最終話 あなたといれば
せっかくだからと、夜の街へ出かけることにした。もしかしたら明日ボクがボクで無くなるかもしれないから、一度もヒヨリちゃんとデートしないで終わるのはさすがに悲しいと思った。ボクも一つでも多くヒヨリちゃんとの思い出を作りたい。
「そうだ、遊園地にいこう」
失いそうな意識を何とか取り繕い、頑張ってヒヨリちゃんに微笑み提案してみる。
「いこう!」
ヒヨリちゃんはその場で飛び跳ね、子供のようにはしゃぎ回る。喜んでくれて何よりだ。
一番近い遊園地は歩ける距離にある。その遊園地は街のど真ん中にあるにも拘わらず二十二時まで営業している。今の時刻は二十時だから、まだ少しくらいは乗り物に乗れそうだ。
ここの遊園地の名物は街を一望できる観覧車とネズミとタヌキを足して二で割ったような奇天烈なメインマスコット『キャミオ』である。この『キャミオ』は遊園地の門やアトラクション、壁など至る所に出没する。サブリミナルで客を洗脳し、キャラクターグッズを買わせるという巧みな計略が張り巡らされている。
「うわ~かわいい!」
早速ヒヨリちゃんが洗脳されたようだ。
「ハハ、そうか。可愛いか」
その今浮かべている可愛い笑顔の方が、余っ程ボクは欲しい訳だが。
「ねえねえ、あれ乗ってみない?」
そう言って指差したのは、観覧車だった。初めて見る大きな大車輪に目を輝かせている。
「ああ、そうだな、乗ろう」
もう動くことも段々辛くなってきた体にムチを打ち、ただひたすらにヒヨリちゃんのことを考え続ける。そうすると、なんだかボクがボクで居られるような気がする。
観覧車は七色のライトで色鮮やかに闇夜を照らす。宝石をばらまいたような華やかさを街にもたらしてくれる。そんな華やかさの中で、ヒヨリちゃんは舞踊会のように一人ワルツを踊る。
「ホントに綺麗。まるでお姫様になったみたい」
「では、高いところから街を一望しましょう、お姫様」
ボクは手を取り、馬車に見立てた観覧車のカゴにヒヨリちゃんを乗せた。
カゴは緩やかに頂点に向けて登り出す。
「うわぁ、すごいすご~い!」
「ホントはジェットコースターとかの方が色々見れて良いんだけどね。もう閉まっちゃったみだいだから」
「え~でもジェットコースターって、見れるのって一瞬じゃないの?」
「ハハ、まあ、そうだね。ボクはわりと好きだったり好きじゃなかったり」
「そうなの?絶叫系のアトラクション苦手だったり?」
「あ、いや、そういうわけじゃ」
「やっぱり~顔に出てるよ」
「うそ?ポーカーフェイスだと思ってたのに・・・・・・」
「あれ、あんまり自覚ないの?」
「結構ババ抜きとかポーカーで負けたことなかったから、そうだとてっきり思い込んでたよ」
「普段はあんまり表情に出ないだけかもね。わたしと居る時はなんだか楽しそうだもん」
「・・・・・・そうかもしれないね」
きっと無自覚に幸せが溢れ出しているのだろう。ヒヨリちゃんと過ごすことが出来て、ボクの人生にようやく意味を持たすことが出来た気がする。思えば会社から帰って辛いことがあったとき、ゲームを立ち上げればいつでもヒヨリちゃんが暖かく迎えてくれた。何があったかなんて聞かずに、ただ『大好き』とボクを迎え入れてくれた。いつもボクの心の支えはヒヨリちゃんのその笑顔と楽しそうにはしゃぐ声だったのだ。
いつのまにか観覧車のカゴも頂点まで登っていた。
「見てみて!海が見えるよ!」
距離はあるが、街の高台から港も見ることが出来る。仄かに光る灯台の明かりや、船のライトがまるで蛍のようだ。
「連れてきてくれて、ありがとう」
こちらの笑顔の方が、ボクにとっては綺麗に見えるが。
観覧車も一周し、入り口付近のお土産屋へ急行する。ヒヨリちゃんはもう既に「キャミオ」の洗脳を受けているためグッズを買わなくては収まらない体になっているのだ。
お土産屋には『キャミオ』関連グッズが所狭しと並んでいる。人形焼きにぬいぐるみ、キーホルダーにフィギュアなど、様々なものが売られている。
「むしろ『キャミオ』以外売る気あるのか?」
「ねーねー、これ欲しい」
ヒヨリちゃんがボクに持ってきたのは、『キャミオ』のキーホルダーだった。いわゆる小さいぬいぐるみが付いたやつなのだが、そのサイズがいわゆる携帯電話並みなのだ。表情もこころなしかふて腐れてる感じになっている。これが本当にマスコットキャラクターなのか?
