第10話 抹茶白玉パフェとチーズハンバーグ

 そうして僕らは仕事が終わった後、ファミレスに集まった。

目的は今後の計画に付いてだ。

そうは言っても大した事が出来るとは思えないが、遥先生が何故か乗り気で半ば強引に集められた感じだ。


 そう思っているのは僕だけかも知れないが。


「これ旨ぇな!何て言うんだ、これ!」


 ゲンノウがハンバーグを口にして興奮を隠しきれい様子ではしゃぐ。


「それはチーズハンバーグよ」


 遥先生がゲンノウの反応を面白そうに眺めながら説明する。

それはつまり僕の反応を見ながらと言う事だ。

僕がチーズハンバーグなんて珍しくも無いのは言うまでも無い。


「ちーずはんばーぐ……かあ」


 ゲンノウは目を輝かせながらハンバーグを見つめた。


「人間の肉なんかよりよっぽど旨ぇじゃねえか。もう人間食うなんて意味無ぇな!」


 人間食ってたのか。

まあ悪魔だし、ありそうな話ではある。

遥先生も木崎先生もちょっと引いているが当然の反応だろう。

僕だって引いている。


「はあ……これも美味しいですねぇ」


 今度は鶯姫がスイーツを口にしてため息を吐く。


「それは宇治抹茶の白玉パフェです」


 遥先生がメニューを見ながら商品名を告げる。


「抹茶がこの様な甘味になるとは……見事ですね」


 鶯姫が称賛の言葉を口にする。

まさに神の祝福とはこう言う事だろうか。

メニュー開発者が聞いたら例え他宗教の信者だったとしても、宗旨変え待ったなしに違いない。


「チーズハンバーグと……モグモグ……パフェを……モグモグ……交互に食うの止めて貰って……モグモグ……良いですか」


 矢継ぎ早に口に運ばれる正反対の味に、何とか隙を見付けて僕は抗議した。


「山田先生。口に物を入れたまま喋るのは止めたまえ」


 木崎先生が冷たく言い放つ。


「だって……ガツガツ………話す隙が……ムシャムシャ……無いから仕方な……モグモグ……いじゃないですか」


 一番被害を被っているのは僕だと言う事をやはり解っていない。

所詮は他人事なのだ。


「あはは、それじゃ鶯姫様とゲンノウは食べながら聞いてて下さい」


 遥先生がそう言ってコピー用紙を取り出した。

もう書類を作成したのか。

これは本当に本気だぞ、と僕は遥先生のやる気に驚いた。


「おい待て女!何で片方は『鶯姫様』で俺は呼び捨てなんだ!俺を舐めてんのか!ぶち殺すぞ!」


 ハンバーグを食べ終えたゲンノウが妙な所で噛み付いた。

プライドの高そうな悪魔にしてみれば当然であり、妙では無かったのかも知れない。


「あ、そうか。ゴメンね。でも……悪魔に様付けするのも……ねえ?」


 遥先生は素直に謝ったものの、困った顔で僕に同意を求めた。

優しくて可愛い。はっきり言って付き合いたい。


「良いじゃねえか様付けで。そうしろ」


 悪魔崇拝者じゃあるまいし、無茶を言う。


「ええー、だってうちお父さんもお母さんもクリスチャンだから無理です」


 そうだったのか。


「チッ。おめえはどうなんだよ?おめえ本人はクリスチャンなのかよ」

「私は無神論者だったんですけど……鶯姫様が居る事を今日知ったので、今日から鶯姫様信者です」


 遥先生はニッコリ笑うとゲンノウにはっきりそう告げた。

本人を前にして、いや、悪魔を目の前にしてここまではっきり言うとは。

度胸があるのか、怖いもの知らずなだけなのか。

たぶん、天然の成せる業なんだろう。


「じゃあゲンノウ君。これなら良いでしょう?」

「同級生かっ!!」


 ゲンノウは思わず身を乗り出す。


「俺を何歳だと思ってやがる!俺から見ればてめなんぞ今生まれたも同然なんだぞ!」


 天然強し。

魔王も歯牙に掛けない悪魔を君づけするのか。

