Epilogue
〜閉幕〜
歓声が会場を占める、啜り泣く声もそこかしこから。
明かりが灯る頃には多くの人が目を赤くしている。もはやそれが定番となっている悲恋のストーリーが幕を閉じた。
五年間欠かすことなくこの舞台を見届けている私は案外スッキリとしたものだ。かつて大多数の観客以上の深い悲しみを覚えたのが嘘のように。
「だってもう出逢ってる気がするんだもん、この二人」
「夏南汰と雪之丞?」
「うん。こんなに想い合っていたんだよ。きっと今頃何処かで……」
「天国、かな」
「生まれ変わっていたりして」
「そうかもね」
彼と手を繋ぎながらしばらくは余韻を噛み締めた。バッドエンドと呼ばれるような話にも、私は今や必要性を感じている。そこから学ぶことが沢山あるからだ。
そして悲しみ以上に胸に残る……絆。
これがあるだけで随分と救われるものだと思っている。五年のうちに私の感性も随分と変わったものだ。
今夜は五年前の七夕に続く特別な夜となるだろう。
明日は人生に二度と無い特別な朝を彼と共に迎える。
「一緒に居られるときが来たね、カナタ」
「忘れた日なんて無かったよ、ユキ」
逢えない時間が長かった分、交わし合う愛も深く長く続いた。今の私たちに激しさは要らなかった。持ってきたお気に入りの海のタペストリーに見守られながら、波の音を聴きながら、ただこの時を迎えることが出来た喜びをひたすらに分かち合った。
ユキは約束通りにこうして帰って来てくれた。
同じ生物課でも日本と本部とでは規模がまるで違うのだが、彼はあちらでも室長としての責務を果たし望んでいた知識を身に付けてきた。
努力の甲斐あって部長候補へと名が上がった。このまま本部に残る選択肢をより強く推されたらしい。これは予想以上の業績だった。しかし彼は予定通り日本研究所への帰還を希望したのだ。
僕と君の為。彼はそう言ってくれた。仕事は大事だし夢は諦めない。だけど何より君を幸せにする未来を叶えたいと言って私を大いに泣かせた。
生物課の首席研究員となった私は、同じ立場であるナツコさんと次期室長の座を狙い競っているところだ。
とは言え、実際のところ彼女とは協力関係や同志といった言葉の方が相応しい気がするよ。私は彼女を尊敬しているし、ありがたいことに彼女も私を認めてくれている。先を越されたところで地団駄を踏むようなことはないだろう。
ユキは日本研究所における部長の座に着いた。もう同じ研究室には居られないし、本部に出向く機会もそれなりにある役職だ。
だけど心細くなんてないよ。
だって、これからは……
温め合うようにして眠りについた日から一夜が明けて、ついにこの日が訪れた。五年前から私たちはこの約束をしていたのだ。
とっておきの白い衣装に身を包んだユキと私は、静寂の室内から希望の扉へと揃って手を宛てがった。顔を見合わせ頷いて、共に光を受け入れる。
青く澄みきった真夏の空の
「わぁ……!」
皆の歓声が湧き上がる中で私も小さな歓声を零していた。
ひらひら舞う。はらはら踊る。
待ち焦がれていたその光景は……
「真夏の雪」
「本当だ」
鐘の
「嬉しいよ……ユキぃ……っ」
「あぁ、カナタったらまた泣いちゃって」
惜しみなく降りしきる。胸が熱く満たされていくのがわかった。
――ねぇ、ユキ。
