11. 暁
儚く熱く、燃える
この色の持ち主が
静寂と強さの青色。情と愛欲に満ち引きする海のような……こちらが
しきりに思考を巡らせるナツメの側、筋雲を飛ばすが如く長い息を吐いたメグルの方が語り出す。
「正直に言うと又とないチャンスだと思っていた。暴漢の脅威から逃れさせ、手を繋いで駆け抜ける途中ですでに気付いていた。この女にはシャーマンの縁を受け継ぐに相応しいだけの霊力がある。しかも金持ちの令嬢、子を満足に育てられるだけの財力がある。俺の持つ霊力は媚薬のような効果を相手に与えることが出来るから、このまま契りを交わすところまで持ち込めれば……などと」
そこまではあくまで任務としての思惑だったとメグルは言う。だがしかし。
「実際はそんな霊力など必要無かった。あの蔵の中……
俺の片割れの魂……
まさかこの女が、そう、なのか。
タマキの潤んだ黒の瞳は、すでにむせ返りそうな程の女らしい色香を放っていた。
頰に触れたのも指を絡ませたのも、一つ、また一つと教えてやろうと思ったのも、メグルにとってはもはや使命感などではなかった。
それから数日後、タマキは何度となくあの問屋を訪れた。
付き人の目から逃れることは難しい。それでも彼女なりに思考を凝らしてこんな提案まで持ち出したのだ。
「これから買い付けの際には蔵の見学をさせて頂けませんか? ここの品物は大変魅力的で興味深いです。出来れば……一人で、ゆっくりと味わってみたいのです」
店主も付き人も初めこそ戸惑っていたものの、自信に満ちたタマキの表情と心くすぐる前向きな言葉に判断を動かされた。
鍵を所有している頭巾の男は案内と見張りだけを命じられた。付き合いの長い店主と付き人は店内に戻るなり世間話などに花を咲かせる。
その僅かな時間に……
「メグル様、メグル様」
潜めた声の呼びかけと手招きの後に、施錠の音が鳴り響く。
「タマキ様、このように声を潜めねばならぬことをお許し下さい」
「されどこうするしかないではありませぬか」
詫びるメグルをぐいと見上げる、タマキの瞳は艶かしく、そして恨めしげであった。悔しさを飲み込むみたいに唇を噛み締めた後は、決まってこう問いかけた。
「今日は何を教えて下さいますの……?」
堅く閉ざされた蔵の中で何度となく熱い吐息と切ない想いを交わらせた。冷たい壁を背にして時を忘れそうな程に深く、深く。
乾いた暗闇も埃っぽい匂いさえも、潤いで満たされていくかのように。
「これだけ教えて頂いてもまだ求めてしまう私を許して……色も形も、貴方のものになってしまいたい……私を」
互いに手繰り寄せた漆黒と白銀が絡み合う。二色の絹糸が折り重なり形を為すように。
「禁じられているからこそ燃え上がる女の悦びじゃ。ナツメ、其方もよく知っているものであろう?」
頰を染め、熱っぽい流し目を送られると、ナツメも思わず熱くなる。
とりあえず今のワダツミがこの姿で良かったと思った。あの幼女の姿でこんな話をされたんじゃあ、なんとも複雑な気分になったに違いない。
「一つになることを覚えた私たちは、やがて一つの決意を共にした」
――それこそが逃避行じゃ。
おもむろに腹部をさすったタマキがその動機を続ける。
「私はメグルとの間に子を宿した。許されないのはわかっていた。だから、これからは三人で生きて行こうと思ったのじゃが……」
――そうもいかなかったんだ。
切なげに瞼を伏せたメグルがその理由を続ける。
「俺の正体はアストラルのシャーマンだ。タマキの望みを叶えてやることは出来なかった。俺も彼女の居ない人生なんて考えられなくなっていた。だから……真実を告げたんだ。あの町から逃げ出す前の晩に」
『今思うと紛うことなき罪だった』
重なり合った二つの声が絞り出すように語った。
「俺はこの世界の人間ではないのです。本来なら実態すら存在しない。タマキ様、貴女方が死後に辿り着く世界、それこそが俺がこれから戻り行く世界」
「メグル、貴方の居ない世界になど私の生きる意味はございません。罪の無いこの子は無事に育ててあげたい、だけど、貴方が還るという
やがて産まれた赤子を“幸せにしてあげて下さい”という一方的な
そして小刀を共に持ち、互いの首筋に宛てがった。こうして自ら死を選んでしまったこと。