ゲンノウは完全に遥先生のペースに乗せられていた。

意外と気の良い悪魔なのかも知れない。


「まあ、それはともかく」


 ゲンノウの剣幕を華麗に横に置くと、遥先生は自ら作成した紙を僕らに見せた。

そこには三行が記されていた。


「ゲンノウ君と鶯姫様は例の物体を感じられると言っていたので、お二人に探して貰います」


 今度は一行目から二行目を指し示した。


「それを今度は殺さないように、わざと逃がして追いかけます」


 遥先生が最後に三行目を指差す。


「で、親玉を見付けてみんなでやっつける。こうです」


 遥先生は自信たっぷりに紙面をパンッと叩いた。


 なるほど……こうです。か。

遥先生以外の人が言っていたなら僕は席を立っただろう。 

だが可愛いので当然我慢する。


「……紙に書くほどの事なのかよ」


 ゲンノウが無遠慮に核心を突いた。

だから僕の口で言わないでくれ。

僕は遥先生に嫌われたくないと言うのに。


「残念ながら今の我々はお互いの存在が互いに中和し合っている状態。それほど広範囲に力が及ぶ訳ではないのです。精々数十メートル程度かと」


 鶯姫が申し訳無さそうに言った。


「そうなんですか……困りました」


 遥先生が急に元気を失った。

可愛そうだが仕方がない。

神様が出来ない事に注文を付けても始まらない。


「あのよ、人間が使ってる小っちぇえ板があるじゃねえか」


 ゲンノウが喋りだす。

だが要領を得ない。


「小さな板?」


 木崎先生が問い返す。


「このくれえの、こう言う奴だよ。はんぺん、おめえも持ってたろ」

「僕が?」

「ああ、そうだ。指先でなぞって何かしてたろ」


 ゲンノウが仕種を真似てみせる。


「スマホ?」


 遥先生が鞄から自分のスマホを取り出してゲンノウに見せた。


「おう、それだよ。それで何でも探せるんだろ?こいつもいつも触ってやがる」


 こいつと言うのは僕の事だ。

けどそれは僕に限った話では無い筈だ。

現代人ならほとんどの人間がそうだろう。


「うーん、そうなんだけどそこまで万能じゃないのよ。調べたい事が世の中に知られていないと、それを教えてくれる人も居ないから……」


 そりゃあそうだ。

ネットとはそう言う物である。


「チッ。所詮は人間が作った物か」


 ゲンノウが吐き捨てた。


「聞き捨てならないな」


 急に木崎先生が口を開いた。


「ああん?」

「悪魔がどれ程の力を持っているのか知らないが、人間を過小評価するのは不勉強と言わざるを得ないな。人間は進歩するんだ。何千年生きてても進歩しなければ、いずれ人間が追い抜くさ」


 木崎先生が強い口調で言い放った。

プライドの高さ選手権でもあれば、人間界代表にしたいくらいだと僕は思った。


「はっ。人間風情が笑わせやがる」

「それだ。人間風情がと言う態度が、悪魔が長生きなだけで進歩の無い存在だと言う事を表している」

「何だとてめえ……」


 ゲンノウが凄む。

が、僕の体でやるのはいい加減止めて貰いたい。

僕は別にどちらの言い分に対しても何の意見も表明していない。


「俺が本気を出せばこの世を終わらせる事も出来るんだぜ?」

「ふっ。人間が本気を出しても世界は終わるよ。そんな事にならないようにバランスを取るのに苦労しているくらいだからね、人類は」


 確かに木崎先生の言う通りだ。

良く良く考えてみれば人間を悪魔に例える向きも有るくらいだ。


「人間は集団で生きる生物だ。集団こそが人間と言う生き物を構成していると言っても良い。74億人の世界人口そのものが人間と言う一つの生き物なんだ。人間の武器はこの数と知識だ。集団になれば悪魔など恐れるに足りないよ。現在の世界人口は悪魔の総人数をとっくに超えている」


 何でそんな事まで知っているのか。

流石は完璧超人、木崎先生。

インテリは伊達じゃない。


「ちょっと待って。スマホでニュースを集めるのは?これなら漠然と探すよりも良くないですか!」


 遥先生が間に割って入った。


「ニュースを集める?」


 僕はまだピンとこない。


「例の物体が取り憑くとその人が暴れるんだとしたら、ニュースになる筈でしょう?」

「なるほど。そのニュースを探すと?」


 木崎先生が僕より先に遥先生に共感した。

なんだよもう。


「つまり俺様の考えは当たっていたって事か?」


 ゲンノウが遥先生に詰め寄る。


「そうね。まあまあ良い考えだったって事よ」


 遥先生はそう言って笑顔を見せた。

可愛いなあ。


「ぬっふっふっふっふっふっふ。聞いたかこの野郎。俺様の考えは採用されたぞ!」


 遥先生に褒められてゲンノウは胸を張る。

園児じゃあるまいし保母さんに褒められて喜ぶとは、本当に悪魔なのか。


「じゃあ今日出来る事はここまでですね。動きがあったら次回集合と言う事で良いでしょう」


 木崎先生が話を纏めると、場はお開きとなった。


『半平、半平』


 鶯姫の声が頭の中でした。


『どうしました?』


 僕も心の中で答える。


『あの抹茶の甘味を家で食べる事は出来ませんか』


 どうやら抹茶白玉パフェがいたく気に入ったようだ。


『はあ……全く同じ物は難しいと思います。抹茶アイスクリームだけなら手に入りますけど、それも全く同じ味かは保証出来ません』


 僕は正直に答える。


『……そうですか』


 鶯姫がガッカリしたように答えた。


『何でえ、まだ食い足りねえのかよ。意外と卑しい神様だな』


 ゲンノウが余計な口を挟む。


『ぶ、無礼な!美味しかったからまた食べたいと思っただけです!』

『まあ神とは言え女なんだし、少しは「だいえっと」なるものを意識したらどうなんだ』


 神と悪魔の口論とは言え、女性に対してそれはエグい。

僕は部外者でありながら、同時に当事者でもある。

自分の中で起こっているこの険悪な雰囲気から逃れる術は無いのだ。


『二人とも止めてよ。僕の中で争われたら僕の心がもたないよ』


 その時、席を立ちかけた遥先生が僕の顔を覗きこんだ。


「山田先生?どうしました?」

「え?あ、いや」


 流石に抹茶白玉パフェで揉めてるとは言いにくい。


「それがよ、聞いてくれよ遥。鶯がよお……」


 人がせっかく誤魔化しているのも無視して、すぐゲンノウが反応した。


「遥先生を呼び捨てにするな!」

「ゲンノウ!言ってはなりません!」


 僕と鶯姫は交互に叫んだ。

遥先生は驚いたように目をパチクリさせる。


「さっきの甘い食い物もっと食べたいってよ、鶯が駄々こねやがって……」

「鶯姫様も呼び捨てにするな!」

「ゲンノウ!止めなさい!」


 一つの口を3人で奪い合う。

言いたい事がぶつかって、僕はアワアワ言うばかりだった。


「鶯姫様は抹茶白玉パフェを気に入ったんですね。でも溶けちゃうからテイクアウトは無理ですね……」


 そう言って遥先生は少し考えた。


「山田先生、お家で鶯姫様にお菓子を作って差し上げたらどうですか?」

「え?」


 お菓子作りなんてした事ない。


「スマホでレシピは探せますし、そうすれば色々自分の好みにカスタマイズも出来ちゃうし、お菓子作るの楽しいですよ」


 お菓子作りか。ハードル高そうだなと僕は二の足を踏んだ。


「いきなり抹茶白玉パフェは無理だけど、私もお母さんがお菓子作るの好きで一緒にお菓子作るんです。だから簡単なヤツから作ってみてはどうですか?良かったら教えますよ。一緒に作りましょう」


 遥先生と一緒にお菓子作り?

これは夢か幻か。おお、神よ。


『私はここに居ますが?』


 鶯姫が返事をする。


『あ、いえ、スミマセン。そう言うつもりじゃ無いです』

『?……そうですか?』


 僕は願ってもない幸運に、是非にとお願いした。


「僕も一緒に参加させて下さい」


 突然、木崎先生が割り込んで来た。

さっきまで出口付近にいた筈だ。


「二人が何やら話しているのが気になってね。戻って来て良かった。僕も是非お菓子作りに参加したいです」


 相変わらずはっきり言うなと、僕は感心していた。

僕ならこうもはっきり仲間に入れろとは言えない。

やはり自分に自信のある人間は違う。


「解りました。みんなで作った方が楽しいですものね。でもそうすると場所はどうしましょう」


 確かに3人で料理する様な大きなキッチンはそうそう無い。

しかもお菓子作りである。

恐らくデカイオーブンや作業台や冷蔵庫やらが必要なのでは無いか。


 3人になったせいでお菓子作り自体が中止になっては元も子も無い。


「それなら問題ありませんよ。僕の家でやりましょう。キッチンはそこそこ広いですから」


 流石は完璧超人、木崎先生。

実家が金持ちな上にインテリでイケメン。

何故、保父なんてしてるのかやっぱり謎である。


「じゃあ明後日の日曜日はどうですか」

「ええ、構いませんよ。山田先生は確か都合が悪いとか」

「言ってませんよ。そんな事……」


 さらりと僕をハブろうとしたな。


「おい、ちーずはんばーぐは作れねえのか」


 ゲンノウだ。


「作った事無いけど、たぶん作れますよ」


 遥先生が答える。


「おお!俺はちーずはんばーぐが良い!沢山作ってくれよ!満腹になるまで食いたい!」


 子供か。

鶯姫を卑しいなんて良く言えたもんだ。


「じゃあ、明後日はクッキングパーティーですね」


 遥先生がそう言って笑った。

色々問題はあるが、僕の人生で一番楽しみな日に違いなかった。


 早く日曜日になーれ。

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