第11話『ごーとぅーしょっぴんぐ』
「……」
早足で十堂の教室に向かう。
階段を一段飛ばしで上っていく。
俺たちの学校は一年生の教室が二階、二年生が三階、三年生は四階にそれぞれ教室がある。
長い階段を下り終え、一直線に十堂の教室に足を進める。
前と変わらないのなら十堂は教室で一人、外の景色を眺めているに違いない。
「……十堂」
やはりと言うべきか、十堂は昨日と同じように外を眺めていた。
周りのクラスメイトは誰も十堂に話しかけようとはしない。やがて俺の存在に気づいたクラスメイトの一人が、一緒にお喋りをしていた女の子とヒソヒソと俺のほうを見ながら何かを話し始めた。
「……」
一体なんなんだ…?
このクラスが分からない。
「――先輩」
「!?」
急に声を掛けられて驚いた俺は慌てて声のしたほうへと顔を向ける。
そこには帰り支度を整えた十堂が佇んでいた。淡い紅い髪が夕焼けに染められ、まるで燃えているようだった。無感情な二つの黒い瞳がジッと俺を見つめている。
何となく怒っているような気がした。
「……悪い。少し遅れた」
「大丈夫。怒ってませんから。それより早く行きましょう、先輩」
気のせいかもしれないが、ほんの少しだけ十堂の表情が和らいだような感じがした。ただそれは微細な変化で、単に俺の勘違いかもしれないのだが。
「そうだな。と言いたいところなんだが……雪原を待たないといけないからしばらくここにいる気でいるぞ」
「メッセージ飛ばしておきますから下に行きましょう」
「は? あ、おいちょっと待てって!」
スマホを操作しながら早足で歩く十堂。
俺はすぐに追いかけようとしたのだが、ふと思いとどまってクラスを覗いた。
「……」
逸らされる視線。
興味本位なのか、はたまた別の理由なのかは分からないが、俺を見ていた全員の視線が一斉に逸らされた。
軽い苛立ちを覚える。けど俺はそんな気持ちを押さえ込んで教室を後にしようとしたその時――
「……?」
一人の少女が俺の事を見つめていることに気づいた。
何か俺に言うわけでもなく、ただ無言で俺の事を見ているだけ。だが何故だろう。この少女が俺に何かを伝えようとしているような気がした。
「――――」
少女の口が動いた。
しかし聞き取ることは出来ない。いや――聞き取る以前に、言葉に出してはいないのかもしれない。
……なるほど。つまり読唇術を使えということか。
「……って!分かるか!!」
一人寂しくツッコミを入れる俺。
傍から見れば今の俺は教室のドアに向かってツッコミを入れている変人だろう。現に何人かが俺の事を指さしてヒソヒソ話を始めていた。
この場に居続けるのも酷だ。とりあえず今は十堂を追いかけることにしよう。
「……」
もう一度先ほどの少女のほうを見る。
しかし少女は友達であろう女の子と楽しそうに会話を始めていて、もう俺のことは気にも留めていないようだった。
顔は覚えたし、明日にでも訪ねてみることにしよう。今は十堂を追うことが最優先事項だ。
「十堂」
階段を降りていくとすぐに十堂の姿を見つけることができた。
「やっほー」
それからすぐに雪原も合流し、下駄箱へ向かう。
「遅れてごめんね、恋歌。ちょっとクラスで色々あってさ」
「気にしてませんよ。隼人先輩が迎えに来てくれるのは分かってましたから」
「昼休みに言った言葉ちゃんと聞こえていたんだな」
「当たり前ですよ。――と、靴履き替えてきますね」
「おう」
下駄箱から靴を取って履き替える。
脱いだ上履きを下駄箱に戻そうとしたその時――
「ん?」
――視界の端に誰かが映ったような気がした。
「浅川? どうかしたの?」
しかし、そちらの方を見ても、そこには無機質な壁があるだけで人っ子一人いなかった。
「……いや、何でもない」
「?」
「ほら、十堂が待ってる。早く行こうぜ」
一足先に靴に履き替えた十堂がこちらのほうを見ていた。
俺と雪原は駆け足で十堂の隣に並び歩き始める。
「昨日言った通り、私の家に行く前に買い物していくよ」
「メニューは決めておきました。色々凝ったメニュー考えたんですけど、今回はシンプルなメニューにすることにしました」
「さすが。何を作ってくれるの?」
「それは秘密ですよ。言ったら楽しみが減っちゃいます。けど、皆さん結構好きなものだと思いますよ」
「……なんだろ」
うーむ。と、雪原は考え始める。
「材料を見ればきっとすぐに分かりますよ。というより絶対に分かります」
