第12話 私なりの
朝。
鳥のさえずりに起こされたハクノは、寝惚けた頭で周囲を見渡す。身体には覚えのない薄手の毛布が一枚。そこからだろうか、微かな草の香りが鼻に届いた。
(……ここは?)
「やぁ、おはよーですヨ」
「っ!」
横合いから不意にかけられた声に、ハクノは思わず飛び上がりそうになる。
小柄な人影、覚えのある声と特徴的な語尾……言葉遣い。
「ウ、ウィンディ……?」
「ですヨ」
人影ことウィンディはニッと少女に笑い返すと、木の器を差し出してきた。中身は水。ハクノはおずおずとそれを受けとり、ウィンディを見返す。
笑ったままだ。
飲ませるために渡したのだろうとウィンディの表情から理解して口をつける。
どれだけぶりの水だろうか。喉を鳴らしながらあっという間に飲み干してしまった。
「さって、おねーさん。大分落ち着いたですヨ?」
飲み終わるタイミングを見計らって、ウィンディは尋ねる。彼女の顔色も昨夜に比べればかなり良いように見える。
中身のなくなった器をしばし眺めたあと、躊躇いがちにハクノも頷いた。
それに満足そうにウィンディも頷くと、
「それじゃ、朝ごはんでーすヨ♪」
どこからともなくパンを取り出し、笑った。
それはパンと言っても旅人など用に誂えられた保存食である。そのため、ある程度の期間もたせる必要があり、なので腐敗の元になる水分は徹底的に抜かれていて……まぁつまりは、堅い。とっても。
世間で乾パンと呼ばれる代物だ。そしてこの食べ物、口の中の水分を遠慮なしに持っていくのだから、食べづらいことこの上ない。
そんな乾パンをウィンディは慣れた様子で、時折水嚢に口をつけながらあれよあれよと食べ進めていく。ハクノも、それを見よう見まねで食べ進める。
(……少しだけど、甘いんだ)
砂糖は高級品であると聞いた。だからこれは恐らく、素材由来の甘さなのだろう。けれどその素朴な甘さが、今の少女にはなんだか無性にありがたかった。
「んで、結局おねーさんはこんなとこで何してたんですヨ?」
ほどなく簡単な食事も終わり、一息ついたところでウィンディはそう切り出した。
昨夜は聞き出す前に当事者が寝落ちてしまったので改めてのことだ。
「……」
問われた少女は、手に持った器へ視線を落とす。
半分くらい残る水に自らが映り、その像は手の震えを拾ってゆらゆらと揺れている。
「………………………酷いことを、言ってしまいました」
しばらくの逡巡のあと、ポツリと少女は漏らす。
それが誰に対してかが気になったものの、とりあえずウィンディは口を挟まず目の前の少女のペースで話してくれるのを待つことにした。
「……私は、ラーレが起きるのを待ってて……でも、約束があったから、ずっと傍には居れなくて……」
小さな水面に映る自分を見つめて、少しずつ言葉を紡ぎ出す。
「一人で……ううん、店の方にはミュエインが居たから独りじゃなかったけど、でも私は離れて待つだけで……あの人は、セレナは、傍に居たのに…………」
一度堰を切れば、言葉は止まらなかった。
出会った時のこと。一緒にいたこと。珍しい道具。初めて食べた料理。襲撃。離れたこと。決めたこと。
……喪いかけたこと。そして、制御できない自分の力。
ウィンディと一緒だったときも別れた後も引っくるめてハクノは、ハクノという自分を得てからの数日間を吐き出していった。
「……あの人は私のために言ってくれたのに、私は、それを拒んで……だから……」
だから戻れない、までは言葉にできなかった。したくなかった。
「だから帰りたくない、ですヨ?」
そんな内心は知らず、続く言葉を予想して発したウィンディの言葉に、頷きかけた首を止め白い少女はただ、わからないと呟く。
そして、俯いたまま顔を上げようとしなかった。
(あぁ、重症ですヨー)
あるいは、そこまで重症になれるほど良い出会いなのだろうとも思えたけれど、それはそれ。
少女を見つめ改めて言葉を探す。
今の彼女に必要なのは、何だろうか。
しばしの沈黙を挟んでウィンディは口を開いた。
「あー……これはウィンディの知り合いの受け売りだけどですヨ?」
「……」
俯く少女から目をそらし、朝焼けの色も消えかかった空を見上げる。
「"間違えちゃったなら、その時は全力で謝って許してもらうのが私のやり方"……だそうですヨ」
それはどこまでも自分勝手で自分本意で、だけど真っ直ぐな戦友の言葉だった。
ちらりと見やれば、よく分かってないような表情で少女がこちらを見ていた。
「…………全力で……」
そして、視線を再び落としながら、だけど先ほどまでの鬱屈した状態ではなく、何かを真剣に考えている。
「えーと、”グズグズしてるくらいならとりあえずぶつかりにいってから考えるー”、とか宣ってた
「……私の、やり方……」
「あー、こりゃ聞こえてないですヨ……」
「……ウィンディ」
自分の思考に没頭することしばし、ハクノは一つ深呼吸を挟んで目の前の人の名を呼ぶ。
何をすれば良いかは分からない。だけど、触れ合う中で学んできたことはある。
活かせるかどうかは、自分の心持ち次第。
「私、帰ります。」
「……ん、分かったですヨ」
「あ、でも……」
「にょ?」
「……一緒に、来て欲しい、です……」
ダメですか?と小さく首を傾げる。
断る理由など、ウィンディには何ひとつなかった。
***
前日のハクノ捜索がなしのつぶてで終わったことを受け、ラーレらは本格的に森へと入っての捜索に切り替えることとした。
本当ならばあのあとすぐにでも森へと入りたかったのだが、
「病み上がりがいきなり夜の森に行くとかバカなの?! いーえバカでしょ! やーいバーカバーいひゃいいひゃいいひゃいっ?!?!」
と、セレナに正論混じりに罵倒されてはぐうの音も出ない。が、それはそれとして煩いので頬を引っ張って黙らせた。うん、よく伸びる。
本当にこいつは一枚絵として切り取れれば自称の通り美少女なのだが、言動が伴うと途端に残念になる奴である。なまじ実力が伴ってしまっているのも彼女の残念具合に拍車をかけている……とラーレはため息混じりに思った。
ともあれだ。一応先達の冒険者だけあって、言ってることは曲がりなりにも正しい。二次遭難の危険性もあれば、それについては首を縦に振らざるを得ない。
そんなわけで、準備を整えてラーレとセレナの二人で森へと入りかかるところだった。
村の外れ、少し開けた場所にて異変は起きる。
最初は風。
次いで、雷光のような蒼白い光が周囲に撒き散らされる。
瞬く間に光は魔術文字へと変換され、魔方陣を描いていく。
意味するは、《
真円を
そして現れたのは、
「……ホントに、跳べた」
ボロボロの
「ですヨ。要は気合いですヨ!」
木々の緑を纏ったような更に小さな人影。
「「……………って、ええぇぇぇぇぇっ!?!?」」
山へと脚を踏み出そうとした二人の声が綺麗にハモり、木霊する。
二人が捜しに行こうとしていた渦中の人物(とおまけ一人)が、今まさにそこにいた。
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