第16話 そして日本語は

 2050年、人生は早いとこの頃いつも考える。しかし、まあ、ここまで無事に来られたのだからそれだけでも良しとせねばなるまい。

 随分と老人っぽい事を言ってしまったなあ、だが、まだまだこれからだなどと言われてしまう。

 この頃の老人は元気だー。


 日本の社会だが、とりあえずの所、人口減少は止まった。2017年ごろに見ていた、人口ピラミッドとは明らかに形は違う。まあ、それは二重国籍の人や帰化した人を含めればの話だ。

 政府が地方官庁も含めスリム化、余分なハードを作らなくなり、何とか年金も維持している。土木・建設業は打撃を受けたが、人口減少で悲鳴を上げていた企業にうまく吸収されたようである。

 他の仕事に就かねばならなくなった職人さん達は大変だろうと感じるが、時代の変わり目にはそういう人達がいるのは、仕方ない事かもしれない。


 農地の無料貸し出しを行う地方自治体も現れ、都会を離れて農業に従事する人も多い。米以外の穀物はほとんどが輸入だったが、この頃は原料国産と書かれている品物も多い。

 この頃は日本の農産物がかなり輸出されていると報道している。安全性を求める消費者に人気だとかで、野菜の屋内栽培工場を建てる企業も出て来た。

 金食い虫で儲からないんじゃないのという言葉が聞こえてきそうだが、日本で起きた電気革命が、その問題を解決した。


 秋葉式重力発電機が実用化されたのである。電力革命だと世界で絶賛された『秋葉式重力発電機・どこでもコンセント無限君』は、世界にも輸出されている。

 実用化にはかなりの困難があった様なのだが、シンプルな構造ながら、置いておくだけでずっと発電し続けるというのは世界のどこにもなく、特許をいくつも取得した。

 会社のグループ開発だったのだが、製造する各社との契約金は多額に上ったらしく、秋葉系部長はおっと驚く様な金額を受け取った。


 お金を手にしてから、色々な人が秋葉系リーダーに群がって来たそうである。他人や投資ファンドなんていう連中は何とかなったが、親戚という連中が何しろやっかいで、使い切ってしまった。

 買ったのは、秋葉原まで電車ですぐという場所にあるが、あまり人が埋まっていないマンション。1Fはコンビニだった物件である。

 1Fは『昭和キャラ・フィギュア館』という展示即売する博物館で、喫茶コーナーと、フィギュア作成用のガラス張りの部屋もあり、フィギュア作りの教室も兼ねている。秋葉系部長の弟子達は展示品の複製を作って売る事も出来る。

 販売に当たっては、法律の問題が色々あったらしいが、東大お嬢の学友の弁護士が相談に載ってくれたのだそうで・・・。

 2Fから上は『メイド・ハウス』なる女子専用の賃貸マンション。5年の期限つきだが、安い家賃なので、満室。住んでいるのは秋葉でバイトしながら専門学校に通う女子達である。


 1Fで利益を挙げてボランティア資金に投入、『秋葉式重力発電機・どこでもコンセント無限君』みたいじゃないか。頭の良い人がやる事って、違うなあと僕はひどく感心した。

 趣味も兼ねているっていう所が秋葉系部長らしい所である。月に一回位は行って、コーヒーを飲んだり、弟子達と新作フィギュアを考えたりしているのだそうだ。

 この頃はアニメーター志望の学生が原画を持ち込んで来るのを買い取っている。気に入るのは中々ないらしく、百枚見て1枚ないとか・・・。目が肥えているからだそうだ。


 昨年には『リアル・舞子を探してお宝ゲット』なる旅行企画がネットを賑わし、第1回目の開催に弟子達と共に喜んで出掛けて行った所をみると、これにも秋葉系リーダーが絡んでいるのかもしれない。

 特区に指定されて、何とか文化を守り続けようとしているが、やりたいと手を挙げる女子の数も減り20人とはいないんだとか・・・。ほとんどもう、絶滅寸前である。

 しかし、偽物舞子(要するに舞子の扮装をした旅行客)は沢山京都の街を歩いているのだそうで・・・。『リアル・舞子を探してお宝ゲット』でも偽物出没情報に振り回され、『お宝』を獲得出来た参加者はいなかったようである。


 日本語はというと、本物はほぼ絶滅しかけたと言っても過言ではない。5年前、小さな子ども達を持つ父母から教育を中国語でという強い要望が上がった。国民の3割もの署名が提出され、国会はどうすべきか討論に入った。

 教育が中国語になるという事は、日本の公用語が中国語になると同義語である。賛否両論、すぐには決議されはしなかった。しかし、徐々に中国語をという声が大きくなり、反対派は国民投票を提案して、その結果により決議となった。