「ちょっ、それなんかデカくない?」
「そう?気のせいでしょ?」
「それ何に使うの?」
「二人の、思い出だよ」
ヒヨリちゃんは『キャミオ』キーホルダーのミニぬいぐるみを握りしめ、ボクに上目遣いで訴えかける。
「思い出、か。そうだな、思い出、欲しいな」
「そうだよね!いつまでも忘れないように、二人で持ってよう!」
ボクの分のキーホルダーも持ってきてくれた。
「一緒に買お!」
「ああ」
促されるままに、二人分のキーホルダーを買ってしまった。
「ありがとう!わたし、今日のこと一生忘れないから!」
「うん、ボクもだよ、ヒヨリちゃん」
「絶対だからね!」
「ああ、絶対だ」
入れ替わりから五日目。このところ意識は気がついては消えを繰り返している。ヒヨリちゃんの笑顔を見れたと思った次の瞬間には、外の公園のブランコに乗っていたりした。やはりボクでは無い誰かが勝手に体を動かされるのには恐怖しか感じない。そして今の状況ではボクを誰も止めることは出来ない。ヒヨリちゃん(ボクの体であるが)の腕力では到底ムだし、奈良雄は研究所に缶詰だ。恐らくボクの位置はリアルタイムで把握しているだろうが、何かあった場合にすぐに駆けつけられる訳では無い。
ボクがボクで無くなる前に、何かヒヨリちゃんに残してあげられるものはないだろうか。ここ最近ヒヨリちゃんはボクにずっと付き添ってくれているようだ。ボクが意識をなくしている間も何も言わずに一緒に居てくれる。意識が戻る度にヒヨリちゃんがボロボロになっている気がする。意識の無いボクはきっと暴力的なのだろう。それでも、話掛けた時はいつもにこやかに、ボクを励ますようにしてくれる。
これ以上、ヒヨリちゃんを傷つけたくない。奈良雄も頑張っているが、ボクもボクなりに頑張らなければ。
この機械とボクをつなぎ止めているものは何だ。何の時に意識は戻ってくるのか。思い出してみると、いつも決まってヒヨリちゃんが危機に晒されている時のような気がする。昨日の包丁の一件もそうだ。ヒヨリちゃんの身に危険が発生したとき、意識を取り戻すことができた気がする。ボクのヒヨリちゃんへの思いが、少しの間ボクをボクでいさせてくれる。遊園地に行っていたときもそうだ。ボクがヒヨリちゃんと非日常を過ごしている間の会話や行動は全て覚えている。愛の力は偉大だ。意識がある限りはヒヨリちゃんの事を考えていよう。
先程昇っていた朝日は、次に気づいた時には沈んでいた。奈良雄はまだ帰ってくる気配が無い。
「やっぱりダメなのか」
思わず弱音を吐いてしまった。それもそのはず、ヒヨリちゃんはボクの横でぐったりしている。全身打撲の痕があり、部屋の所々に血が付着している。また気がつかないうちにヒヨリちゃんを傷つけてしまったのか。
意識が飛んでしまったせいでヒヨリちゃんが苦しんだ。ボクの愛が足りないせいだ。
「ごめん・・・・・・ごめんよ」
ぐったりしているヒヨリちゃんを抱え、悲しみに明け暮れる。
はやく手遅れになる前に、奈良雄に元の体に戻してもらわなければ。でも体を元に戻せばヒヨリちゃんがボクの代わりに苦しむことになる。
『別に元は二次元キャラだ、いつでも会えるさ。元に戻ったところで何も問題ないさ』
ふと、そんな心の声が聞こえてきた。そうだよな。所詮は二次元のヒロインだ。現実に居なくて当然だ。これ以上自分が苦しむならヒヨリちゃんなんていない方がいいんだ。そうすればボクは死ななくて済む。