白い教会を背にして階段を降りるその途中。歩みを止めた私は切り出したのだけど、なんだい、と目を細めて覗き込む彼を……大好きなその笑顔を見つめていたら、うん、やっぱり今はこっちじゃないかなって思えて。
「ブーケ投げようか!」
「そうだね、誰が貰ってくれるか楽しみだ」
そう、今はただこの瞬間を。私たちの新たな門出をいっぱいの希望で満たそうとブーケ越しに手を握り合う。
青空を彩る雪の中へ力一杯放った。
この幸せを継いでくれるのは誰だろうと弾む心で振り返った。見届けた私たちはきっと共に笑っていただろう。
彼の隣で瞳を伏せて、胸の内だけで語りかける。
ねぇ、ユキ。
何故だか今わかった気がしたんだ。
雪之丞にとっての真夏の雪はあまりに悲しいものだったけれど、きっと夏南汰は違ったんじゃないかな。
――夏と冬。共に在ったら素敵だと思わぬか?――
これを見せたかったんじゃないかな。
だって彼……私の先祖は、とても楽観的で明るくて、ちょっと迷惑な破天荒で、気まぐれな真夏の太陽みたいな人だったって言うじゃない。
いろんな世界を旅して、いつか何処かでこんな光景を見たんじゃないのかな。
そして自分では気付いていなかったんだろうけど、本当は……本当はね。
最愛のユキと共に包まれたかったんじゃないかなって。この真夏の雪の祝福を受けたかったんじゃないかって、今、私にはそう思えたんだよ。
だけどこれはまた今度話してあげるね、ユキ。
再び瞳を開いた私は、いつか夢見たそれよりも遥かに眩い現実に目を向ける。
親友のミコトが願っていたことは今や世界中に広まり、私たちも晴れて婚姻を結ぶことが出来た。元よりずっと付き合い続ける気でいたけれど、堂々とこの関係になれるっていうのはやっぱり嬉しいよ。
傍に居る時間の長さよりも二人の尊い絆を育てていく、ずっとそんな間柄でありたいし、これからは一層支え合っていきたい。
そっと天高く腕を掲げてみせた。哀の響きを持つ青い花よ愛に染まれと願いを込める。
煌めいて。今日という日はどうか、勿忘草に祝福を。
見つめているのは今だけど、あの舞台のエンディングに酷似した光景が自然と脳内に流れ込んだ。
断崖から晴れの海を眺めている夏南汰は凪が訪れたところで隣の気配に気が付いてそちらを見上げた。そこには優しい微笑みで見下ろす雪之丞が居る。魂が再会したという比喩なのだろう。
亡き存在となっても二人は実に幸せそうだ。しかと手を取り合ったなら、再び海へと向き直って言葉を交わすのだ。
――夏南汰――
――ユキ――
なんだろう、合間に何か呼び合っているようだけど
――ナツメ――
――冬樹さん――
その声は聞こえない。今の私には聞こえない。それでも。
――ナツメ――
――雪那――
確かにお互いを想い合っているのが伝わるんだ。
これだけはわかる。
対極の磁石が引き合うように互いを手繰り寄せた私たちは、何度生まれ変わろうとも何になろうとも、きっと想いは変わらないのだと。
『いつの日か共に行こう!!』
この身体に響き渡ってくる、あの舞台の締め括りの言葉。私にとってはまるで始まりの音色のようだよ。
「綺麗だね、綺麗だね……ユキ。逢えたね、私たち。真夏の雪に」
両手を広げその中へと飛び込んだ私の視界が熱く滲み出す。それでも今日は笑っていたいからと満開の表情で君の方をちらりと振り返る。
「カナタ……」
「ねぇほら、ユキもおいでよ」
――カナタ……!
