腹の虫会議(寄生虫達の人間模様)

@hurosiki

第1話 腹の虫会議

「えぇ、これより第三回腹の虫会議を始めたいと思います」

上座に座る議長の言葉に会場に集まっている虫達の視線が一斉に集まった。ミミズの様に細い姿をしたものもいれば、平らな紐のような姿をしたもの、はたまたゼリー状の塊まで様々な姿の虫達が会場にひしめき合っていた。

「この会議は我々寄生虫一同が寄る辺である人類と共生するための道を模索するものである。そのために皆さんの闊達な議論をお願いしたい」

議長であるランブル鞭毛虫はうちわの様な体をくねらせて一同を見渡した。体の中心にある一対の目玉のような吸盤がぎょろぎょろと動いている。

「はい。議長」

開始早々、会場の端にいた寄生虫が声をあげて発言権を求める。

「はい、糞線虫さん」

ランブル鞭毛虫議長は鞭毛を動かすと声の主をさした。

「さっきからあそこのバカップルが目に余ります」

糞線虫ははす向かいの寄生虫を見て棘のある声をだす。

「あらやだ、妬いてるの」

「ふふ。ハニー。他の奴なんてほっとけばいいんだよ。何があっても僕は君を離さないよ」

二人の様子に糞線虫はさらに目尻を吊り上げた。

「何よ。ところ構わずべたべたしちゃって、私たち何て女しかいないってのに。昨日もお局様に小言を言われて嫌になっちゃうわ。こんなことなら外の世界に旅立てばよかった」

糞線虫は怒り心頭だがとうのバカップル『住血吸虫』はどこ吹く風だ。

住血吸虫。人の肝臓など門脈系の血管内に寄生する寄生虫の一種である。

その最たる特徴は寄生する際、雌雄一対となり雄は雌を抱きかかえたまま一生をおくるという点だ。雄は体に雌を抱きかかえるための特別な構造を持ち生涯離れることはない寄生虫界一のバカップル。

しかし、その病状は非常に激烈で肝硬変や尿路障害など人を死に至らしめることも珍しくない恐怖のバカップルである。

「全くうっとうしいたらないわ。ねぇサナダさん」

「あ、えぇっとそうですかねぇ。僕にはよく解らないんですがぁ」

突然話をふられたサナダ虫『日本海裂頭条虫』は長大な紐状の体をくねらせると答えに詰まる。

「相変わらず煮え切らない人ね」

「やめないか糞線虫さん。人のことを正す前に君は自分の行いを顧みるべきだ。少しは日本海裂頭条虫君の謙虚さを見習ってほしい」

日本海裂頭条虫の隣、小判の様な形をした虫『横川吸虫』は糞線虫をたしなめる。

「なによ!毎度毎度突っかかってきてあなたうるさいのよ」

「これは、人との共存を模索する会議だ。君も住血吸虫君も人からみれば五十歩百歩じゃないか。君はもっと慎みを覚えるべきだ」

「さすが横川の兄貴。こらこのミミズ野郎。少しは兄貴達を見習え」

横川吸虫の陰に隠れるようにして茄子のような形の虫『肝吸虫』が援護射撃を行う。

「なんですってぇ」

糞線虫は怒りのあまりに体を打ち震わせて2匹を睨み付けた。

糞線虫。熱帯・亜熱帯地方を中心に分布する寄生虫である。日本では奄美・沖縄地方が濃厚汚染地域として知られている。

寄生世代と自由生活世代の2つの世代を持ち普段は土の中などで自由生活をしている寄生虫らしからぬ寄生虫。寄生世代は単為生殖によって増殖し雌しかいない。

糞線虫もその病状は極悪で普段は腸の中で大人しくしているが、人の抵抗力が下がると爆発的に増殖。敗血症や髄膜炎なども引き起こす恐怖の寄生虫だ。

日本海裂頭条虫・横川吸虫はともに人への障害性が乏しい寄生虫として知られている。特に日本海裂頭条虫は大きなものでは10m近い長さになる寄生虫界最長種だが、人に対する障害性は乏しく自覚症状なく寄生されている場合も珍しくない。