 日本のあらゆる所で、どちらを選ぶべきか話し合われ、報道でも色々な意見が交わされた。強い反対を示しているのは、皮肉にも日本で帰化した国民だった。

 彼らは、中国語で教育をするようになれば、いつしか、日本文化は失われてしまう。それを失うのは日本にとって多大な損失になると熱く語る。


 一方の中国語教育賛成派は、中国語は世界でも話す人が多く、中国独自の言語ではない。世界中にいる華僑・華人、14億人もの人達とコミニュケーションが取れる様になるのは、未来を考えれば損失ではないと語る。


 どちらの意見もごもっともであるが、既に日本でもかなり中国語が目に入るし、ネットは、半分以上が中国語である。以前にあった、日本語しか話せない。読み書きできないという日本人が既に少数派である。

 報道が行ったアンケートでは、日本語・中国語どちらも出来ると答えた人が8割にも上る。


 しかし、皆が分かると言っている中国語は日本で独自進化を遂げた中国語(和体)と呼ぶ言語である。新しい言語と言っても過言ではない。地名や人名などの固有名詞はそのまま、外来語つまりカタカナで書かれている物もそのままである。発音も当然ながら日本式。

 抑揚で違う意味になってしまう言葉は、あまり使わない言葉を日本語の訓読み。てにおはがないと、意味が分かりずらくなる場合には、適当に日本語のてにおはを入れる。

 こんな感じである。


 電車の中で他の人が話している言葉を何気なく聞いていると、日本語なのか、中国語なのかがよく分からない事がある。内容は分かるけど・・・。

 投票日が近付くと、街角では選挙戦以上に演説が大きくなり、誰もがどちらにするか迷った。


 それは企業も同様で、公用語を中国語にすべきかどうか、雲の上の人達は色々な場所で集まり、話し合いがもたれたようである。

 大企業数社が何かを選択すれば、国民投票の結果に影響する可能性があると報道され、日本的な玉虫色の決着というでのケリをつけた。会議は出席者の要望により言語を選択。文書は相手先が望んだ言語で作成・・・である。

 何も変わらないようだと僕は安心した。


 肝心の国民投票はというと、若者はかなりの数がパス。結果は日本語教育48%で負けてしまった。

 慌てたのは中学生を持つ親である。特に3年生は授業は日本語のまま、試験だけ中国語という、厳しい状況に置かれてしまった。

 東大に入るべく、有名な進学校を受験しようと勉強していた中学生は路線変更。エスカレーターで大学に入れる私立に人気が集中した。

 有名な進学校には、日本語で授業を受けて、中国語で受験に臨んでも問題ない子供達が入学した。

 中国語で授業の出来る人材が求められ、名字が一文字の教師が急に多くなったと報道されている。


 中国語で授業の出来る教師の需要は大きく伸び、その過程で日本語しか出来ない教師は職を追われた。教師職の賃金が急騰し、対応出来なかった中学、高校はというと廃校に追い込まれてしまった。そもそも、定員割れを起こしていた学校である。廃校になったから、進学出来ない子供が出来てしまうという事でもない。

 そして、公用語を中国語にという議論が始まる頃、推進派だった議員が国民投票で買収を行っていたというのを検挙する事件が起きた。

 推進派議員は更迭され、更に国会も解散して総選挙、今度は反対派議員が過半数を取得した。国民投票のやり直しが叫ばれ、結局はやり直し。今度は日本語が56%という結果だった。

 若者達が投票に行き、日本語に投票したらしい。


 では、授業はというと、これ以上の混乱を避ける為として、日本語で教える学校と中国語で教える学校とに分かれた。公立の小学校は地域別だが、入学前にアンケートを取り、どちらの言語で授業を受けたいかの選択制となった。

 受験も同様である。


 しかし、問題文はまともな日本語か中国語(簡体)である。いずれにしろ、言葉を勉強しないといけない訳だ。それはそれで悪くはないと僕は思っている。

 企業に入れば、文書はまともな言葉で書かなければならない訳で、中国語(和体)なんていう、半端な文章は通用しない。

慣れの問題なのか、日本語で授業を受けながらも、中国語で受験する学生や、その逆も大勢いる。


 李君の娘は小さな頃から東大お嬢にあこがれていたとかで、何と東大数学科を卒業。そのまま研究員になるのかと思いきや、私立高校の教師になってしまった。卒業した時期は、中国語授業の開始前年だった。

 文系はともかく、数学教師で中国語授業可能な人材は少なかったらしく、私立の有名高校に就職した。日本語で授業再開となっても問題はない。しかし、中学校で中国語で授業を受けていた生徒達は中国語の数学の希望者が多く、彼女の担当は中国語で教える数学である。


 大学時代には日本文化研究会で日本文化にどっぷりとはまっていたので、李家の夕食では、日本文化を話ながら食事というのだから、もう参ります。

 李君も日本文学には興味があったらしく、色々と読んではいたのだが、古代の漢文の本は読めても、解釈が分からない部分があり、娘に色々と教わっていたらしい。

 歴史小説を沢山読んでいたのだが、ようやく江戸までたどりついたと笑って僕に言った。


 デジタル書籍が主流となってしまって、書店も随分と少なくなり、日本語の文庫本などという物は古本屋でしか見かけない。その代わりに『文部省唱歌 3カ国解説付き』などというムックが流行っている。