溶けない雪。幻想の紙吹雪の中でくるくると舞う私を彼が羽交い締めにして捕まえた。きゃっと小さく鳴いた次の瞬間には、その微笑みの近くまで抱き上げられていた。
冷やかす声がそこかしこから届いてもユキときたらお構いなしだ。ぎゅうと苦しくなるくらい抱きすくめられ、熱い吐息を零す冷たい唇を頰に受けた私は……
「あぁ、愛おしい。君は最高の夏だ」
もはやされるがまま。為す術もなく……いいや、むしろ喜んで。
愛する人の腕の中で幸せな陽だまりとなったのだ。
『真夏の雪に逢いに行こう』〜完〜
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発端は大正時代。少年同士の恋から始まり、私たちの知る現代を超えて遥か先の未来まで。何世代も続く実に長い歩みを
ラストは五ノ章に登場したキャラクターたちの紹介を改めてお送りさせて頂きます。魂たちの刻んだこれまでの軌跡に想いを馳せて綴らせて頂きます。皆様にも最後までお楽しみ頂けましたら幸いです。
☆✴︎☆✴︎☆
✴︎
五ノ章に於ける主人公。おっとりマイペースでやや天然な性格。パンケーキを始めとしたスイーツが大好きな甘党である。心を許した相手には非常に甘えん坊な姿を見せるが大して自覚してないらしい。父・日本人、母・ドイツ人のハーフである(正確には先祖に何人かヨーロッパ系の血縁が存在している)
前世はナツメで前々世は
誕生日:五月十五日(牡牛座)
★☆★☆★☆★☆★☆
✴︎
カナタと同じ国際科学研究機関の上司。周囲から『ユキさん』の愛称で親しまれている。普段は口数が少なく自分に厳しい面を持っているが、柔らかい表情と紳士的な振る舞いが身に付いている為、周囲に対してそこまで角は立っていない。
前世は雪那、前々世は磐座冬樹、更にその前が春日雪之丞である。ナツメの申請によって孤独なシャーマンから離脱。しかし磨きのかかった霊力は保ったまま現在へと至る。勿忘草を頼りに片割れの魂であるカナタへと辿り着いた。現在は、大切な人を幸せにしたいからこそ自分を大切にする思考へ。自己犠牲を繰り返した過去もきっと報われることだろう。
誕生日:十月二十五日(蠍座)
★☆★☆★☆★☆★☆
《
✴︎柏原ナツコ(二十歳〜二十四歳)
現在はカナタと同じ首席研究員である女性。物静かであるが大変優秀。時々核心をついた発言で周囲を驚かせるタイプだ。
前世はヤナギ、前々世は夏呼。カナタに強い憧れを
誕生日:九月七日(乙女座)
✴︎柏原ナナコ(十七歳〜二十一歳)
ナツコの妹であり同じ研究員。こちらもかなり優秀であり、若年で現在の職場へ就職を果たした。明るく社交的な性格。実はオタク気質であり、脳内で推しのカップルを想像しては内心ニヤニヤしている(ちなみに単に周りに知られていないだけで、オタクを隠しているつもりは無い)
前々世は
誕生日:九月二十五日(天秤座)
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✴︎
日本研究所にサンプルの植物を提供している花屋の店長。繊細な印象の職業に対して立派な体格がギャップとなっている。何に於いても豪快な受け止め方をする兄貴気質な性格だ。おちゃらけてるように見えて責任感はとても強い。雪音の学生時代の後輩でもある。
前世はブランチ、前々世は秋瀬陽南汰。魂がより大切に想う存在がカナタの方であるとは思いもしないことだろう。雪音を精神的にサポートするポジションに着いたのは、カナタの最愛の相手を今一度理解すべきと判断したからなのかも知れない。
誕生日:十二月三十日(山羊座)
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✴︎ミコト・キルスティン(十二話の時点で二十歳)
カナタの留学時代、ホームステイ先となった家庭の息子。同じ研究職を目指していたことからカナタと意気投合。国際科学研究機関本部に於いて就職を果たした。強気な自信家。人の面倒を見たり頼られたりするのが好き。とても情の厚い性格である。サーフィンが好きで碇の
前々世は磐座命。カナタと同い年でありながら兄のように振る舞うのはかつての弟分に対する想いが残っているからなのか。現在は同性の恋人と前向きで順調な交際を続けている。
誕生日:八月六日(獅子座)
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✴︎
日本研究所の所長。柏原姉妹の叔父であり、雪音にとっても遠縁の親戚にあたる。普段は研究員たちの前にあまり姿を見せない思われているが、それは一目で所長とわかる姿で現れる頻度が少ないのであって、主に植木の手入れや清掃などをしながら度々研究所内を巡回している(恐縮されるのが苦手だからである)百を超える部下たちの名前をほぼ正確に記憶しているくらい、本当は彼らが気になって仕方がないらしい。ロマンチストで独創的な思考を持っている。
