くもとかぜ

れんぎょう

第1話 はじまりは

 俺の朝は、愛犬まつりが腹に飛び乗ることで始まる。キャンキャンと高い声で吠えながら、軽くジャンプをしてくる。去年、一昨年くらいまでは耐えられたけど、今は少しずつ大きくなってきていて、何も入っていないはずの腹から何か出てきそうだ。

 以前、まつりが俺の腹に乗るまで何をしているんだ?と気になって部屋にカメラを仕掛けてみたことがある。スマホを部屋全体が見えるところに固定しておいて、録画をした。休日だったので次の日の電池を気にしないで出来たのは良かった。

 ビデオを翌日、いつも通りにまつりに起こされてから確認してみたら、結構面白い内容だった。後日同級生に見せたら大好評だったのだが、それはまた別の話。


 それはともかく。

 まつりはまず部屋の前で一鳴きしてから、一拍分待つ。起きる気配が無いことを確認してから、器用に部屋の扉を開けて部屋に入る。もう一鳴きして起きないなと判断したのだろうか、そこからダッシュで俺が寝ている布団に駆け寄ると、ぴょんっと腹に飛び乗る。そこで俺が起きた。1ジャンプで起きられたのは初めてだったけど、これからそこを頑張らないと朝から吐く羽目になりそうだから気を付けないと。



「ぅわっ! おい、ちょ……まつりストップ!」

 わんわんっ

「分かった分かった! 起きるから!」

 わふんっ


 蒼空が布団の周りをぐるぐると走り回るまつりの胴体を捕まえて顔の前に持ってくると、ぺろぺろと顔を唾でべとべとにする勢いで舐めてきた。尻尾の動き具合でどれだけ楽しいかは分かるけど、ちょっと千切れそうで怖い。

「蒼空ー? 早く起きないと迎えに行けないわよー?」

 階下から母さんの呼ぶ声がした。どうせ今日は授業のオリエンテーションがあるだけだからと余裕をぶっこいていたが、どんな時にでも早め早めの行動をしろということらしい。

 とりあえず布団を畳まないといけないので、まつりの体を撫でてから、床に下ろす。先に行っていろという気持ちを汲んでくれたのかは分からないけど、直ぐに部屋を出ていった。

「ふぁ~あー眠ぃ」

 慢性的な睡眠不足になっている気がする。でも早寝は出来ない。夏休みでもないのになー。

 蒼空は布団を手早く畳むと、部屋の端に寄せる。こうしておけば、母さんが昼間に洗濯をしておいてくれるからだ。昨日洗濯したばかりなのでやってくれるかは気分次第っぽいところもあるけれど。

「えぇと、今日の持ち物は筆箱、くらいか? 授業まだ何も無いしな……」

 首を傾け腕を組み、数秒思案する。今日やりそうなことと昨日の先生の話を思い返してみても他に持っていくものは無かったような気がしたので、思考を中断させて朝ごはんを食べるために下へ向かった。



*   *   *   *   *


 わたしの朝は、ラジオの音で始まる。お父さんが地元(埼玉)でいつも聞いていたラジオ番組で、6時から9時くらいまで朝のラジオパーソナリティーの人が喋っている。声的におじいちゃんな気がするけど、どんな人なのかなぁと思いながらも、調べたことはない。調べようと思ってても忘れちゃうからなー。

 ここまで考えておいてなんなんだけど、冬は毛布の被りすぎで暑くて、夏は気温的に暑くて、あえて言わせてもらうなら、お腹の空きすぎとかトイレで目覚めることも多々ある。〝女の子〟を優先しないなら、むしろトイレと空腹が一番の理由かもしれない。ラジオは二の次だ。


 わたしの部屋は2階にあって、向かい側はお兄ちゃんの部屋。部活の関係だかで7時半に家を出るから、結果的にご飯を食べる時間も早まって、それに巻き添えにされて(?)わたしのご飯の時間も早まる。こんな生活をしていたら、空腹で目覚めることが多くなってしまった!……別に起こっている訳じゃ無いんだけど。

 ただちょっと複雑な、乙女心ってやつである。



「こーまーちー。早く起きなさいって言ってるでしょー?」

「んあー起きるよ起きます起きれば良いんでしょー」

「そーよー」

 下の階からお母さんののんびりとした声が聞こえた。急かしてくれないのは時々ほんっとうに殺意が湧くこともあるけど、それ以外では穏やかな朝!って感じがしてすごく落ち着く。……ビックリマークじゃない方が良かったかもしれない。

 小町はむくりと体を起こすと、二度寝しないように素早くベッドから離れる。掛け布団はぐちゃぐちゃだけど、端っこを持ってふわっと少しだけ浮かせると、綺麗な状態に戻った。ささっと皺を消して、全体を確認する。

「うん。昨日寝る前に見たときと同じくらい。良い感じ」

 満足げに1つ頷くと、パジャマのズボンのポケットに入った黒い髪ゴムを取り出して、手櫛で簡単に整えた髪の毛を結んだ。

「寝癖がちょっと目立つから、今日は三つ編みにしよっかなー」

 机の上の小さな鏡を覗き込んで、独り言を呟く。時計をちらりと確認して、朝の顔洗いと朝ごはんのために1階へ向かった。……扉を閉めるのと同時に電気を消そうとして指を挟んだことを悔やみつつ───。







