第13話 □□□凸□□□
「お姉さん、時空の管理人とかいう奴の権限でそいつの場所が分かるとかないの」
アルトが口を尖らせ責めるが、魔女も口を尖らせ返す。
「アナです。分かったら苦労しないんだなこれが。そもそも時空を渡るのもある程度決まり手順がありましてね、それが破られるのがつまり世界の境界が蔑ろにされるつまり崩壊っていうことで、君たちはよく知ってるよね?」
確かによく知っているのだった。
「せめてアリシアを元の美少女っぽい感じにしてもらったりとかは」
アルトの肩に乗っているアリシア(白くてモフモフでちょっと大きい綿埃みたいなかわいい生き物)を指さす。
「それもねえ」
魔女は難しそうに、
「もともと無茶な手で世界を渡ってしまったからねえ。今そのかわいい状態で安定しているものに手を入れるのはよろしくないので。私の使命は元々の世界にあるべきように返すってことだよ」
アルトはその言葉を聞いて、顔を曇らせた。
「むー」
「大丈夫だよ」
気付いてにこりと笑いかけるアルト。そういえばかわいいなどと言われているが、今、自分の顔などはどうなっているのだろうか。表情で感情くらいは伝わるものだと思うのだけれど、さっきから何も伝わっていないところを見ると望み薄だ。
「そろそろ動きましょうか。体中痒くってならないわ」
「むー(考えて服を着なさいよ)」
「ムヒ持ってきたかったなあ。環境破壊だからなあ」
どちらにしろ森の中でじっとしているわけにはいかない。話は歩きながらでもできるのだし、アリシアは会話に参加さえできない。
魔女の先導で森を進む。
「この森を抜けると街道に出るの。今晩のうちにはその先の町に着くと思う。しばらくご厄介になるでしょう」
「と、言うと?」
「星の並びが揃わないと世界を渡るのもままならない。そもそも、渡り先が今は決まってないんだからね。『神』がいる世界を特定するには時間がかかる」
どうやらこの女も手探りのようである。
「君たち自身を材料として探りを入れるの。ただ、君たちがこの世界に飛んできたってことには何かの意味がある筈、それは君たち自身も探ってほしい」
「むー」
「できる範囲で」
長い旅になりそうだ。
しばらく進み、アルトが口を開く。
「そういえば、この世界のことが全然掴めないんだけど。魔法はあるみたいだな」
「そうだね、魔法もあれば人を襲う害獣もわんさかいるみたいだよ。いわゆる魔物に魔王もいらっしゃる」
よかった、なんとか理解できる話のようだ。
「どうも俺の魔法とか、チート能力が使えないみたいなんだが」
「残念でした」
アルトが勇者できないとなれば先行き不安だ。
「魔法を習得するのは諦めた方がいいよ、私はこれでも齢二百歳を超えるキャリアの中で類似の魔法体系を習得していたって幸運に恵まれたから。身を巡るマナの存在の把握の段階でそちらの魔法とはやり方が違うでしょう。剣術なら通用すると思うけど」
魔女は振り返りアルトを一瞥、
「今まで力任せでやってきたとしたら、それがもう無理って分かるよね?」
「やっぱりな」
アルトが唇を噛んで苦い顔をする。
「むー(元気出して。世界を壊そうとしたときのあなた、今までとは違って見えた。無茶苦茶な力がなくても、きっと何とかなるわ)」
「それなりにでも動けりゃいいけどな」
今にもモンスターが襲ってくるか――と思うが、そんなことはなく、
「よし、道に出た。敵に出くわさずに越したことはなしよ」
気分上々の魔女。木々は疎らになり、石を敷き詰めた道が続く。
「ほら、こんなに立派な道が通ってるってことは、この辺りは人の手がよく届くの。あーんぜん」
「経験値……」
「そんなシステムはありませんから。消耗だから戦わない方がいいんだって」
やっぱりこの世界も難しいかもしれない。
街道を進みながら、魔女も慰めるようにフォローを入れる。
「確かに筋力とか技術とかが大事で、それが無いってことは不利だよ。ただ君も、一応修羅場切り抜けてきたんでしょお、命のやり取りってやつを。その胆力とか度胸とか、人間程度の小手先のなんちゃらが通用しない相手をすることになれば、活きるんじゃないのかな」
「お気遣いをどうも」
アルトの返答は魂が抜けたようだ。
それよりも自分はどうなのだ。もともとは王女でありながら予言を受けて魔法の修練に励み、勇者をサポートしていたのだが、聞いての通り魔法は使えないそうではないか。いやそもそも、謎の生き物になってしまったのだった。しかも、弱そう。
「むー」
「姫よ案ずるな、あなたに関しては私もよく分からない」
「むむ」
なんてことだ。
遠くを見ると何かが近づいてくる。
「むー」
「馬車かな?片側に寄って寄って」
一行が街道の左端に寄ると、一頭立ての小さな馬車は駆け抜ける……かと思いきや、少し過ぎ行って止まる。
「私たちに用事ですか?」
魔女が声を掛けると、馬車の持ち主であろう紳士が顔を出した。
「あなた方、ダノイナへ向かっているのか」
「ええ、その通りですわ」
「私はダノイナから来た。やめた方がいい、あの町はもう駄目だ」