早くヒヨリちゃんを殺してあげよう。殺して楽にさせてあげよう。ボクのせいで苦しませてしまったのだから、せめてボクの手で殺してあげよう。
ボクはヒヨリちゃんを抱きかかえ、研究所を目指し歩き出したところで、意識が途切れた。
目覚めれば、ボクの手は血で染められていた。体中に血しぶきを浴びている。そんな光景を見た・・・・・・気がする。
研究所へ辿り着き、いよいよ元の体に戻れることになった。
「時間が掛かって済まなかった」
奈良雄がボクに話掛けてくる。心なしか、頬がこけている。
「いや、ボクのために頑張ってくれたんだよな。ありがとう、奈良雄」
「こちらこそ、変なことに巻きこんじゃったな」
互いに握手をし、元の体に戻せるというヘッドセットを頭に付ける。ヘッドセットから機械につながれ、ヒヨリちゃんと認識の再移行が行われる。
「元に戻っても、わたしのことわすれないでね」
ボクの横に、ヒヨリちゃんが手術台のようなベッドに寝そべっている。もうヒヨリちゃんもヘッドセッを付けて準備万端だ。
ボクとヒヨリちゃんは、いつまでも恋人だ。それはもう永遠の約束だ。それを刻むために唇を交わしたのだ。
「じゃあ、準備はいいかな」
「ああ」
「おねがいします」
二人の同意の下、機械のスイッチが入れられる。電源が入ると同時に、脳を揺さぶられるような重低音が鳴り響く。
「な、なんだ?」
「磁励音だよ。磁気を利用して脳内データを量子的解釈で取り込み、相手先の脳で量子パターンを再現する。簡単に言えばそういう仕組み」
「何言ってるかさっぱり分からん」
「ようは磁石を使って意識を元の場所に戻すってこと」
「はあ、なるほど」
磁励音は更に激しさを増し、目の前が段々霞んで見えるようになってきた。
「たぶんもうすぐいける」
微かに奈良雄の声が聞こえたと思ったその時。体が宙に浮くような感覚に苛まれ、気がつけば、ボクの元の体に戻っていた。
「うっ・・・・・・」
「目が覚めたか!」
奈良雄がボクに駆け寄る。
「元に、戻ったみたいだな」
「おお!成功か!良かった」
「いや・・・・・・ヒヨリちゃんが、まだだ」
ボクは目覚めたが、いまだにヒヨリちゃんが起き上がる気配がない。
「なんでだ?なんでヒヨリちゃんが目覚めない?」
奈良雄が機械の実行結果を確認するが、黙って首を横に振った。
「機械としては、意識の移行に成功しているハズだ。後は、このアンドロイドの体の問題だな」
「ヒヨリちゃんは、目覚めるのか?」
「・・・・・・必ず目覚めさせるさ。一日もらえないか?」
奈良雄は鋭い眼差しでボクを見つめてくる。気迫に押され、ボクは黙って首を縦に振る。
「ありがとう」
ボクは、ヒヨリちゃんの恋人として、研究所で奈良雄の処置の行く末を見守ることにした。
翌日、元に戻ってから丸一日経った頃、待合室でただひたすら祈っていたボクの元に、奈良雄がドタドタと走り込んできた。
「終わったぞ。早く来てくれ」
ボクは居ても立ってもいられず、奈良雄の研究室に急行する。
「ヒヨリちゃん!」
扉を開けると、そこにはベッドから起き上がっているヒヨリちゃんの姿があった。ボクはヒヨリちゃんの元へ飛びより抱きしめる。
「良かった・・・・・・ヒヨリちゃん、無事だったんだね」
「・・・・・・どなたですか?」
「え?」
