第14話 魔術師のとある朝

 セレナ・アメイジスの朝は早……くはない。むしろ遅い。何も用事がないのならば昼まで平気で寝てることだってしょっちゅうで、ついでに寝相もよろしくない。

 もちろん、冒険者稼業なんてことをやっている身である以上、必要なら早起きも徹夜も厭わない。

 が、この少女、根本的にはズボラであり。

 なので故あれば、サボる遅れる怠けるは当たり前で……。

「……残念な美少女って、あーいうのを言うんだろうな」

「? なにか言いましたか、ラーレ?」

 青空が広がる昼も間近な頃。

 いつまで経っても起きてこない寝坊助が寝る宿屋を見上げて、なんでもないと少年は傍らの白い少女に首を振るのだった。


 ハクノが戻ってきてから、数日が過ぎていた。彼らは未だ、ニーツィオ村のオーランジュ夫妻宅に居た。

 先日の事件でラーレが負った負傷そのものは完治している。

 とはいえ元来、治癒魔術とは身体が本来持つ再生能力を増幅する原理によるものである。いわば体力の前借り、負傷の程度が大きければ寿命の前借りとも言えるもので、傷が塞がってもしばらくは体力の上限が削られているような状態となる。

 命に別状のない負傷なら多少疲れが残る程度で済むが、重傷から復帰したのであれば人によってはしばらくは歩くのさえ困難なものである。

 というわけで一行は、彼の体力が回復するまでのもうしばらく、この村に滞在することとなった次第である。


「つってもさ、割と動けるんだよなぁ。ミュエインさんの腕が良いからじゃねぇの?」


 愛用の短剣とは別の、片手剣を模した木剣で素振りをしながら、昼前にようやく起きてきた魔術師の少女――セレナへと問いかける。


「あのねぇ、そーいうのは自覚症状が薄いもんなのよ。またあの子を泣かせたくないなら、大人しくしときなさいっ」


 それを受けて少年が苦い顔をしたのを見ると、寝坊助の魔術師はイタズラっぽく微笑んだ。

 その裏でセレナは、先日その治癒術師ヒーラーと話したことを思い出す。



 ***



「あいつの回復速度が異常?」


 数日前、話がしたいとミュエインに呼び出されたセレナは一人、村の外れを訪れていた。

 そして振られた話題をおうむ返しに翼持つ女性に聞き返す。

 ちなみに店番はと聞けば旦那さんに任せてきたとか。

「そうなのよ」

「若さとかなんじゃないの?」

「……うん?」

「ぁ、いえ」

 笑顔で首を傾げるミュエインになにやら異様な圧を感じたセレナは、咳払いで今の発言をなかったことにして、改めて考える。


「んー、魔力還元とか? 体力の代わりに使うってのは私もよくやってるし」


 普段魔術を行使する時のように、右の人差し指をくるくる回しながら考えられる要因を挙げた。

 魔力還元は、治癒で消耗する体力を魔力で肩代わりする技法だ。少しでも早期に身体を万全にするために魔術使いを中心に修められており、治癒魔術の応用ではあるが、魔術師にとっては基本に近い技術ともいえる。

 しかし、

「それって自分自身へならともかく、他人へのそれが難しいのは貴女なら知ってるでしょ? 自慢じゃないけど私、そんな繊細な魔力運用できないわ」

 うん、ホントに自慢にならないよねソレ。

 まぁ、こう語るとおり、他者の魔力への干渉は難易度が自身へに比して飛躍的に上がる。自在に行えるのは一握りの才能だけだろう。私とか。あと私とか。

「だったらあいつの潜在魔力とかは?」

 潜在魔力が高ければ、それなりに自然治癒力は高まる。意図的にやるよりは効率は数段劣るものの、可能性としてはある方だが。

「それも考えたのだけど……ラーレ君には悪いのだけど、彼……あまり魔力持ってないから」

 まーそうだろーなー、あいつ絵に描いたような凡人だしー。

 本人が聞いたら失礼極まりないことを思いつつ、セレナも同意見だと首肯する。

 とすればなんなのか。

「……まったく見当もつかないわ」

 文字どおりお手上げだった。

 ハクノんは潜在魔力量こそずば抜けてるが操作はまだまだだから除外。

 他の候補……居ないな!

 早くも暗礁に乗り上げ、解決は私では見出せなかった。

「まぁ、回復が早いことは悪いことではないのだけど、今後一緒に旅をするなら気にしてあげてね。彼、……やっぱりちょっと不安で……」

「はい……ふぇ?」

 それでもなにかないかと頭を捻っていたから、その言葉は不意打ちだった。

 は? 瀕死からあそこまで??

「あ、これはハクノちゃんには内緒でね。また泣かせちゃうから。ね?」

「りょ、りょーかいです……」

 可愛らしくウインクを交えて念押しをしてくるが、狼狽を押し留めてどうにか返事をするのがこの時のセレナの精一杯だった。


***

(……多少のセンスはあるけど、基本凡人なのよねぇこいつ)


 素振りを繰り返すラーレをボーッと眺めながら、評価を下す。

 そう、正直なところ彼くらいの実力ならそこらにゴロゴロしているし、先日の襲撃時に居た連中基準でいえば、下から数えた方が圧倒的に早いレベルなのだ。まー私は圧倒的に上の方ですがねっ。

 そんなことを考えていたら、腹の虫がきゅぅと小さく鳴ったのでセレナは立ち上がる。

(そういえば起き抜けで降りてきたからまだご飯食べてないわね?)

 こちらに気付くも、離れていたせいか少し視線をくれただけの少年に小さくため息をつきながら、寝坊助の魔導師はそそくさと宿屋へと戻っていった。


 まだまだ、長閑で平和な時間だった。

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