第11話 森の中

 風切り音も僅かに、二射、三射と小弓から矢が飛ぶ。キャウン!  という鳴き声が、茂みを揺らしながら倒れ込むのと同時に響く。

 樹上に陣取るウィンディは一瞥もなく、次のターゲットへと矢を引き絞る。

 ボウガンは威力に長けるものの、装填の手間を考えれば連射にはやや不向きだ。なのでウィンディは、それと小さな弓矢とを状況に応じて使い分けている。

 膂力では他種族に及ばないが、弓矢による射撃は正確無比。当然、光も通らぬ夜間に俊敏さで勝る獣を相手にしようとも、彼女の夜眼ナイトビジョン鷹の目ホークアイにの前には止まって見える。

 その正確無比な射撃で、ハクノを包囲する獣を淡々と一匹一矢ひとやで沈黙させていく。

 思わぬ奇襲を受けた獣も突然の闖入者の相手は分が悪いと踏んだか、三々五々に去っていく。しばらくもしないうちに森には静寂が戻った。

 僅か数分にも満たない戦闘――否、一方的とも言える狩りのあとに残されたのは、放った矢の数と同じだけの狼の骸たち、

「……あなた……は……?」

 呆然と小さく震える白い少女。そして、

「ヨ、っと」

 微かに葉音をたてて、小さな人影は彼女の目の前に降り立つ。

「……ウィンディ?」


 ***


 眼前の少女は、夜闇の森に似つかわしくない侍女メイド服を纏っていた。それもあちこちほつれ破れており、足元を見やれば靴も片方がない。


「それで、なんだってこんな時間にこんなトコほっつき歩いてるですヨ?」


 そんなハクノを一瞥し、半ば以上の呆れを交えてウィンディは問う。苦手とは言え空間跳躍のような魔力の異常は察知できるし、一度覚えた誰かの魔力は一応探知できる。

 けれど、さすがにそれをした理由までは本人に聞かねば分からない。


 の、だが。


「……ぅぅ」

 視線を向けたその少女は、膝から崩おれると、

「へ?? あ、ちょ、おねーさん?」

 ガバッと。

 急に、ウィンディに抱きついた。

「うぁぅ、ひっく、うぇぇ……」

 そして、泣き出された。

 静かに。だけど緊張の糸が途切れたように長く。

 驚きから復帰したウィンディは、小さくため息をついて。

「……はぁ。まったく、手間のかかる子ですヨ」

 呟き、困った笑みを浮かべ、優しくその頭を撫でた。



 ***


 しばらくして。


 ごめんなさいと呟きながら、ハクノはおずおずと身を離す。

 気が動転していたとはいえ、急に抱きつき、あまつさえ泣き出すなど……今更ながら恥ずかしくなった。……羞恥の感情とはこういうものなのだろうかと、頭の冷静な部分は分析しているようだけどそんな場合ではない。と思う。


「ま、無事でよかったですヨ、おねーさん」

 夜闇でその表情はよく見えないが、笑ってくれてることは雰囲気で分かった。

「うん……ありがとうございます、ウィンディ」

「しっかし」

 ジロジロと見られてる気配。

「おねーさん、すごい人間らしくなったですヨ」

「……えっと、うん……?」

 どういう、意味だろう? と首をかしげるとウィンディは付け加えてくる。

「そのまんまの意味ですヨ。なんかあったですヨ?」

「それ、は……」

 それには、目を逸らしてしまう。どう説明していいか分からないことだらけだった。ウィンディがはぐれたあとに起きた、色々な、目まぐるしい感情の渦を説明するだけの言葉をハクノは持っていないから。


 だが、

「ま、いいですヨ」

 と、悩んでる間にウィンディは一人で勝手に納得してしまった。

 暗がりで判然としないが、頷いているような動作がぼんやりと見える。

 一人で納得されては、言葉を濁したハクノとしては釈然としなかったが、それに挟める言葉もなかった。


「それより」

 唐突にウィンディが切り出す。

「帰りのあてはあるですヨ? ニーツィオまでだったら、今から動き出せば多分、夜明けまでにはたどり着ける距離だと思うですヨ」

 空間跳躍で現われたハクノと違い、ウィンディは現在位置を正確に把握している。無論、主にハクノの体力配分は考えないといけないが、斥候の自分が居れば危険はそうないだろう、と考えた上での提案だ。


「……あぅ」

 けれど、眼前の少女は先ほどのように言葉を詰まらせる。

「うにゅ?」

「今は、戻りづらくて……」

「……ケンカでもしたですヨ?」

 ハクノがその言葉に顔ごとそらしたことで、疑いは確証に代わる。あの少年とケンカできるとは思えなかったが、細かい事情まで踏み込むのは正直面倒だ。

 痴話喧嘩なら散々見てきたから……いや、この少女が痴話喧嘩する姿はそれはそれで見物だろうけども――。


(――いかんですヨ、考え方がヴァイスに似てきてるですヨ。おのれ……っ) 


 ここに居ないに心中で悪態をつきつつ、思考を切り替える。

 時間も時間であるし、戻りづらいのであれば野宿しかない。もともと放浪の旅をしていたから、ウィンディ自身は大して問題はない。


 だが。

「……」

 ハクノは、抱え込んだ膝に顔を埋めていた。よく耳を澄ませば、泣いているわけではなく……むしろ聞こえるのは寝息の類いだ。

 張り詰めていた緊張が緩んだためだろうが、この状況ではむしろ豪胆と言うべきか。

 少女のその様子を見やり、ウィンディは小さく嘆息する。


 元より、かのがウィンディにかけた呪いおねがいは今の状況から大して外れてはいないし、ウィンディ自身もハクノを嫌う理由はない。

 となれば、やることは決まってしまった。


(本当に、世話が焼けるですヨ)


 苦笑浮かべながらバックパックから薄い毛布を取り出し、ハクノへとかけたウィンディは、そのまま少女の傍らで夜を徹しての警戒を続けた。

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