第5話 病院
その日は普通の日だった。
今では毎晩のように夜中に戻していたし、だから特別に調子が悪い日ではなかった。
ただ資格の更新のために21:00まで講座を受講しなければならなかった。
これも土・日に行っても良いのだか同居人の怒り、休みの日なのに出かける事に対して、を招くため内緒で平日の夜にしたのだ。平日なら仕事だと言えば済む事だ。
雨の降る寒い日だったが暗い道を会社帰りにとぼとぼ辿り受講票を受け付けに見せると教室に入った。
部屋は暖かいには暖かかったが何となく寒かった。貧血だから寒く感じるのかはよく分からなかったが…。
時間が経つにつれ身体が冷たくなってきた事に気がついた。冷えるというより身体の中心から冷たさが指先や足のつま先に広がる感じだ。今までこんな感じで身体が冷えた事は無い。
違和感を覚えながらも座り続けた。この講義に最後まで居なければ資格が失効してしまうのだ。
しかし、自分でも顔が青ざめていくのが分かった。かといって今の時点で気分が悪いわけでは無い。ただ異常に身体が冷たいだけだ。
ようやく講義も終わり異様に冷たくなった身体で帰宅した。
その夜は家人を気にしながら夜中に何度かトイレに通った。吐き気が強かったのだ。だからと言って自分ではそう具合が悪いと思っていなかった。仕事はあの上司のせいでやらなければならない事が山のようにあったし、具合が悪いと言った途端、会社を休めと言われるだろうし、そんな事ばかり考えてなるべく静かにトイレに通った。
翌日、流石に体調が悪く午前中は病院へ行く事にした。
朝、9時過ぎに予約を取るため病院に電話を入れると直ぐに来れば診察をする時間がとれるから来るように言われた。
そしてごく普通に電車にのりごく普通に病院に着いた。
受け付けをし診察をし抗生物質の点滴を入れ始めたまでは良かった。
その後直ぐに気分が悪くなり看護師二人にトイレまで運んで貰った。そこで更に急激に気分が悪くなり腹部に強い痛みを感じそのまま動けなくなった。看護師の一人が慌てて外へ出ると車椅子を押して戻って来た。誰かが何処かで「空きベッドの確認を!」と叫んでいる。
二人の看護師が「せーの」の掛け声で私の体を持ち上げると車椅子に乗せた。物凄い勢いでトイレから出るとそのまま廊下を車椅子で運ばれた。トイレの扉の脇に主治医がいたのを目の端に捉え不思議な気がした。
一瞬、意識が飛んだのか次に気がついたのは洋服のままベッドにいる自分だった。吐き気は依然として強く物が考えられない。
主治医がやって来て「痛みはどう?」と尋ねるが声が出ない。「もう少しすれば効いてくると思うから」重ねてひどく優しい声で主治医が言った。
苦しすぎてうなづく事も出来ない。
結局、3日間苦しんで容態は落ち着いた。
病院の白い壁がぼうっと柔らかに光っているように見える。そして静寂。
布団に包まり白っぽい光のなに静寂ともに居る。うるさい人の声もテレビの音も何もない。追い立てられる仕事も怒鳴り声も無い。
ああ、とため息が一つ。
こんなにも疲れ果てていたのか。
6月の前の雨 Kmaimai@文フリ東京ア-25 @Kmaimai
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