「ここなら安全」

ここなら安全

　おれは犯罪に巻き込まれるのが怖いんだ。

　だから絶対、外には出ないよ。

　何があるかわかんないからな。

　偶然入った店に強盗がきて人質にされて殺されるかもしれない。

　外は命の危険に満ちてる。

　自分の家にいるのが一番安全なんだ。

　それがおれのスタンスだったのに、兄貴の野郎、余計なこと言いやがって。

「家にいたって危険はある」だってさ。

　この家に強盗がこないとも限らないって。

　冗談じゃないぜ、家にいれば絶対安全だと思ってたのに。

　これじゃ安全な場所なんかないじゃないか。

　なにが「ひょっとしたら俺が犯罪者になって弟を殺すかもしれないぜ」だよ。

　兄貴はカラカラ笑うけど、全然笑えねえよ。

　どうしたらいいんだ。

　おれはどうしたらいいんだ。

　犯罪には絶対巻き込まれたくないんだよ。

　絶対に犯罪者が襲ってこない場所。

　鉄壁の守りを誇る場所。

　……そうか、そうだ。

　刑務所の中なら絶対安全だ。

　よし決めた、俺は刑務所に入る。

　自分の命を守るために。

　ネットで「刑務所に入るにはどうしたらいい？」ってスレ立てたら、無銭飲食がお勧めらしい。

　確かにな。

　誰かを傷つけるとか、物を盗むとかじゃなくて、うまい物をたらふく食って逃げるだけだもんな。

　これが一番いい。

　よし決めた。

　そしておれは、美味いと評判の中華料理屋に出かけた。

　いつこの店に強盗がやってくるかも知れない。

　怖いが、ここは勇気を出すんだ。

　この店で強盗に人質にされて殺されるのは怖いが、今はその恐怖を乗り切るんだ。

　警察のお世話になってしまえばもう絶対安全なんだから。

　やっぱり外は怖い。

　いつ誰に刺されるかもわからない。

　そんなこと考えながら食ってたもんだから、最高の中華料理なのに味がわからなかった。

　まあ、とにかく食い逃げしよう。

　狙い通りというか、ほら、すぐさま警察に捕まった。

　やった。

　これで刑務所に行ける。

　と思ってたら、なんとまあ、初犯だから不起訴だとさ。

　冗談じゃない。

　仕方がないからもう一度身の危険を冒して無銭飲食に出向く。

　今度はフランス料理だ。

　ほらまた警察に捕まった。

　やった、今度は刑務所に行けるらしい。

　期間は短いが、少なくともそれだけの間、おれは鉄壁の塀に守られるんだ。

　ここにいれば絶対安全だ。

　どんな犯罪者も襲ってこない。

　おれの身は安全なんだ！

　―――その刑務所に隕石が落下したのは、彼が服役して数日後のことだった。