第9話



「貴女はこの店の奥の森林に、稲荷大明神様の祠があるのをご存知で?」


冨樫が珈琲とケーキを、カウンターに置きながら聞いた。


「いいえ」


「貴女はここの土地の者ではないんですね?」


「主人がここに家を建てたのよ。それがなに?」


「あの日仔猫が、母猫に咥えられて最後に横たわったのは、我が主人稲荷大明神様の御前だったのです。主人は母猫の願いを聞いてやる事としました。つまり、あなたのうちのお嫁さんがお腹に宿したのは、非業な最後を遂げた仔猫だったという事です。猫の寿命は、野良猫は三年から五年、飼い猫は二十年前後だそうですね?

それでも人間に比べたら、猫の寿命なんてたかがしれてる。仔猫が持って産まれた寿命だけ、あなたの孫はという事です」


「え?え?つまり二十年位しか生きられないって事?そうなの?」


「そうですね。貴方がた家族は、子供が先に逝くのを見届けなくてはいけないんです。貴女の普段の行いの為に、孫娘が母猫に与えた悲しみを、今度は貴方がたが受けなくてはいけないんです」


「え?厭だ……」


「因果応報ってやつだから仕方ない」


小太りの男はあっさりと言って笑った。


「嘘だ!そんなの嘘っぱちよ。嘘もほどほどにしなさい!第一、仔猫なんて殺してなんていないんだから!」


前田はカナギリ声をあげて慌てて出て行った。




「お嫁さんに話しますかね?」


狂ったように飛び出して行った前田を見送って、小太りの男が聞いた。


「どうでしょう?話す事はできなさそうですがね……」


冨樫は冷ややかに答えた。


「じゃあ、私が話しに行きますか?嫁さんは仔猫が死んだなんて、思ってもいないようだ」


「確かに、あの仔猫は不運でしたね……」


「不運でもあり得なくても、殺したものは殺したんだよね?死んだものはどんなに嘆いても、悲しんでも戻らない……そうだろう?仮令ちっぽけな命でもさ……」


小太りの男は身を乗り出しながら言った。

今直ぐに前田の後を追って、嫁に事の一部始終を語りに行こうと考えている様子だった。


「確かにそうですね……。〝やってはいけない事〟というものがありますからね。……来年はお嫁さんに来ていただきましょう。うちの店の恒例のイベントに……」


冨樫は冷ややかな笑みを浮かべながら男を見て言った。


「えー、直ぐに母親に話して苦しめたいがなぁ……」


男はさも残念と言いたげに、大きくショックを受けた格好を作った。


「一年間は、ばあさんに報いを受けてもらいましょう……。どんなに苦しくとも話したくとも、話せない苦しみを……」


「なるほど!」


男は微笑んで冨樫を直視した。


「その方が楽しいじゃあないですか?」


「確かに確かに……」


男は大喜びだ。


「ならば……来年も楽しみだ」


男は背伸びをするような格好を作って、楽し気にはしゃいだ。


「だけど、同じ話じゃウケないんじゃない?」


「大丈夫ですよ。人間の記憶なんてあやふやなものですから……来年にはすっかり忘れてしまう事だってありますからね」


冨樫が楽しそうに答えると


「あ……そうなの?」


男は腑に落ちない様子を浮かべながら言った。


「来年はいよいよ……母親……楽しみですねー」


冨樫は舌舐めずりをして、冷ややかな笑みを浮かべた。



そうやって、あと二十年生きられるか生きられないかの孫の成長を、悔みながら見て行くしかない。

が、私の嫌いな猫の生まれ変わりなのか……と、疑心暗鬼になりながら……。

自分より先に死ぬかもしれない孫を……。


そしてその苦しみを、来年は母親であるあの家の嫁にも、味わって貰わねばならない。

もうすぐ死ぬ我が子の短い人生を……。

怯えながら待つのだ……必ず訪れるその日を……。


親猫の悲しみをそのままに……。

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真夜中の喫茶店・よもやまばなし 婭麟 @a-rin

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