幕間 黒は嗤う

 何処とも知れぬ場所。

 黒い城の玉座で、黒い髪の少女が瞼を開ける。

 背後、夜闇に雷光が走りその場所を照らし出す。

「……そう、あなたはそう動くのね」

 頬杖をついたままもう一度目を閉じ、軽く息をつく。暗がりのなかで、その表情は窺えない。

 そこにひとつ、色が混じる。


「なんでェ、またゼロの覗き見か? 相変わらず趣味わりィなぁ、オい?」


 意地汚い笑いを交えながら、闇の中から声が上がる。

 同時、玉座の間の一角に炎が吹き上がる。

 それが消えると同時に現れたのは、赤い燐光を纏った人影。


 少女、と言っていいだろう。

 それは、小柄な体躯を闇色に鈍く光る鎧で包み、紅く燃えるような髪を動きやすいよう後頭部で一括りにしていた。

 そしてなによりも。

 この闇に在ってもなお爛々と輝くの眼で、まるで射殺すかのように玉座に座す黒い少女を見上げる。


「……ロッソ」

「おう、邪魔してっぜ」

 ロッソ、と呼ばれたその声の主は軽く返し、玉座へと遠慮なく登り詰める。

「何用か。貴様に召集をかけた覚えはないが?」

 傍らへと踊り立つその無作法を気に止めることなく黒い少女は言い下す。その視線は向けようともせず、だが。

「あァン? だっせェ事言ってんじゃねェぞズワルトゥ」

 対して、赤髪の少女――ロッソは不機嫌そのまま声を荒げる。

「いつまで経ッてもゼロの覗き見ばっかじゃねェか、てめーは。アレをぶちのめすんだろ? さっさとオレを出しやがれ。秒で始末してやンぜ」

 ダンッ、と肘掛けにその手を叩き付け、目を見ろと言わんばかりにその顔を近付ける。獰猛に歯を剥き出し笑いながら。


 不可思議な光景、と言えよう。

 色も仕草も表情も異なるのに、その二つのかおは瓜二つだった。

 全く違う、同じ相貌かお


 その笑いを、鬱陶しそうにズワルトゥは軽く息を吐いて告げる。


「風の護り人がアレの傍に居る。直接付いているわけではなさそうだが、当面は監視だ」

 ロッソは不意を打たれたように目を丸くし、そして憎々しげに吐き捨てる。

「……あのくそチビか」

「あぁ、アレ以外は有象無象だが」

 変わらず、視線を向けぬまま応えるズワルトゥ。

「雑魚はどウでもいいんだよ。しっかし、あのチビも相手取るッてなるとメンドクセェな。……しャーねぇ。わぁーったよ、今は大人しくシといてやる」

 舌打ち混じりにロッソはズワルトゥから身を引き、玉座から続く階段を降りる。と、その中程で立ち止まると不敵な笑いを湛えズワルトゥへと向き直り、

「だがまァ、ソレ以外は好きにさせてもらうゼ」

 言い切り、残りを一気に飛び越える。

 着地と同時に一瞬、再び赤い炎が床面から吹き上がり、ロッソを包み込むとこれまた一瞬で炎は消える。あとには、何も残らない。再び、玉座の間に静寂が戻る。


「……好きにするが良いわ」


 ロッソが消え、しばしの間を置いてからため息混じりの言葉を誰にともなく投げ、ズワルトゥは瞼を閉じる。


 ――そう、好きにするが良い。

 好きに生きろと言われ、放逐された我らだ。

 その在り方からしてそもそも、行動を、倫理を、思想を――その一切合切を縛る道理など元から我々にありはしない。


 薄く瞼を開ける。

 血の赤を湛えた瞳が鈍く光る。


「ヴァイス……お前の希望たちは、何をどう好きにするのでしょうね」


 その呟きは、酷薄な笑みとともに闇へと消える。


 夜の雷光がもう一度玉座を照らしたときそこに人影はなく。

 ただ空虚な広間だけがあった。


 ――あぁ、本当に愉しみだわ。


 そして声なき声が、残響のように雷光へと消える。

 空の玉座だけが、その雷光を一身に受けて。

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