「うーん。気になる」
しばらく考え込んでいた雪原だったが、考えるのに飽きたのだろう。違う話題を振ってくる。
「もう少ししたら中間テストだね。恋歌勉強できるほう?」
「理系は得意ですけど、文系が少し苦手ですね。特に英語が」
はぁ、とため息をつく十堂。
空を見上げてここぞとばかりに愚痴る。
「英語とか何で日本語じゃないんですかね?」
「そりゃ英語だからだろうな」
どうやら十堂はかなり英語が苦手らしい。
テスト週間にみんなで勉強会でも開いてあげるべきだろうか。
「英語なら私達結構出来るからテスト前に教えてあげるよ」
「頼もしいです。学年一位だったり?」
「うん。学年一位から四位まで揃ってるよ」
「…………マジですか?」
十堂は驚きのあまり目を開いていていた。
まぁそりゃいきなりこんなこと言われたら誰だって驚いてしまうだろう。
雪原はスマホを取り出し、とある写真を開いて十堂に手渡す。
「これ一年の後期期末の結果。私と浅川、遥香、反町のね」
「み、皆さん凄いですね…。学年順位が全部一桁なんて初めて見ました……」
「どう?信じた?」
「最初っから疑ってはいまんでしたけど、実際に見るとやっぱり驚きますね…。中間テストの時よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げて雪原にスマホを返す。
返してもらったスマホをポケットに戻して雪原は笑う。
「友達なんだから遠慮なんてしなくていいからね」
「……ありがとうございます」
無感情な黒い瞳が少しだけ揺れたような気がした。
初めて会った頃より十堂の表情が読めるようになってきているよう気がして、少し、心が穏やかになるのを感じる。
このまま十堂と付き合っていけばもっと色んな姿の見ていくことができる。そしていつかはちゃんと心から『友達』と呼べる存在になれるだろう。
「――さて、着いたね」
雑談をしているうちに桜見丘モールに到着する。
「寄るのは食品売り場だけで大丈夫だよね?なんか他に買い物あるなら付き合うけど」
「今のところ買うものは無い筈なので大丈夫です」
「浅川は?」
「俺も平気だ」
じゃあそのまま食品売り場行っちゃおうという話になりモールの中に入った。
エスカレーターで食品売り場まで降りる。少し冷房は効きすぎているせいか肌寒く感じる。
「まずはお肉コーナーから行こうと思います」
十堂に言われるままにお肉コーナーへ移動する。そこで牛肉のバラ肉を手に取って買い物カゴへ入れる。
「次は?」
「野菜ですね。この時間だと夕方割引きやってると思うのでちょうどいいです」
野菜コーナーに移動すると十堂の言った通り値引きが行われていた。そこで人参、じゃがいも、玉ねぎを手に取る。
「……」
この時点で俺は十堂が何を作ろうとしているのか分かってしまった。
確かに皆が好きで、材料を見れば絶対に分かるメニューだ。
「――最後に、これです」
カレールーを手に取った十堂はレジに向かって足を進める。
「野菜のあたりからカレーなんじゃないかと思ってた」
「私も。カレーって作り方みんな同じなのに何故か人それぞれ味違うよね」
「そうなんですか?」
十堂はちょこんと首を傾げる。
淡い紅い髪がふわっと揺れた。
「他の人が作ったカレーって食べたことない?」
「無いですね」
即答だった。
「……そうなんだ?」
「はい」
「じゃあ今度は私と浅川のカレーも食べてもらわないとね」
空気が悪くなったのを感じ取った雪原がなるべく自然な流れでそんな提案をする。
「それいいな。今回は十堂。次は俺か雪原で作ろう。そうすれば分かるぞきっと」
「連続は飽きるので日にちあけてくださいね」
「分かってる分かってる」
会計をサクサクと済ませてモールから出る。
外の暖かな日差しが冷房で冷えた体を少しずつ温めてくれる。
「買い忘れはない?」
「無いです。このまま先輩の家に行きましょう」
「りょーかい」
俺たちは雪原の家に向かって歩き出した。
to be continued
恋と約束の交響曲 心音 @rewrite2232
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。恋と約束の交響曲の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます