エピローグ

「ダークレギオンさま、こんにちは」

 栗色の髪をなびかせたリザが、ダークレギオンの屋敷の庭を覗いた。

「ん? 何だ、リザか」

 ダークレギオンは珍しく、自分の手で庭のハーブを摘んでいた。新しい薬の調合を思いつき、新鮮な材料を使って試してみようと思ったまではよかったが、シャドウファングが出かけていたため、自分で庭に出ざるを得なくなったのである。

 こういうときこそ、とマリグナントを使うことも考えたのだが、緋色の魔物は「修行」と称して岩山のあたりまで出かけてしまっていた。そのついでに、貴石や鉱石の類を集めてきたりもするので、ダークレギオンは彼の「修行」を大目に見ているのだ。

「シャドウファングさんもマリグナントさんも、お出かけなんですね」

「判るのか?」

 ダークレギオンの驚いた表情がおかしくて、リザは思わず、ぷっと吹きだした。

「判ります。だって、ダークレギオンさまが、ご自分で庭仕事してらっしゃるんですもの」

「ふん」

 闇魔道士は、つまらなさそうに鼻を鳴らした。リザが急いで、とりなしにかかる。

「あの、ダークレギオンさま、お茶にしましょうか。お菓子を焼いたので持ってきたんです。シャドウファングさんがいらっしゃらないのなら、あたしがハーブティーを淹れますから」

「そうだな」

 そろそろ一休みしようか、と立ちあがったダークレギオンが、ふとリザの顔に視線を留めた。そのまま、じっと見つめている。

「あ、あの……」リザの頬が、かあっと紅くなった。「何か顔についてますか?」

「いや、そうじゃない」ダークレギオンは首を横に振った。「今日は髪を下ろしてるんだな」

「え? ええ」

 リザはいつも長い栗色の髪を二つに分けて束ね、三つ編みにしている。今日は朝方、ハーブオイルで髪の手入れをしたところだったので、編まずにそのまま家を出てきたのだ。

 リザがそう言うと、ダークレギオンは「ふぅん」と興味なさそうな返事をした。

「それじゃ、お茶にしますね」

 栗色の髪がダークレギオンの横を通りすぎていく。そのとき、闇魔道士は小さな声で、

「そのほうが似合う」

 と言った。

「え?」

 リザが振りむいてダークレギオンを見た。

 ダークレギオンは真っ赤になり、そっぽを向く。

 リザも頬を染めて嬉しそうに微笑んだ。その笑顔が特上に可愛かったのだが、そっぽを向いていたダークレギオンは、それを見そこねてしまったのだった。


 そのころ、シャドウファング=ポムスは森を訪れていた。

 いつもの泉の傍でパメラと並んで、うたた寝を楽しんでいる。

「ねぇ、ポムス」パメラが丸い瞳で恋狸を見つめた。「それじゃ、“枯渇水晶”はいま、ダークレギオンさまが持ってらっしゃるの?」

「うん」ポムスがうなずく。「それがいいだろうって、村長やベリス師に言われたからね。リザお嬢さんに魔力がない以上、あの呪物を使いこなせるのはご主人さまだけのわけだし、それに何と言ってもマリグナントがいるからね。近くに“枯渇水晶”を置いといたほうが安全だろうって話になったんだ」

「村の人たち、思いのほか簡単にマリグナントを受け入れたわね」

「村長が、肝の据わった人だから」

 ポムスは苦笑した。

 マリグナントが潔く頭を下げ、自らの修行のためにこの「世界」に、ひいては、この「村」に留まりたいと言ったとき、村長はこころよくそれを受け入れたのだ。

「ベリス師なんかは、ダルフ村の呪い師の一件があるから、魔物を信じるのは危ないって言ってるんだけど……でも、マリグナント自身が『あの件に関して、仇を討ちたいという者がいれば正面から勝負を受ける』って言ってるからね。受け入れざるを得ないよ」

「本当に仇討ちする人が来たら、どうするつもりなのかしら?」

 パメラが首を振った。

「それは、ぼくには判らない」ポムスは寂しそうに言った。「でも、あいつ、そのときには案外……相手が必死で、一所懸命だったら……」

 二人は黙った。

 マリグナントがこの「世界」に留まることを決めたのは、ブレードファングへの挑戦もあるが、自分自身がダルフ村の人たちに対してとった行いへの償いのつもりがあるのかもしれない、と思ったのだ。

 やがて、パメラが「うん」とうなずいて、にこっと笑った。

「ねぇ、それより、ご主人さまの様子はどう?」

「なかなか面白いことになってるよ」ポムスも悪戯っぽい笑みを返す。「最近、ご主人さまったら妙にリザお嬢さんのことを気にしてるからさ。今まで、お嬢さんのことなんて鼻にも引っかけなかったくせに、最近じゃ三日も逢わないでいると、そわそわしはじめるんだよ」

「いいことじゃない」パメラは言った。「お嬢さんは、いいかたなんだし」

「そのせいかどうか判らないけど、ご自分の魔力についても、いろいろ考えてらっしゃるみたいなんだ」

 ポムスは言った。

 光魔道に属する呪物である“枯渇水晶”を使える者を輩出してきた以上、リザの実家・クリスタル家は光魔道の家系ということになる。このまま闇魔道を奉じていたのでは、リザとの将来を考えるのは難しいだろう。

 最近のダークレギオンは、そのあたりのことを考えているらしい気配があるのだ。

「そう……」ポムスの話を聞いたパメラは考えぶかげにうなずいた。「ご主人さまが、ご自分に向いた道を見つけられるといいわね」

「うん、そう思う」

 ポムスはうなずくと、大きな欠伸あくびをした。

 リザとのことが上手くいって、ダークレギオンが身をかためれば、自分の父もパメラとの話に耳を貸してくれるかもしれない。

 ──がんばってくださいよ、ご主人さま。

 ポムスはもう一度、大きな欠伸をして、うっとりと目を閉じた。

 暖かな風のなか、パメラと一緒にぼんやりしているポムスは、自分のことを世界で一番しあわせなワーたぬきだ、と信じて疑わなかった──。

                            ☆おしまい☆

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闇魔道士と緋色の魔物 神江 京 @miyamayu

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