耳を疑うような言葉だった。そこに奈良雄がボクに近づき、話掛ける。
「どうも、意識は何とか取り戻せたけれど、記憶喪失になっているようなんだ」
「記憶喪失?」
「ああ。脳のデータは全てコピー出来ているから、消えた訳じゃない。記憶にアクセス出来ない状態に陥っているみたいなんだ」
「なんでそんな状態になってるんだよ」
思わず奈良雄に詰め寄る。まあまあ、とボクの胸をポンと叩きなだめに掛かる。
「どうも、アンドロイドに搭載されていた情報の自動収集プログラムによって脳の活動を阻害しているみたいで、そのプログラムやそれに関連するものを修正・整理したんだが、その影響で一部記憶へのアクセスが出来ない状態に陥ってるみたいなんだ」
「嘘だろ・・・・・・ボクと過ごした一週間は、なかったことになるのかよ。美味しいご飯作ってくれたり、一緒に遊園地にデートしに行ったり、ボク達恋人だって、一生忘れないって、誓い合ったじゃないかよ」
ヒヨリちゃんの手を握りしめる。ほんのり暖かいそのヒヨリちゃんの手に、遊園地で買った例のキーホルダーのミニぬいぐるみを持たせてみせる。
「ほら、二人で買った、『キャミオ』のキーホルダーだよ!覚えてない?二人で観覧車も・・・・・・乗ったじゃないか」
涙が自然とこぼれ落ちた。ただひたすらに、雫がヒヨリちゃんの手に落ちていく。そんな中、思いが通じてきたのか、ヒヨリちゃんに変化が現れてきた。
「『キャミオ』・・・・・・観覧車・・・・・・ウッ」
ヒヨリちゃんが頭を抱え苦しみ始めた。
「どうした?何か思い出したか?」
奈良雄が近づき、ヒヨリちゃんから離れるよう促す。
「なんでだよ!思い出しそうじゃないか!」
「まだヒヨリちゃんは不安定なんだ。恒久的に動けるように改造したり、色々手を加えたから、様子を見ないと」
「イヤだ!もうヒヨリちゃんが悲しむ顔を見たくないんだ!」
朧気にもボクの記憶に残っている、ボクがヒヨリちゃんの体の中に居る時に、散々ヒヨリちゃんを傷つけてしまった。それでもボクのことを、何一つ悪く言う事は無かった。
今度はボクが、ヒヨリちゃんを助ける番だ。
「ヒヨリちゃん!戻って、きてくれ!」
ボクは引き剥がそうとする奈良雄の手を振り解き、ヒヨリちゃんを抱き寄せ、唇を合わせた。すると、行く当てのなかったヒヨリちゃんの両腕が、ボクの体を抱きしめたのだ。
「ありがとう・・・・・・大好き」
「ボクもだよ」
もうボク達を邪魔する障壁など存在しない。ボク達二人は、永遠を誓った夫婦なのだから。
研究所から出た後、ボク達は帰宅の途についた。そして家に着いた途端、警察から出頭命令が下った。アンドロイドによる前代未聞の傷害事件が街中で起こっていたことを、その時初めて知った。被害者は二八名であったが、いずれも軽傷で済んだという。
この件の責任に関しては、ボク達ではなくアンドロイドの製造元の奈良雄やサンタ所長が取るということになり、いずれも早々に研究所を退所し、民事訴訟の標的となった。ボク達はというと、奇っ怪なカップルとしてむしろ好奇の的となり、連日ワイドショーのネタとなってしまった。
今はボクと嫁の二人で、幸せに暮らしています。
<おわり>
聖なる夜に、降るキミとボク 天川 榎 @EnokiAmakawa
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