「ああ、愛しい貴女を連れていかねばならないなんて」
メグルの夕焼け色の瞳から絶えず涙が零れていた。
塩辛い味が流れ込む口付けを最後の契りとし、意を決して刺し違えた。それは一見終わりのようであり、実は数奇な運命が動き出した瞬間でもあったのだ。
「実際はすぐに死んだのではなく、共にアストラルへ渡ったのじゃ。借り物であるメグルの肉体は消え、発見されたのは重症を負ったタマキの肉体だけ。おそらくは遺書を遺していたことで心中と判断されたのじゃろう。掟を破ったメグルは一族の元に帰ることも出来なかった。だから決意が定まっているうちにと共に身を投げた。私たちが本当に息絶えた場所はここだったのじゃ」
その話を聞いて一つ謎が解けた。
夜と海を思わせる青色。それはどうやら、幽体世界に於いてタマキの幽体が染まった色らしい。
そして時を経て実現した輪廻転生。
本来の場所へ還ったメグルは次の世でフィジカルへ、現世を捨てたタマキはカルマを背負って二度目のフィジカルへと生まれ落ちることとなった。
刺し違えた傷痕を大切に残したまま……
「こうして逢引転生と名付けられるものが出来たのじゃよ。元々、メグルがフィジカルに継がせようとしていた能力は、ツインレイ同士を見付けて巡り合わせるいわば橋渡しの能力だったんじゃが、私たちの行いのせいで磐座家は、自らの魂を持ってツインレイを目指す一族となってしまった」
一通りを語り終えた現在のワダツミが二色の瞳を伏せる。今もなお中で生き続けるタマキとメグルが打ち明ける。
「現世を捨てる罪の代償はどの魂も同じじゃ。しかし、二度繰り返せば永遠にフィジカルへ縛られるという条件は磐座家だけのもの。これは転生を繰り返して末にこの姿となった我々が決めさせてもらった」
「逢引転生を呪いの
『ナツメよ、己を半分削ってでも片割れの魂を解き放つ……それが其方の願いならば、事の発端である我々が責任を持って力になろう』
申請はついに受理された。それはナツメにとって余命十年未満の宣告に他ならない。
なのにどうだろうか。
「ありがとう……ございます……っ!」
満ちてくるのは温かい涙だ。心からの喜びだ。
「ユキ……どんなに時間がかかっても必ず私が逢いに行くけぇの……っ、それまで君は、君の人生を精一杯生きてくれ……!」
内なるカナタの波長も震え出す。おさまるところを知らないのは、こんな切なる願いだ。
すっと波長を鎮めていく。あの幼げな“ワダツミ”に戻り行くシャーマンの先祖がわずかに微笑んだ。
「大丈夫じゃ、きっと。ナツメ、それからカナタ。悔いなく生きようとするその気持ちを忘れるでないぞ」
潮騒の音から、天の星々、そして目の前に居るはずの存在までもが霞みゆくように思えた。それはちょうど朝日が訪れる頃。
「ワダツミ……!」
沖から吹き込んだ風にあおられると、ナツメは涙目のまま身を乗り出した。
今まさに消えかかろうとしているワダツミに向かって自らの決意を高らかに告げる。
「感謝する! 私は生きてみせるよ。例えあと十年ともたなくても、いつかユキと再び出逢う為に……あなたのような強き魂となる為に、私は……!!」
もう姿も見えないのに、ワダツミが頷いてくれた気がした。声だけが聞こえた。
……ああ、私もまだ責任を取らねばならぬことがある。我々の子孫たち……磐座家ばかりに随分と負担をかけてしまったからな、そろそろ協力者となる血族を探すつもりだ……
……諦めぬこと……
……そして、支え合うこと……
……其方たちから学ばせてもらったよ……
限りなく
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前回に続いてちょこっと紹介をさせて頂きます。
古き時代の悲恋を超えて、転生を繰り返し、やがては一体となった
運命の相手との永遠を求めた……というところで共通点のあるツインレイたちですが、選択はやはりそれぞれに違っていたようですね。
申請はついに受理されてしまったようです。この先をナツメはどう歩むのか?
「Chapter5」も終盤でございます。引き続き見守って頂けましたら幸いです。
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