「こら、肝吸虫。君も余計なちゃちゃをいれるな」

「すみません。兄貴」

横川吸虫にたしなめられて肝吸虫は肩を落とした。

肝吸虫。主に川魚から感染し人の胆管周囲に寄生する寄生虫である。横川吸虫が人に対する障害性が乏しいかわりに、肝吸虫は人に対する症状が重いことが知られている。多数寄生の場合は胆道閉塞や肝硬変を引き起こし、肝吸虫の仲間には胆管癌を起こすものもいる。

かの北大路魯山人を苦しめた寄生虫としても有名だ。かつては全国的に認められたが、昨今は減少しているという。全国的に寄生率が高いと言われる横川吸虫とは対照的だ。

「まぁまぁ。みんな、折角の会議なんだし仲良くしようじゃないか」

会場全体を和ませるように明るい声があがる。

「あ、無鉤条虫さん」

「久しぶりだね。日本海裂頭条虫君」

虫達の間を縫う様にして別のサナダ虫が現れた。

無鉤条虫。牛肉から感染するサナダ虫の仲間で人を唯一の宿主としている。日本海裂頭条虫と同じく人に対する障害性は乏しいことで知られている。

「無鉤条虫さん。相変わらず見事な肉体ですねぇ。僕なんてこんなぺらぺらなのに…」

日本海裂頭条虫は無鉤条虫を見て嘆息する。

「僕たちは宿主が寝ている間に脱出しないといけないからね。日々の鍛錬の賜物さ」

無鉤条虫は大きく筋肉質な節を誇らしげにさらす。

「僕も無鉤条虫さんみたいになりたいですよぉ」

「大丈夫。君たちもしっかり栄養を吸収して鍛えれば立派な体になれるさ。そうとなれば今日から一緒に筋トレに励もうではないか!」

「はいっ!」

意気投合する長大な2匹の虫。しかし、その2匹に冷ややかな視線を浴びせる者がいる。

「はっ。下等な奴らはギャーギャーと喧しいことだ」

唐突な言葉に虫達の視線が声の主へと集まる。

「回虫さん」

そこにはピンク色の体に堂々とした体躯の寄生虫が鎮座していた。回虫である。

回虫。寄生虫界において1・2を争うメジャーネーム。戦前は日本人の7割が寄生されていたという寄生虫界の首領である。

「さっきから聞いていればくだらない。条虫や吸虫風情と争うな。糞線虫。お前ももっと自覚を持て」

回虫の言葉に糞線虫は身を縮めて頭を下げる。横川吸虫は回虫をみて奥歯を噛みしめた。

寄生虫界において回虫などの線虫類は最も高等とされており、サナダ虫などの条虫類はそれより下等とされている。サナダ虫類は雌雄同体で消化管などの体内構造も乏しいからだ。

「やれやれ。回虫さん。私からすればあなたも糞線虫も似たり寄ったりですが」

「蟯虫。貴様…」

回虫は声をかけてきた虫をみて悔し気な声をあげた。三又の唇がうねうねと動いている。

蟯虫。衛生環境の改善とともに多くの寄生虫が姿を消す中で現代日本においても高い感染率をほこる影の王者。かつては国民病と言われた回虫などが衰退の一途をたどる中で人に寄り添う生活史を獲得し現在でも高い感染率をほこっている。

「あなたは日本海裂頭条虫を下等と罵るが少しは彼を見習ったらどうです。寄生虫界最長の体躯と最大の産卵数ながら宿主には害がほとんどない。毒にも薬にもならない人畜無害。ウドの大木っぷりは見事なものですよ」

