第13話 手を取って
跳躍の光と風が収まってまず目に映ったのは、今まさに森へと入ろうとするラーレとセレナの姿だった。
また、隣に居る――。
決めたはずの心が揺らぐ。
ダメだ、落ち着け。ここで逃げたら同じことの繰り返しになる。
ふと、握られていた手に小さく力がかかる。
見れば、ウィンディが笑いかけてくれていた。
それだけ。
たったそれだけで、再びささくれそうだった心が落ち着いてくれた。
(……ありがとうございます。)
声に出さずにウィンディへ感謝し、ハクノはその手を解いて彼等へと歩を進めた。
そして、セレナの前に立ち口を開こうとして、
「ごめんハクノん!」
そのセレナに先手を取られた。
「ハクノんのためって思って色々言ったつもりだったけど、肝心の君の意見をぜんっぜん聞かずに話進めてたし、いやもう前のパーティーでもそうだったけど私ってほんっと人の話聞かないからこうなるんだって言われてて、あぁもうほんとごめん!ごめんなさい!!」
「……」
セレナは、両手を合わせ地面に頭が着くんじゃないかって勢いで体を倒しながらまくし立てる。
そのあまりの勢いに、言おうとした言葉が詰まる。
「私って口も軽いし調子も軽くてよく誤解されるっていうか、敵を作りやすいってお師匠にもよく叱られてて、あぁでも一応喧嘩は負けたことないんだよ、強いからね私。てか、魔術だけじゃなくて腕っ節も強くないと冒険者なんてやってられないし、そもそも体力勝負だしね。あっそれはどうでもいいね? とにかくっ」
話は支離滅裂で、関係ない話にまで飛んでいってしまって。
「とにかく、ホントにごめん。嫌われても仕方ないよね、私もここまで自己嫌悪したの久々だよ……」
コロコロと表情を変えるセレナの様が、なんだか無性におかしくて。
「……フフ」
「……私めっちゃ笑われてる!?」
だから、私は知らずに微笑んでいたらしい。
一つ息を吐いて、改めて目の前の彼女を見据える。
今度は私が伝える番だと、決意を固める。人の世の経験はあまりにも少ないけれど、この短い時間で学べたことは山のようにある。
その一つを、実践する時なんだ。
「……セレナ」
「……ぅ、はぃ」
「私も、ごめんなさい」
その言葉に、セレナは目を丸くした。けど構わず続ける。
「多分きっと、あなたは正しいことを言ってくれた。でも私は、私の隣が盗られる気がして……だから、よく理解もしないまま拒絶してしまったと、そう思います」
セレナの少し後ろの、ラーレを見た。彼は少し驚いたような顔をしていた。自分が原因の一端だとは、思いもよらなかったような、そんな。
「……だから、酷いことをあなたに言ってしまった事、ごめんなさい。それと」
静かに聞いていてくれていたセレナの、合わさったままの両手を包むように握る。
「改めて、私に魔術を教えてほしい、です」
そう、お願いした。
その後、感激に咽び泣いて落ち着かないセレナを引きずりながら、揃って居候先になっているミュエインの家まで戻った。
軒先の掃除をしていたミュエインは、戻ってきたハクノを認めると、飛び出してハクノを抱き締めていた。
前日から彼女もハクノのことをずっと心配していたのだ。それを解っているハクノもされるがままになりながら、ごめんなさいとありがとうを繰り返していた。
そうして、ようやく落ち着いて今後の話を進めることができるようになった。
ただ、気付いた時にはそこにウィンディの姿はなかった。森の入り口から村に戻る時には既に、誰にも気付かれることなく姿を消していた。
(……結局、なにも聞けなかったな)
夜、一日ぶりのベッドに横になりながらハクノはふと、思い返していた。
ウィンディ・ヴェルデ。
数日ぶりに思わぬ再会をし、助けてもらった人。一緒に来てほしいと言った時には頷いてくれたけれど、彼女からしたらついて行くまでが契約の範疇だったのかもしれないと、今更に思う。
また、最初こそラーレよりも子供に見えたけれど、二人きりで話した時の彼女はもっとずっと大人びた人だったとハクノは感じた。
小人族の外観は成人しても人族の子供程度というから、見た目で判断は難しいという。きっと、自分には想像もできないくらいに経験を積んできた人なのだ。
(……また、会えるかな)
願うのは再会。
深い理由なんてない。ただ、また話をしてみたいだけ。
隣を奪われるという焦燥感を落ち着けて、手をとることを覚えて。
芽生えてきたのは、誰かと触れ合いたいという気持ち。
自分を拡げていくような、なんとも言えない感覚。
きっと言葉にするのはとても難しいだろう。
けれど、それも悪くないと感じながら、ハクノの意識は溶けるように眠りへと誘われた。
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