 ワイシャツに腕を通し、首元は二つくらいボタンを開けてしめる。袖を二回巻いて、ズボンを穿いてベルトを締める。タンスを開けて白い短め靴下が……無い。足首が隠れる長さじゃないと。くるぶしだと先生に捕まる。



 夏用のワイシャツに腕を通し、二つくらいボタンを開けてしめる。真面目を通して行くならあともう一個はしめるべきだけど、首が絞まるようなものが苦手だから無理だ。スカート用のハンガーから夏用スカートを外して(制服の切り替え期間は特に決まってなくて生徒の自由)、足から通して腰の部分で留め金を掛ける。内側に二回巻く。膝下丈の紺色の靴下を出す。履く。最後に赤色のリボンを付けた。



 リュックに持ち物を適当に入れて、背負う。街中でよく見掛けるから、という理由で付けたキーホルダーが揺れる。



 スクバに読む本と鍵、筆箱と連絡ものを入れるファイルを整理して入れる。小学校とは違ってキャラクターものを禁止されていないので、鞄の横には某刀剣ゲームの白い人のデフォルメキーホルダーと、去年の誕生日に貰った食品サンプル(大学芋)のキーホルダーがくっついている。



 最後に高校合格お祝いに買ってもらった黒の腕時計を装着。階段を降りて、母さんがいるリビングに顔を出す。

「母さん」

「ああ、準備終わったのね」

「いってきます」

「いってらっしゃい」



 右手首に予備の黒の髪ゴムを付けて、階段を降りる。洗面所から音がしたので顔を出すと、お母さんが洗濯機から洗濯物を出しているところだった。

「いってきます」

「いってらっしゃ~い。車に気を付けて、信号守ってね」

「わかってるって」


 ピンポーン


 いつも通りのお母さんの注意に苦笑しつつ玄関に向かうと、インターホンが来客を告げる。今日は負けたらしい。

「明日こそは!」


 ピポピンポーン


 ……急かされた。

 思わず顔をしかめる。ドアノブに手を掛け開くと、春の陽射しが玄関に溢れた。

 一歩二歩と道路が見える位置にくると、まだ来ねーのかもっと押してやろうかと言わんばかりに再びインターホンに手を掛ける蒼空の姿があった。

「……まだ押す気ですか」

「あ。はよっす」

「おはよ。……降りてこなかったら?」

「押す気だった」

 インターホンから手を離した蒼空は、屈んでいた体を少し起こして楽しそうに笑う。蒼空が悪びれもせずにいるのに、小町は諦めて何も言わずに歩き出す。

「朝からシカトとか辛いんですけどー?」

「知らない。遅れるから早くして」

「つめてー」

「早くってば」

「はいはい」

 小走りで追いつく気配を感じで振り返ると、涼しげに小首を傾げる蒼空。背が高いのと寝癖に困らなさそうな髪の毛が目に入る。

「その身長五センチくれない?」

「あげられるもんなら進んであげるんだけど。ま、科学の進歩に委ねるしかないんじゃね」

「その頃には死んでるでしょ」

「あとはお前の努力次第。早寝して牛乳飲めばいける」

「いけないから頂戴って」

「成長期終わったの?」

「終わってないけど!」

 終わっていないと信じたい。

 早寝はなるべくやろうとしている小町。しかし魅力的な本たちが行く手を阻むのだ!(誰

 牛乳に関しては乳製品全般が好物なのでクリア済み。

「じゃあその髪の毛どうなってるの?」

「……どう、とは」

「寝癖。ついてることあんまり無くない?」

「別に何かに気を付けて寝てるとかは無いけど」

「遺伝かなあ。だとするともうどうしようも無さそう……」

「寝相だって悪くねーじゃん。まあ昔と変わってなければだけど」

「多分悪くない、はず」


 ここで説明しよう!(だから誰

 蒼空と小町が歩いているこの道、二人が通う高校の通学路。およそ二十分で着く場所にある高校だが、二人の家が住宅街にあることから少し歩くだけでも周囲に学生が増えてくる。同じ高校の学生や他校の学生、時間が合えばだが小中の同級生がいることもある。

 そのなかで、目立つ二人の姿。特に蒼空の方は背も高く、見た目もよく、楽しそうな笑顔に心を奪われる。身を奪われても良いと言い出す女性まで……下ネタですか?はい、やめましょーかね。

 まあそういうわけで目立つが、二人は気付かず。理由は歩くのが速いため周りの反応なんてきにするほどでもない、というものだ。あとは、そもそも蒼空が周りから小町を隠している節がある。となると蒼空は気付いている可能性が出てくる。


「昨日のドラマ観た?」

「観た観た。まさかドラマにアリスが出るとは思わなかったけど」

「でも可愛かったよね?」

「可愛かっ……ロリコンって言うんじゃねーだろうな」

「ロリコン」

「誘導尋問です」

「気のせいじゃないですかねー」


 二人の終わらない会話は高校に到着するまで続いたのであった。

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