第15話 街道にて

「本当にそんな魔力砲が撃たれたんスか?」

 街道を並んで歩く二人組のうち、まだあどけなさの残る青年がもう一人に尋ねた。刈り込まれた栗色の短髪に同じ色の瞳を持ち、鍛えられた身体は細身ながらも引き締まっている。

 もう一人は青年よりもがっしりとした体格の中年の男。青年よりも日に焼けた肌に黒の散切り頭と黒の眼が、体格と相まって静かな威圧感を醸し出していた。

 両者とも軽装ではあるがしっかりと鎧を着込み、腰には実用重視の長剣を一振り提げている。略式の外套マントに縫い込まれているのは、ローレント王国騎士団のシンボルたる獅子の紋章……すなわち、彼らが王国騎士であることを表していた。

「報告はそうだと告げている。だから俺たちに調査命令が下りてるんだ」

 出立前に散々説明したのだ。そのくらいわからないのかと、男は小さく嘆息を交じえて答える。

「す、すんません……でもニーツィオかぁ。あそこって観光地っスよね? おおかた、大道芸用の魔術が暴発したとか、そんなんじゃないんっスか?」

「阿呆かお前は」

「ぐぇっ」

 この期に及んでも楽観的な部下の青年に、男は今度は大きな嘆息交じりに答えた。拳骨付きで。

「お前の言うとおり見世物魔術ならばそれはそれで良い。やりすぎは注意せねばだが、特に害はないからな。だが、その犯人が征伐したはずの魔獣、あるいは我が国に仇為す者の仕業だったとしてみろ」

 魔獣の中には魔術、のような力を行使するタイプもあったと記録されている。可能性はいくら疑ってかかってもやりすぎではないだろう。もっとも、目撃から一週間近く経ってようやく調査命令が下りたこの緩さには少しばかり呆れもするが、以降の被害も目撃情報もなければこんなものでもあるか。

「……つまり、敵っスか」

「そうだ。大征伐をもって、ほとんどの魔物や魔獣は駆逐された。そして、そういった連中の侵攻も、他国との戦争もない今、英雄達の時代は終わっている。だからこそ、俺達がしっかり働いて安全を、平和を維持せねばならん。それが我ら王国騎士の役割だと……お前はちゃんと騎士学校を出たのかぁ?」

「……すんません、座学は苦手で」

 ゴンッ、と目を逸らしながら答えた青年の頭に、男はもう一度拳骨を お見舞いした。

「いっったいッスよ!!!バカになったらどうするっスか!?」

「心配なかろう。もうバカだからな」

「ひっど!?」


 そんな暢気なやりとりをしながら歩を進めてしばらく。

 駐屯する町からだいぶ離れ、周囲に人の営みが見えなくなった頃。青年は街道のど真ん中に佇む人影に気付いた。

 頭から膝下まですっぽりとくたびれたローブを纏い、その顔は伺えない。

 男か女か……?

 足元のブーツはツヤのないほとんど黒の無骨な形状で、判断材料になりえなさそうだが、それでも成人ではないことは容易に想像がつく程度には小柄なシルエット。

「えーと、何かお困りかなそこの君? 心配はいらない、俺達は王国騎士だ」

 きっと誰かが通りがかるのを待っていたのだろう。

 佇むその人影の様子に、青年はそう判断し気安く声をかけ、近付く。

 だが、

「――ヌルい」

 ほとんど空気を震わせない呟き。

 そしてごくごく自然に振るわれた右手。

 舞い散る鮮血。

 一瞬遅れて膝から崩れ、倒れ行く青年の姿が男の目に映った。

「――ぇ?」

 青年自身が斬られた事に気付いたのは、自分の視界が砂利一面になってからだ。その砂利も、見る見る自分の血で染まっていく。

「ヌルいンだよ。殺気も感じ取レねェ、力量も量レねェ、斬ってヤった今もぜんっぜン状況を理解できてねェ。そのザマで騎士様だぁ? ハッ、笑い話にもなンねぇよ。死ンでやり直して来やがれ」

 言いながら、振り抜いた刃をくるりと回し無造作に足元の青年の背面から心の臓を目掛けて突き立てる。

 口調と声からして少年――いや、少女か。

 血が滴り落ちる刃を引抜きながら哄笑するソレは。

 ひとしきり笑ったところで、ソレはフードの奥の視線を男へと移す。獰猛さを隠そうともしない、金色の瞳が鈍く光る。

「その点、テメェはまだマシだなおっさン。剣を抜イた……良い状況判断だゼ」

「……」

「ドうした、オレはテメェのカワイイ部下の仇だゼ?来ねェのか?」

 無防備に、フードの少女は両腕を広げる。

どこからでもかかってこいと言わんばかりに。

血に濡れた剣も無造作に持ったままだが、それでも構えとはとても言えない隙だらけで。

 ソレこそが、男には恐ろしく見えた。あまりにも素早い斬撃に、身体に不釣り合いな剣を振りまわす膂力……尋常な相手ではない。

「……何が目的だ」

 だからこそ、今出来ることは無闇に襲いかかることではなく、目の前の惨状を正確に捉え持ち帰ること。

 その判断は、正しい。

「あン?」

 だが、正しいからとて、それが最良の結果をもたらすわけではない。

「ハァー……ったく、興醒メだ」

 嘆息一つの間を置いての刹那、男の眼前にソレは肉薄する。接近の勢いでめくれたフードが隠していたのは、炎のように燃える赤銅色の髪。そして、右目を縦断する傷のように刻まれ首筋へと至る、髪よりもなお赤い紋様を燃やして、獰猛に笑う貌。

