大いなる意思の遊戯
第12話 森の中で目覚めるという些か手垢の付きすぎた始まり
気が付くと、どうやら森の中だった。
緑の葉を茂らせる木々と、隙間から覗く青空のコントラストが美しい。今までが悪夢を見ていたかのような、繊細で美しい世界だ。傍らには見慣れた勇者アルトがのびている。
本来王女アリシアが森の中で昼寝をしている訳もなく、残念ながら自分の悪夢は完全に現実だということは理解している。
アルトが目を覚ました。
「うん、これは……アリシア?」
「むー」
おや?
「王冠を被っているし傍にいるからそうなんじゃないかなと思うんだけど、アリシア、君なんかモフモフした白い大き目の綿埃みたいなかわいい生物になってない?」
「むー」
どうやらなっているようだし、『むー』しか喋れない。
「むーむー」
やっぱりそうらしい。
「これはどういうことなんだろうな……考えてみよう」
「む」
自分が考えてもアルトには何も伝えられそうにないが。
勇者はしばらく沈黙した後、話しながら考えることにしたようだった。
「俺たちが元いた世界はこんなに解像度が高くなかった。俺はまた別の異世界なんじゃないかと思ってる。実は俺、異世界から転生してきた勇者だったから、こういうの慣れてるんだ」
「むー(ズルい設定だわ)」
「俺たち以外のひとたちはいないか、アリシアみたいに姿が違うのか……」
なぜ自分の姿は変わってしまったのだろうか。
「今思い出したんだけど、俺が元いた世界のゲームで有名な裏ワザがあってさあ」
「むー(ゲームって何)」
「ゲームを起動させたまま、無理やり別のゲームディスクに入れ替えて、そのままマップを読み込ませるんだ。するとマップが変な形になる。そのままゲームディスクを元に戻してやると、なんとゲームがそのまま続けられるんだよ。これは、別のゲームデータを無理やり読み込んで形にしようとしてそうなっちゃった、それがたまたま上手くいっちゃった、ってことみたいなんだけど」
「むー(ディスクって何)」
「そんな感じで、元々のアリシアの情報がこの世界で読み取れるようにはできてなかったのかな、と推測してるんだ。俺はまあ、元々転生した人間だしチートだからなあ」
「むー(分からない)」
絶望するほど意思の疎通が困難なのだけれど、この先どうしていけばよいのだろう。
「そういや俺、チート使えるのか?ステータスオープン!」
沈黙。風が吹き抜ける。何も起こらない。
「マジか……アリシアと比べたらマシか」
「むーむー(比べてどうすんのよ!)」
「悪かった、怒らないでアリシア、何言ってるか分からないけど」
溜息を吐いてみたら「むー」と声が出た。飽きそうだ。
「うーん、やっぱり異世界っつってもファランや小鈴、国王のおっさんがいる世界じゃなきゃな。アリシアもこんなんじゃかわいそうだし、元の世界がどうなったか突き止めないとダメだ。あーあ、俺を転生させた『カミサマ』に会えるかと思ったんだけどなあ」
ぽりぽりと頬を掻く勇者。
「む(手がかりもないのに何から始めたらいいのかしら)」
独り言ちると、遠くの茂みがガサッと揺れた。人影だ。
勇者は身構え、自分も身構え……この身体、ふわふわ移動はできるが特に動かせるものが無いような……
特に構えずに観察を続けると、人影はとんがり帽子を被った髪の長い……女性だと分かる。モンスターではなくて一安心だ。露出がやけに多くてヘソ出しなのが気にはなるが。
「少年!敵じゃないわ!人の話し声が聞こえたから来てみたの。迷子かな」
「ええまあ、あの、人里に案内してもらえたら助かるんですが」
アルトも少し安堵した様子だ、女性が美人だからかもしれない。ちなみに自分はこんな森の中で黒ずくめ痴女みたいな恰好をしている女性は怪しいと思う。虫に刺されるだろうに。
「お安い御用、私は見た目通り魔女ってところだからね。あなたは見たところ勇者様見習いって感じか」
「ご想像にお任せします」
見た目から勇者なんてちょっと格好が目立ちすぎるのかもしれない。
「じゃあさ、道案内の対価にさ」