前世はアズライト・ベクルックス、前々世は柏原迅。口には出していないが、カナタを一目見た瞬間から超絶可愛いと悶えていた。あくまで公平に接しているものの、妙に思い入れの深いと感じる人物が研究所内に何人か居る様子。
誕生日:二月二十五日(魚座)
☆✴︎☆✴︎☆
ここで著者視点からほんの少し語らせて頂きます。宜しければもう少しお付き合い頂けますとなお嬉しいです。
この『真夏の雪に逢いに行こう』は、他投稿サイト・小説家になろうに掲載している『半透明のケット・シー』へ試作的に投入した番外編(勿忘草〜カナタの私とユキの君〜)が原点となっております。
あのときは紛うことなき悲恋の物語でした。ある程度の設定は組んでいて、カナタとユキもいずれは遠い未来の世で幸せになるのだと知っていました。そしてケット・シーの連載を終える頃、著者にある願望が芽生えました。
そこまで決まっているのならやはり形にしたい。悲恋を経験したこの二人が、ちゃんと幸せを掴み取るところまで私も見てみたいと思ったのです。
もしかすると創作をやっている方なら覚えのある感覚かも知れないのですが、書いてみると次々の新事実が浮かんできました。
幾つか例を挙げますと……
①まさかあの穏やかなユキが夏南汰に噛み付くとは思わなかった(三ノ章/四. 痛定思痛)
②まさか夏南汰に娘が居るなんて思わなかった!(番外/其ノ伍~彼方へ届け、陽だまりの息吹~)
③まさかユキがあの人と関係を持っていたなんて……しかもあんな事情で(Chapter4/6. 藍染)
④まさかナツメが自分の寿命を削るなんて……!(Chapter5/8. 精選)
特に度肝を抜かれたのはこんなところでございます。思った以上に複雑に絡み合っておりました。
それでも彼らは一生懸命もがいていて、自分以上に愛する者の幸せを願っていたりするものですから、なんとしてでも諦める訳にはいかないぞと私も身の引き締まる思いでした。
ラストに近付くに連れて、この物語から伝えたかった想いが明確に蘇ってきました。
まず一つはあらすじに在ります。
――愛したのはただ一人の“君”――
小説は文章表現から読者様なりに感じ取って頂くものですから、作中では特にこの一文を強調することなく伝えられないかと奮闘しました。
そして書き進めていくうちに生まれたメッセージはこちらです。
――貴方を愛するように自分を愛そう――
――誇れる自分で君を愛したいから――
これも前話の後書きにこっそりと仕込みました。
そう、自分を愛せないままだと結局相手を悲しませてしまうんです。好きな人が自分で自分を痛めつけていくところなんて誰だって見たくないはずですよ。
愛と依存も
思いやりと自己犠牲も
本当は違うのに履き違えやすいところでございます。
だけど、最初から上手くいくなんて人も少ないのではないかと思います。
この作品はファンタジーですし極端な例ですが、生まれ変わりというのは一つの生涯の中でも度々起こっているのではないでしょうか。
もしも
「大切な人を幸せにしたいけど上手くいかない。苦しい」
とか、
「相手を好きになればなる程、自分を嫌いになっていく……」
という方がいらっしゃいましたら、是非自分を愛するところから目指してみてほしいのです。
自分に栄養を与えてあげれば、肌(触覚)には潤いが戻り、視界(視覚)は晴れて相手をより見やすくなります。その人が本当に自分を見てくれているかどうかもわかりやすくなります。世界も広がって見えることでしょう。
某文豪様の言葉と重なりますが、著者は恥も後悔も多い人生を送ってきたと自負しております。
精神的にも肉体的にも自分を傷付けるのが通常の流れになっていたくらい、自分をまるで好きになれませんでした。今も危ういです。光の射す水面を目指して我武者羅に泳いでいるところです。そんな人間の小さな戯言と思って下さっても大丈夫です。
だけど今までより少し自分を労わるだけで……
その優しさは鏡に映したかのように相手にも響くのです。
そして本編はこれにて完結。最後にここまでお付き合い頂きました全ての皆様へ感謝の想いを込めて一言贈らせて下さいませ。
『ありがとうございます』
シンプルですがやはりこれに尽きますね。
この創作という旅の道のりで、皆様に支えられてここまで歩んできたことを私は忘れません。
七瀬渚
真夏の雪に逢いに行こう 七瀬渚 @nagisa_nanase
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