 その時代の暮らしと供に歌詞の内容の解釈が載っている。

 時代が変われば欲しい物も変わるんだなあとしみじみ感じるこの頃である。


 いつの日か日本語が絶滅する日が来るのかもしれないが、少なくとも、僕が生きている間は大丈夫そうだと思っている。


<今の僕からのメッセージ>

 僕が想像する未来はこんな感じなのだが、これを李君と秋葉系先輩に話したら、『日本の一番明るい未来』だなと言われてしまった。

 えぇぇぇぇー、これが『日本の一番明るい未来』だってぇぇぇ・・・。


 秋葉系先輩の描く未来像は、『リアル廃墟が日本の至る所に出現し無法地帯と化す』である。

 うぅぅぅ、本当にそんな事になってしまうのだろうか?

「それで、いいんですか?」

「よくねえよ。」

「何もしないんですか?」

「『秋葉系重力式発電機どこでもコンセント無限君』作る。」

「えっ、あれを本当に作るつもりなんですか?」

「欲しいからこの会社に入ったんだ。」

「えっ、そうなの? じゃあ、何でそういう部著を希望しなかったんです?」

「希望したけど、入れて貰えなかったんだよ。そういう部署には東大出のマスター達が沢山いるんだ。」

 ここで実績を上げ、そういう部署に移して貰えるまで頑張るのだそうだ。


 会社の女子先輩に聞くと、『大多数の日本人が日本の知的仕事から排除されるのは予想の範囲内』だった。

「じゃあ、どうするんです?」

「勉強する。」

 ビジネスマン向けの新書を中心に年間60冊を目標に読書をする事にしたという。IT技術は勉強しないのか聞くと、『それは別枠』だそうだ。

 僕は女子先輩からNewsWeekの記事を毎日最低でも、4個読むようにアドバイスされた。李君も読んでいるらしい。


 李君は日本が国際社会の色々な事に悪い意味で巻き込まれなければいいねと言った。李君も読書を沢山していて、デジタル書籍で購入したタイトルを見せて貰ったが、えっと思うようなタイトルばかりが並んでいる。

 何故、こういうタイトルの本を読むのか聞くと、『これが中国人によるナショナリズム』なのだそうだ。複雑な思いがあるに違いない。日本に帰化するかどうかも考えている最中で、まだまだ結論は出ないそうだ。


 体育会系先輩に聞くと、『俺の出世物語』に思えるだった。

「いいじゃん、宣伝してやるよ。」

 と言ってくれたのだが、『読んでほしい人程、読まねえから期待するな』である。

 確かにそうかもなあ。遅刻を注意されている時間には遅刻常習者はいないもんなー。

「体育会系先輩は中国語はどうやって勉強してるんでしょう。」

 語学の勉強って難しいと思っている僕は聞いてみた。

「同じドラマ、百回見たら、大分聞こえて来た。スピーキングは耳を鍛えねえと。」

「百回も同じドラマを見たんですか?」

「スポーツも一緒だろ。十回やって出来なきゃ、二十回、それでも出来なきゃ。出来るまでやるまでの事だろう。」

 スポーツマンらしい発言である。

「読み書きはどうしてるんです?」

「俺は国文科だぜ。漢文とは大学時代に散々格闘したからさ。」

 既に簡単な文章なら読み書きOKだそうだ。

「お前も少しは勉強したみたいだけどな、李君の下で満足してるってのは、気に入らねえな。チームメイトとしてやって行きたいと思うなら、隣にいねえと・・・。」

 スーパーマンに助けて貰えると思っているのは中二病だと言われてしまった。

 今が一番辛い時期で、これを乗り切ればOKと安易に考えている所も気に入らないのだそうだ。『自分達が技術力をアップしない限り、ずーっとこの状況は続く』のだそうで・・・。

「技術力アップなんて簡単にはいかねえから・・・。」

 厳しい状況を乗り越えて来た中年のおじさんとか、おばさんの技術者に教えて貰えるうちに、何でもかんでも教われと言われてしまった。

 確かにその通りかもしれない。


 これから日本は本当に人口が減って行く。各社は知的職業にもアジア方面から人材を求めている。日本にやって来られるのは、その中でも一握りの優秀な人達だとすると、僕らはそういう人材と切磋琢磨しながら、うまくやって行く必要があるだろう。

 僕もこれを機会に『言い訳君』から抜け出して、努力をしていきたいと思っている。

 ぼおっとしているうちに『戦力外』通告を受けない為に。

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日本文化滅亡の日 本当にそんな日が来てしまうのだろうか? チ・ヤン(小鳥) @chi-yan-kotori

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