彼の顔は蒼白で汗びっしょりだった。尋常ではない様子だ。
「駄目?駄目とは。私はあの町に滞在していて、大事な荷物を置いていたのですが」
「諦めなさい。私に止める権利はないが、これ以上留まる暇もないのだ。」
「せめてそのわけを。暴動が起きたとでも言うのですか」
魔女がその慌てぶりにことさら訝しんでいる。
「ああ、もっともだ、だが、アレを何といえば……類を見ない魔術とでも」
「私はこの通り魔術をやっているけれど、そんなに危険な魔術があの町で?」
「あれは、まるで、神話に言う神降り落ちるやもその天の裂け目から、だ……」
紳士は震えているようだった。やがて諦めたように首を振る。
「私は……私は早く首都へ赴き、惨状を伝えたいと思っている……首都の魔術師であれば理解できるのではと……あなたがどれ程の術者かは知らぬが、警告は差し上げた。とって返せば徒歩でもダノルーアへ辿り着き、馬も得られるだろう。馬が残っていればだが」
そう言い、彼は馬車の中へ引っ込むと、馬車もすぐさま駆け出した。見送りながら、
「しまったかな。君たちだけでも載せていってもらった方がよかったのかも」
唸る魔女。
「私はこのまま行ってみる、私の仕事のような気がしてならないからね。しかし命の保証まではできないよ。彼の言うように、向こうへ街道を辿れば別の町へ着く。多分逃げた人々が大騒ぎしているんでしょうね」
指で先を示して、
「どう?」
「アリシア、どうしようか」
「むー(ダノルーアって方に行けば)」
命の保証もないのだし。
「行きましょう、ダノイナへ」
「む」分かっていたが通じない。
「これも何かの縁、というか。たまたまと言うには俺たちは特殊過ぎると思うんだ」
「いいよ、それも分かる。私にも何かはまだ分からないからね。良いのかも悪いのかも、よ」
仕方がないか、勇者っていうのは首を突っ込んでなんぼの人間なのだから。
アリシアは溜息を「むー」と吐くと、アルトの肩にしっかりと掴まった。というか、自分は何を使って掴まっているのだろう。鏡が欲しい。
平坦な道のり、街道から見えるものは穏やかな木々ばかりであり、何か大変なことが起きている気配は感じない。強いて言えば、静かだ。あの馬車の彼が最後の住人だったのだろうか。いくらか進んで、
「そろそろ町が見えると思うんだけど」
魔女が呟く。
遠くに陽炎のようなものが見えた気がした。
「むー」
「確かに。もう少し近づいてみないと」
近づくほどに陽炎めいたものの場所が間違いなく町であること、その上空に何かの異変があることに気が付く。
「あれって」
「ねえ、どう思う」
二人が足を止める。伝えられないが、自分の見たものを言えば。
真っ白の四角が上空から落ちてきている。
「テトリスかな」
「むー(なんて?)」
「テトリスか。めっちゃ簡単な気がするね、ブロックが正方形しか降ってこないんだからさあ」
魔女はこの光景から目を離せないようだ。アリシアとしては、色々とあり得ないことが立て続けに起こっているので、今更という感覚だ。
「むーむー(なんだか、アルトが世界を壊した時に似ている気がする)」
「間違いなくこの世界の魔法ではないなあ。大変嫌な予感がする。このそこはかとないプリミティヴは秩序の諸侯か」
「む(なんて?)」
魔女はアルトたちに向き直って、
「早速だけど、私個人で手に負えるか分からない化け物の存在を感じる。幸いあの町一つにこの超自然現象は集中しているようだけれど、君たちは今から戻る?あっち」
アルトは首を横に振り、
「渡りに船ってやつだろ」
「むー(違うんじゃない)」
魔女は小さく頷き(違うって言ってあげてよ)、
「落ち着いてね。それくらいしかアドバイスできない」
言ってまた進み始めるのだった。
町が町らしく見えてくると、いよいよその異様な現象が本当に異様なのだと分かる。遠くから見た通り、空を切り抜いたようにくっきりとした巨大な白い四角が落ちてきている。絵に描いたような、奥行きを感じないものなのだが、町の様子を見れば絵ではないことが分かる。大きな町だ、家も煉瓦造りの上等な家ばかりが見えるが、その多くは四角いものに潰されて見る影もない。落ちた後から白い煙が立ち上っている。
「見て、あの地面の色」
魔女が囁くように地面を観察すると、
「白い……」
まるで色を失ったかのように、石畳の地面が、四角と同じように真っ白になっている。
「私たちも、ああなりかねない領域ということみたいね」
「お姉さんはどうする心算で向かってるんだ」
今更ではある。
「内部へ行ってみないと、と思ってる。目的がない現象ではないと考えているし、ことによると、君の言った通り、君たちに関係のあることだと踏んでる」
アルトが唾を呑む音が聞こえてきた。アリシアにとっても遠くで見るときよりも落ちてくる四角は奇異で恐ろしく感じるが、彼が進むと決めた以上は見守るしかない。
「さあ、元ダイノナ町だ。ようこそ勇者さま」
魔女が茶化した。
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