苦難を笑いやがったな!ウォルフのせいで俺がどれだけ痛い目見てるかも知らないで……。」


そう少し不満そうに言う。


「はは、いや、何、相も変わらず仲が良さそうで安心したよ、私は…。」

「勘弁してくれよあいつと仲がいいなんて…。」


 アークライは心底嫌そうな顔をする。

 その後、溜息混じりにマナへの説明を再開した。


「まあ、そんな感じで今回向かう非合法競売の会場には来た客を確認する為の結界が張られている。つまりは目に見えない監視がいるみたいなものだな、そいつは己の近くによるもの全てを認識し、もし、知っている魔力波長を持つ人間がいるならば、そいつを強制的に追い出す能力を持っているんだ。」

「ふむふむ、具体的にはどんな感じ?」

「そうだなぁー、これは結界によってまちまちなんだが、代表的なのは結界の外に追い出すタイプと結界の中の方位を狂わせて同じ所を延々と引きずりまわすタイプがあるらしい。」

「それを避ける方法はないの?」

「無いな、というよりそれが一番の強みだ。そして、残念な事にこの眼の前にいる騎士様御一行はどこぞの誰かに自分たちの魔力波長の情報を流されてどんな変装をしても、追い出される事になっていて、俺達に泣きついてきてるわけだ。」

「……耳が痛いな。」


クレアは自嘲気味に笑う。


「ふーん、なんかよくわからないけど……わかった。まあ、この貧乳達がヘマやって、こいつらは結界の中に入れないんだね?」

「そういう事、こいつらは騎士団だからな……今回の件の黒幕である六家に連なる連中と証拠も無しに正面から喧嘩するわけにいかず、俺に依頼を持ってきたって訳だよ。」

「六家?」

「んー、まあ、お前にわかりやすく言うと凄く偉い奴だよ。」

「今、すっごいマナ馬鹿にされたような気がしたんだけど…。」


マナは不満そうに頬を膨らませる。


「まあ、いいよ、この貧乳の人達が無能でアーちんに仕事を依頼したっていうのはわかった。んじゃ、なんで女装する必要があるの?聞きたいのはそこなんだけど……。」


マナの問いに、クレアは応える。


「そうだな、理由は大きく分けて3つある。今回、アークライには商品として潜入してもらう事になる。コレは少々強引に商品としてねじ込む予定でな……その過程では女性で合った方が都合がいいのだよ。女性というのは警戒心を減らす効能を持つからな。2つ目は、アークライの道具の問題だな。」

「俺の仕事道具を競売商品に紛れ込ませるって事か?」

「そうだ、君もそちらの方が持ち込める道具が多くてやりやすいだろう?」

「まあな、ニャルラは出来れば持って行きたいけど、あれはデカいからな……分解すればいいが、それでもそれなりの荷物になる。」

「最後に、まあ、これが一番の理由だ。先もアークライには言ったが、敵であるミラーバス家は騎士団の名簿を手に入れている。それによって顔と魔力波長の情報が漏れてしまっている。それはどれほど前のものまでかはわからないが……過去、騎士団に在籍した人間の分まで、確保されている可能性がある。」


アークライはなるほどと頷いた。


「俺の顔が割れてる可能性があるということか?」

「そういう事だ。それに君は下層区こちらではそれなりに有名人なのだろう?その方向性でも顔が割れている可能性はあるしな……。君の特異性ならば、魔力波長の探知を無力化することは可能だが流石に顔まで誤魔化す事は出来ない。だからこそ君には変装をしてもらう必要があるのだよ。」


交渉屋アークライ・ケイネスは下層区ではそれなりの有名人である。

曰く『四属使い』、曰く『デカ杖持ち』。

そういった異名が通るフリーでありながら名うての交渉屋であった。

上層の貴族がそんな下層区の人間の情報まで集めてる可能性は考えづらいものではあったが0では無い。

だからこそ、変装が必要なのだ。

アークライはその特異な能力ゆえに魔力波長を探知する結界を無効化することが出来る。

だが、しかし、顔が割れていてそれで人の目をごまかせないのだとしたら意味がない。

それに商品として潜入すれば、道具をいくつか商品に紛れ込ませて持ち込めるのも魅力的ではあった。

少し考えるようにした後、溜息を吐いてアークライは納得する。

確かに、それが最善策といえるのかもしれない。

マナも不満そうな顔をしながらもそれ以上不満を言うことはなかった。

クレアはそんな二人の表情を見て、


「了承を得られたということでいいのかな?」

「ああ、わかったよ。」

「納得はいかないけどね……。」

「ありがとう、断られたらどうしようかと思ったよ。」


クレアはそう安堵の息を吐く。


「他はなんかあるのか?」

「いや、これで全てだ。競売が行われるホールの見取り図は資料にしてここに置いておくので後で見ておいてくれ。」


そういってクレアは椅子から立ち、鞄からファイルを取り出した後、それを机の上に置いた。


「では仕事もあるのでな。旧交を暖めたいところであるが、これで私は失礼する。」

「了解。」

「4日後、最後の打ち合わせの後、私が君をメイクして、送り出す事になるのでよろしくな。集合場所はそこのファイルに入っている。」

「了解。」


そういった後、クレアは部屋から出ようと玄関扉のドアノブに手をかける。


「ああ、そういえば一つ、大事な事を聞き忘れていた。」


そういってクレアはアークライ達のいる方向に振り向いた。

クレアは少し深刻そうな様子だ。

その表情にアークライとマナは何か最後にとんでもない爆弾が来るのではないかと思い身構える。

ここまで滅茶苦茶な仕事だ。

どんな無理難題が追加されるのか…あまり考えたいところではなかった。


「なんだ?」


恐る恐るアークライがクレアの言葉を催促するように尋ねる。


「私ってそんなに貧乳なんだろうか?少なくともまな板では無いと思うのだが…。」


アークライとマナは盛大にずっこけた。

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