豚の恩返し
夏秋冬
豚の恩返し
その頃、私は大阪にあるデザイン系の専門学校で事務職員として働いていた。働いてみて分かったことだが、事務職員というのは意外に生徒さんたちと触れ合う機会が多い。学費のこと、授業の履修のこと、資格取得に纏わる各種手続きなど対面して話すことは多かった。20代後半だった私を生徒さんたちは年上のお姉さんとして慕ってくれ、派遣社員であった私を他の正社員と比べたりすることもなかった。
当時、その専門学校に勤める非常勤講師の男性と付き合っていた。今の夫だ。社内恋愛はご法度、というようなきまりはなかったが、なんとなく内緒にしていて、18歳から20歳の生徒たちが出掛けるようなところには極力近付かないようにしていた。見つかればまたたく間に噂になって広まってしまうだろうから。
しかしやっぱり見つかってしまった。映画館のロビーでWEBデザインコースの吉田君が私たちを見つけて近付いてくると「へーそうなんやそういうことなんやふーん」みたいに言う。彼氏が吉田君に内緒にしててくれと言うと「551の豚まんが食べたい雰囲気俺口軽いから」などと言う。仕方なく阪神百貨店の地下へ3人で赴き吉田君にお土産として豚まんを手渡した。吉田君はその中からひとつを取り出してほくほくとほうばりながら梅田の地下街に去っていった。
以来、噂は広まることはなかったから吉田君は卒業するまで約束を守ったのだろう。551の豚まんが口止め料として高かったのか安かったのかは分からなかった。
数年後、私は派遣先が変わり、彼氏はその学校の専任講師になった。そして私たちは結婚することになった。
吉田君が一度学校に卒業証明を取りに来たことがあって、彼氏はあの時の彼女と結婚することを吉田君に告げたが「おめでとうございますお幸せに」といった型通りのお祝いを述べただけだったらしい。
そんなある日、私たちの新居に荷物が届いた。まだ荷ほどきできていない荷物が山のようにある部屋に新しい荷物が届くとは迷惑な話だ。しかし届いた荷物の差出人は吉田君だった。
何を送ってくれたのか、中身は何だろかと二人で恐る恐る包を開けると、「結婚御祝」と書かれたのし紙の下にはチルドの豚まんがぎっしり詰まっていた。
私たちは声を上げて笑ったのだった。
豚の恩返し 夏秋冬 @natsuakifuyu
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