「そんなぁ。蟯虫さん。照れますよぉ」

日本海裂頭条虫は嬉しげに体をくねらせる。

「日本海裂頭条虫君。そこは怒るところだよ」

「えっ」

日本海裂頭条虫は不思議そうな顔をする。

「あなたもしばしば胆道閉塞や腸閉塞をおこすではないですか。私からしてみればあなたも糞線虫も危険な部類に変わりはないですよ」

「時折、虫垂炎をおこす貴様に言われたくはないがな」

「なっ、あれは人口爆発のせいというか、たまたま全員集合しちゃって…。というより回虫さんも時折虫垂炎を起こすでしょうが」

「うっ、それは」

蟯虫の言葉に回虫は言葉に詰まる。

「大体そんな大きな体でなんで狭い穴に頭をいれたがるんですか?無謀もいいところですよ」

「それは穴があったら入りたいというか、狭い所が落ち着くというか」

「猫ですかあなたは…」

「はい。私はネコですが?」

蟯虫の言葉に突如生真面目な返答が返る。

「ネコ回虫さん」

蟯虫は渋面をつくって回虫の隣をみた。まるでキノコを連想させる頭をしたミミズのような虫が蟯虫を見つめていた。

「ネコ回虫さん。イヌ回虫さんもどうして動物寄生虫のお二人がいるんですか」

「我々も昨今注目を集めているので、顔を出したらどうかと回虫さんに誘われまして」

ネコ回虫・イヌ回虫。名前の通りネコ・イヌを宿主とする回虫だ。人には無関係の様だが、昨今人への感染が問題視されている。主に生レバーが問題食材となっており早急な対策が求められている。

「あなた達はそれぞれ宿主が限定されているでしょう」

蟯虫はため息とともに答える。

「それを言ったらあの人達なんてどうなるんですか?」

ネコ回虫は会場の隅を指す。会場の虫達の視線がネコ回虫の指す先へと集まった。

「えっ、なんすか?なにかありました?ちょっとLINE見てたんで、聞きそびれてました」

会場中の視線に当の本人は間の抜けた声をあげる。

「アニサキスさん。会議中ですよ。私用は終わってからにしてください」

ランブル鞭毛虫議長は鞭毛をいからせると憤然と告げる。

「すみません」

アニサキスは素直に頭を下げた。

「僕らも同類のよしみってことで回虫さんに誘ってもらったんですけど。人とか興味ないんで。帰っていいですか」

「そうですよ。僕たちからしてみたらいい迷惑なんですから」

そろって声をあげたのはアニサキスと旋尾線虫だ。

アニサキスと旋尾線虫。どちらもクジラを宿主とする寄生虫だ。アニサキスは鯖やイカ、旋尾線虫はホタルイカから人に寄生することがある。

どちらも人間は適応する宿主ではないので居心地の良い場所を求めて彷徨ったり、胃壁に突っ込んで猛烈な胃痛を引き起こす厄介者だ。

「僕らはクジラに帰りたいだけなんすよ。人とかほんと興味ないんで」

「そうですよ。人間なんてそこら中にいやがるくせに寄生されて迷惑だ迷惑だ言いやがって。迷惑はこっちだっての」

2匹の言葉にランブル鞭毛虫議長は頭をかいた。確かに二人の言うことは正論である。

「人間なんてぶっ壊しちまやぁいいんだよ」

突然の不穏な発言に会場中の視線が集まる。

「おれたちは居心地のいい住処を求めてるだけだ。それでぶっ壊れる人間がやわなんだ」

「アライグマ回虫…」

「だれだ。あんな奴呼んだのわ」

アライグマ回虫の言葉に人体寄生虫達はひそひそと言葉を交わし合う。

アライグマ回虫。現在、日本では確認されていないが寄生虫学者が日本への侵入を最も警戒している寄生虫の一つ。寄生虫界きっての悪役である。

北米を中心にアライグマを宿主とする寄生虫だが、この寄生虫が人に寄生した場合非常に重篤な症状を引き起こすことが知られている。

人の中枢神経に侵入。寄生された人の約半数が死亡、救命できた場合も重篤な神経後遺症が残っている。

「人間てのはちょっと頭がいいからってだけで驕ってやがるのよ。自分の分をわきまえねぇから痛い目をみるのさ」

そう言ってアライグマ回虫は地面に唾を吐き捨てた。

「元々おれたちは自分の宿主に帰りつく道をもってんだ。そこに土足で割り込むような真似をする奴が悪い」

アライグマ回虫の言葉に動物由来寄生虫達は神妙な顔でうなづいている。

「へぇ、なかなか骨のあるやつがいるんだな」

そんな声とともに一匹の虫が体を持ち上げた。扁平で小さな体躯。何かの切れ端の様な姿をしているが他のどの寄生虫にも負けない強烈なオーラを纏っている。

「芽殖の旦那」

「芽殖孤虫だ」

その存在に会場中の虫達の視線が注がれる。

芽殖孤虫。寄生虫界最恐最悪の寄生虫。世界で20例ほどの感染事例しかないが、その全てで感染者が死亡している史上最悪と言われる寄生虫だ。現在においても感染経路・生活史・宿主に至るまで全てが謎に包まれている。