「アバよ」

「――っ?!」

 放たれた言葉の意味も、目の前の人物が本当に年端もいかない少女の容姿だったことも理解する暇もなく、男の意識はその首ごと刈り取られた。



「う〜ん、相変わらず見事な腕前だね〜」

 不意に、その惨劇を意にも介さないゆったりとした声と拍手が、剣を振るった少女に投げかけられた。

「おっセェぞコラ。先に食いきっちまったゼ」

 赤髪の少女が振り向いた先に居るのは、同じように少々くたびれたローブを纏う人影。

 ただし、こちらは初めからフードは被っておらず、薄く青みがかった長い銀髪を風に乗せた、可愛らしいと形容できる顔立ちの少女。

 その双眸は剣の少女と同じ金色をし、右目の下と左頬から首筋にかけて血のような赤色の紋様が刻まれている。

 そして、見る人が見れば気付くだろう。

 二人の上背、体格に全く差がないこと。

 色や髪型、表情は異なっているが、それでも同じ顔立ちをしていることに。

 もっとも、今ここにはこの二人以外の人間など居ないのだが。

「いいよいいよ〜、わたしはそういうの苦手だし〜」

 両手を合わせながら首を傾げて屈託なく笑う青髪の少女の様は、普通ならば人を簡単に魅了するほどの愛らしさだろう。足元に広がる血だまりと、首のない遺体さえ目に入らなければ。

「ハッ、抜かセ。テメェはオレよりよっぽどエゲつねェくせによ。んじゃ、後始末は任せたゼ、アースゥル」

「まっかせて〜♪」

 言うやいなや、アースゥルと呼ばれた少女は両腕を天へと掲げた。剣の少女はそれを見て即座に距離を取る。

 同時にアースゥルの足元に、青く輝く魔力文字が円形に拡がるーー魔方陣だ。

 青の輝きに金色の燐光を混じらせ、転がる二人分の亡骸を捉えたところで魔方陣は拡大を止める。

「よっと。ほいっと」

 掛け声に合わせて、二つの亡骸を魔力の帯が引っ張りあげる。

 そして、

「せーのっ」

 宙に浮かんだソレを、勢いよくぶつけ合わせる。

 グシャリ、グシャリ、グシャリ……。

 既に事切れた肉同士が激しく何度も衝突する。その度に舞い散る血や肉片は、それを取囲むように張られた球状の魔力の壁に当たり、地面にまでは届かない。

 そうして原型をとどめない肉片と化したところで、今度はそれを圧縮するように魔力壁は縮小していく。

「おっしま〜いっと」

 べシャリと、地面に落ちる赤黒い形容しがたいナニカ。ところどころに白いものや繊維状のものが覗く、肉の塊。

「でも〜、わたしニンゲンのお肉は好みじゃないから、動物さんにあげちゃうね〜」

 そう言うと、アースゥルは再び腕から伸ばした魔力の帯で肉塊を捉えると、ブンと無造作に森の中に放り投げた。

「ハッ、いっつもドおりエゲつねぇ! 」

 その様子を見物していた赤髪の少女も、愉快げに笑う。

「えっへっへ〜、褒めてもなんにも出ないよロッソちゃん」

「……いい加減ちゃん付けはヤメロちゃん付けは」

 一転、仏頂面になる赤髪の少女……ロッソの態度に、アースゥルも口を尖らせる。

「え〜、文句言ってくるのロッソちゃんだけだよ〜? ズワルちゃんもみんなも何にも言わないのに〜」

「アイツらはそーイうのに無頓着なだけだっテェの」

 愛想もクソもねぇヤローどもだとボヤキながら、ロッソは近場の岩に座りこむ。アースゥルもその隣に並んで腰かけた。

「そうかなぁ?……そうかも。特にズワルちゃんって、ずっとゼロちゃんしか見てないもんね〜」

「アイツもなァ、邪魔だってぇならあんナのはサッサと殺しゃァいいんダよ。いつマでもちンたら監視なンざしてねェで、オレらに指令でもナンでも出しテなぁ」

 そうボヤくロッソの目をアースゥルはジッと覗き込むと、ニヘヘと緩く笑う。

「あンだよ?」

「ロッソちゃんってぇ、ズワルちゃんのことよ〜く分かってるよね〜。いわゆる〜、愛、かな?」

「うルっせェよ!」


 長閑な街道に、少女二人の姦しい声が響く。

 この光景だけならただの微笑ましい少女らの語らいだ。

 が、しかし。

 彼女たちの足元の血だまりは、まだ乾き切ってはいない。

 夕日が沈み、血だまり大地に溶け込むその時まで、奇怪な二人のじゃれ合いは続いていた。

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君がつむぐ、世界の色を 三色 @tricolor

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