「む(がめつい女め。これだから冒険者ってやつは)」
「さっきの『カミサマ』の話、ちょっと聞かせてよ」
魔女の目の奥が光ったような気がした。
「それは……」
アルトは少し言いよどみ、
「道案内の報酬には高いと思いますよ?お姉さんも俺が知りたいこと、答えてくれたらいいかもなあ」
魔女がにやりと笑う。
「交渉か、いいよ。何が知りたいの」
「どうして『カミサマ』が気になるんですか」
ふふん、と言って今度は魔女が考える番だった。少しして、
「ご都合主義って好き?」
「大好きですよ。ラッキーに越したことはないでしょう」
「そうよねえ」
魔女は一呼吸入れて、
「私は多元宇宙の管理人、時空の管理人アルモレナーラ・空知野と言います。アナって呼んでね」
「むー(なんて?)」
さっきから誰も私の知らないことを説明してくれない。このご都合をすり合わせてくれる見えざる天の声もない。
「その名の通り、時空の異常があれば私の仕事。時空の異常っていうのは例えば軽率な『異世界転生』のこととか、ね」
アルトはしまった、という顔で、
「軽率な『異世界転生』だの『異世界転移』だのを取り締まる仕事をしてますよ、ってお姉さんは言うわけですか」
「アナって呼んでよ。安心してよね、そうした雑な転生を強要した奴をシメてるんであって、君らみたいなのは被害者だから」
魔女がウィンク。
しかし、よく考えると、アルトは元の世界を破壊してしまった気がするのだが。言うまい、伝えられないことだし。
「そして時空を超えた迷子を元々の場所へ送り届けるのももちろん私のお仕事です。ご納得いただけたかしら?」
「大変よくわかりました」
「むむ(本当に?本当に分かったのアルト?私何も分かってないけど?)」
ともあれ、森の中でたまたま出会ったにしてはラッキーということらしい。いや、この人はそもそも自分たちが目的で探していたのでは。そんな気がする。
「じゃあ、お姉さんはアリシアたちの世界へ連れて行くこともできるって……」
「できるんだけどね、その世界はちょっと帰れる状況ではないよ」
どきり、として思わず顔を見合わせるアルトとアリシア。
「世界の規模に見合わないオーバースペックな転生者を送り込んだばかたれがいるから……勇者安心したまえ、君のせいであるようで君のせいではないからね。チートなんて甘い餌でガキを釣る奴がいけないのだよ」
……分かっていらっしゃる。
「そういうわけですから勇者よ、このアナちゃんに『カミサマ』を名乗る者のことを詳しく教えてほしいの」
魔女は前かがみになり、二の腕で胸をきゅっと押し上げる。危ない!ワタボコリジャンプ!胸の前をふわふわのかわいい生き物が飛び跳ね、勇者の悩殺は回避された。危ないところだった。
「分かったよ、報酬だからな。俺がそいつに出会ったのは、そう、きっかけはトラック事故。トラックって分かるか?」
「むー(わからん)」
* * * * *
某月某日。
俺はトラックに轢かれた。
そして、目が覚めたら真っ白な空間にいた。
なんだかよく分からないが、目の前にはラノベでよく見る感じの銀髪の少女が立っていた。
俺はすぐにピンときた。テンプレだな。
「ここはどこだ、あんたは一体誰なんだ」
俺は少女に聞いた。
「私は世界を管理する神。名前は人間には発音できないけど、シルフィードと呼ばれるのが気に入っているわ。貴方は死んだのよ、真田在人」
「やっぱりテンプレじゃないか」
「貴方は死ぬべきではなかったの」
「テンプレ乙」
「貴方の死の償いとして、貴方の願いを叶えた異世界への転生を行うことになったのよ」
ラッキーだ。俺は元の世界ではただの引きこもりだし、死んでしまったことは悲しくもなんともない。
夢にまでみた異世界にチート能力をつけてもらって行けるなんてご褒美だ。
「異世界ってどんな世界なんだ」
「剣と魔法の世界で、闇の勢力、魔物たちに人間が追い詰められているの」
「ということは、俺は魔王を倒す勇者になるってことだな」
「めちゃくちゃに話が早いのね。助かるわ。限度はあるけれど勇者にふさわしい力を授けることができるんだけれど、要望はあるかしら?」