「人体寄生虫の集いなんて人に媚びを売るいいこちゃんの集まりかと思っていたが、なかなか骨のあるやつがいたもんだ」

芽殖孤虫はアライグマ回虫を見て不敵な笑みを浮かべる。

「どうだ。お前、俺様の舎弟になる気はないか」

「はっ、老兵は引っ込んでやがれってんだ」

芽殖孤虫とアライグマ回虫が睨みあう。一触即発の雰囲気に会場中が張り詰めた空気に包まれる。

「まぁまぁ。お二方ともこの会議は人との共存を図る集いですから物騒なことはなしでお願いしますよ」

二人に間に割ってはいるようにゼリー状の塊がはい出した。赤痢アメーバだ。

「邪魔だ」

「単細胞はすっこんでろ」

赤痢アメーバは二人に弾き飛ばされる。

「赤痢アメーバさん。大丈夫?」

弾き飛ばされた赤痢アメーバに丸い粒状の原虫が駆け寄った。クリプトスポリジウムである。

「こりゃ面白れぇな。単細胞どうし引っ付き合ってやがる」

その様にアライグマ回虫は笑い声をあげる。

「なっ。ちょっと私は有性生殖出来るんだから、同じ単細胞でもちょっとは進歩してるのよ」

アライグマ回虫の言葉にクリプトスポリジウムは抗議の声をあげた。

「単細胞…」

赤痢アメーバはショックに言葉を失っている。

「そんなのを目くそ鼻くそってんだ。単細胞どうしくっつきあってろ」

プチッ

クリプトスポリジウムは確かに何かが切れる音を聞いた気がした。

「あ、まずい…」

クリプトスポリジウムは静かに後ずさる。

「単細胞…。単細胞…。だれが単細胞だごらあぁ!てめえらまとめて溶かしてやるからそこになおれ!」

赤痢アメーバは突如声を荒げると偽足を振り上げて威嚇する。

「あぁ、赤痢アメーバさんが病原型に変異しちゃった」

「誰か、あの狂戦士を止めろ」

周りにいた寄生虫達が一斉に赤痢アメーバを押さえにかかる。

赤痢アメーバは非病原型と病原型があると言われており、普段は非病原型で大人しいが、何らかのきっかけで病原型に変異し人への猛攻を開始すると言われている。

「面白れぇ。やれるもんならやってみやがれ」

「ふん。若造どもが粋がるんじゃねぇぞ」

「お二人ともぉ。落ち着いてください」

「君達。喧嘩はよくないぞ。これは人との共存を図る会議なのだから」

アライグマ回虫と芽殖孤虫も赤痢アメーバを迎え撃とうとするが周りの虫達が必死になだめる。

「静粛に。静粛に。皆さん落ち着いて」

ランブル鞭毛虫議長は虫達の頭上を泳ぎながら声をあげた。

「このままでは前回の二の舞に…」

その時、地面が激しく揺れ始めた。

「しまった」

ランブル鞭毛虫議長は慌てて会場の奥を振り仰ぐ。

「皆さん。急いで緊急防御体勢をとってください。変形できる人は急いで変形を。できない人はどこかにしがみついて」

ランブル鞭毛虫議長がアナウンスする間も揺れはどんどん激しくなる。

「もう、時間が…」



「ふぅ、すっきりした。急にお腹が痛くなっちゃって、風邪かなぁ?何か悪い物でも食べたかなぁ?でも、ちょっと下っちゃったけどすっきりした」

トイレから出てきた青年は鼻歌まじりに手を洗う。

「でも、最近調子悪かったから明日医者行こうかな」

こうして第3回腹の虫会議も紛糾したまま終了を迎えた。

はたして彼らが人との共存の道を歩む日は来るのだろうか。それはもはや神のみぞ知ることである。

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