「そうだな、まず転生前の記憶は持ち越せること。俺が元の世界で遊んでいたゲーム『エンシェント・スクロール・オンライン』のアバターと同性能、同システムなら尚いいな」
「問題ないわ。システムとやらは勇者であるあなただけに使える魔法として与えましょう」
『エンシェント・スクロール・オンライン』は引きこもりである俺が毎日12時間以上インしてプレイしているMMORPGだ。
裏ボスさえも一人で10分以内に撃破できるほど強化されきった俺のアバター『アルト・マグナス』なら、どんな異世界の敵だろうと瞬殺できるだろう。
「そのかわり、武器や防具は向こうの世界の伝説の装備を自分で揃えないといけないわ。もっとも、勇者なら簡単ってバランスに調整されてるけどね」
「見た目は慣れた黒髪黒目がいいんだけど、向こうの世界ではどうなんだ」
「黒髪黒目は『世界を揺るがす者』の証し、となっているから、勇者には相応しいと思うわね」
俺は女神にそれで転生を了承すると、女神は何かを呟いた。
すると、俺の視界が真っ白になった。
「アルト、アルト、私があなたのママよ……」
気が付くと俺は見知らぬ天井を見上げていた……
* * * * *
「オーケイ、オーケイ。大分尺取ってくれて悪いんだけど、勇者よ君もう少し国語を頑張ろうよ。頼むよ」
魔女が胸元をぽりぽり搔きながら言う。虫に刺されたらしい。
「むー(馬鹿なの?)」
「ラノベでよく見る感じってどんな感じの美少女なのよそれは」
「ええと、目が大きくてなんかキラキラしてて」
「キャラ名で指定してくんない?商標とか関係ないから」
うーん、とアルトは悩みながら、
「ニャル子さんみたいな……」
「声は阿澄佳奈なの?」
「いや……松来未祐……」
「つらいわね」
また自分には分からないが、話はなんとか進んでいるようだ。
「なんだか君、呑み込みが早いみたいだったけど、どうして」
「そういうラノベ流行ってるし、好きだったんだよね」
魔女が頭を抱えている。
「適応力が正気じゃないけどなあ。それは資質か」
魔女が二の腕を掻きながら、(言わんこっちゃない)
「その後『神』の介入はあったの。君の冒険の手ごたえはどうだった?」
アルトは苦い顔をする。
「介入は、なかった。たとえ俺が魔王を倒しても、彼女は現れることさえなかった。手ごたえは……」
それが、アルトが世界を滅茶苦茶にしてみた理由だ。
「魔王を倒すと、エンディングだ。世界に平和が戻って青空が広がる。そして――初めに戻った、勇者として旅経つ前に戻るんだ。ものすごく気が狂いそうだったんだけど、俺は決められた物語の筋をなぞるようにしか動けなかった。だから何度も同じ冒険を繰り返し、世界が正真正銘ゲームの世界なんだって確信するに至った」
「そう、辛かったのね」
「俺は、俺だけじゃないってことに気付いた。世界の人たちが皆、内心飽き飽きしているような気がしたんだ」
まるで呪われた時を繰り返すかのように。
「そこで俺は、たまたま出会った悪魔と契約した」
「待って、悪魔とたまたま出会うなんて普通みたいに言わないで」
魔女は眉間を揉んでいる。頭が痛いらしい。
「そうとしか言いようがないんだ。勇者のレールに乗っていた俺が悪魔を呼べはしないし、とにかく俺は飛びついてしまった。結果として魂は売り渡したけど、自由を手に入れたんだ……」
そして少しばつが悪そうな顔をする。いいのだ、アリシアもまたその衝動を共有していた。そしてアリシアの世界を気にかけてくれているのだから、十分である。
「むー」
「アリシアもこんな姿になるなんてな」
確かにとんだ災難だが。
「分かった。私の見立てだと事態はなかなか複雑怪奇。せっかくだから協力してくれると助かるんだけど、どう」
「どうって」
アルトが自分を見てくる。
「むー(私の言ってることが分かるの?)」
「協力するよ」
これはダメだ。
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