第52話 魔女の来訪

 世代が変わって村人達の顔ぶれは変わったが、村は変わらずここにある。

 今の人々はかつての勇者の戦いを物語のこととしてしか知らないが、それでいいとソアラは思う。


「お前のもたらした平和は守られているぞ。世界を救ってくれてありがとう、サイリス」


 ソアラは久しぶりに村を訪れ、フェニックスの像へと祈りを捧げる。

 あれからも村には何度か訪れていた。

 そうして変わらない願いをかけていた時だった。不意に背後が賑やかになった。

 戦いが終わって随分経つ今では、ここを訪れる人がいるのは珍しいことだった。邪魔にならないようにソアラは立ち上がることにした。

 振り返って驚く。やってきたのは都会の雅さを感じさせる旅姿の上品な少女と、田舎臭い村人達だった。

 少女の綺麗な目が真っすぐに像を見上げる。


「これがかつての勇者を称えた象徴ですのね」

「はい、もっともただの田舎村の古ぼけた石像に過ぎませんが。お見せするほどの物とは。へえ」

「あら、先客がいらしたのね。こんにちは、綺麗なお嬢さん」


 少女に微笑みかけられてソアラは身震いしてしまう。

 ソアラが驚いたのはデレデレする村人達に囲まれて綺麗に微笑む少女がとびっきりの美少女だったからではない。

 彼女から感じる気配が今の時代ではありえない知っている物だったからだ。


「なぜ、お前がここに来るのじゃ……」

「?」


 勇者の守ってくれた平和だ。ソアラは震えるのを何とか我慢して、言葉を出す。

 小首を傾げた相手はソアラの嫌な予感を否定することをしなかった。


「魔王様の邪魔になる物を排除するために。勇者の関わった場所ならそれがあると思ったのですが……」


 やはり魔王の関係者。少女は自分の素性を隠すこともしなかった。勇者のいない今の時代では隠す必要も無かったのかもしれない。

 村人達は魔王の名を聞いても全く気にしていないようだった。冗談だと思っているのか、あるいはすでに少女の闇の力に篭絡されているのかもしれない。

 魔族の中には人心を掌握する術があることをソアラは旅の話で聞いたことがあった。

 少女の黒い視線が再びフェニックスの石像を見上げる。見られるだけでソアラの中に嫌悪がこみ上げる視線だった。


「ただの石像ですね。関わりは無さそうですが、鳥というのはよくありませんわ。魔王様の機嫌を損ねないように排除しておきますか」

「そうはさせるか! うおおおおおお!」


 今の時代に勇者はいないが、勇者とともに旅をしてきた者ならここにいる。ソアラはありったけの勇気を胸に敵に向かって飛びかかっていった。


「あら」


 わずかに驚いたような反応を見せる少女。一撃は与えられる。そう確信したソアラの突撃は止められていた。他ならない味方のはずの村人達によって。


「このガキンチョめ! アリサさんに向かって何をするつもりだ!」

「わたくし何か子供に恨まれるようなことをしたでしょうか。初対面だと思うのですが」

「気にしないでください。こいつは村の人間ではないのです」

「くっ」


 ソアラは何とか抑え込んでくる村人達の手から抜け出そうともがく。だが、無理だった。手を出せない代わりに口で叫んだ。


「なぜ分からない! その女は魔族だぞ!」

「魔族だって?」

「何を言っているんだ」

「!!」


 ソアラは絶句してしまう。平和が続き過ぎたのか。今の時代の人間は魔王の脅威のことを何も知らない。

 攻撃が届かないのを見てとった魔族の少女は落ち着きのある微笑みを取り戻すと、まるで子供に言い聞かせるように訊ねてきた。


「わたくしは魔女のアリサと申します。お嬢さんのお名前は何ですか?」

「わらわはソアラ! この天空世界の神じゃ!」


 村人達が子供の冗談だと思って笑い合う中、魔女のアリサと名乗った少女だけが笑わずに真面目で真っすぐな目をしていた。


「あなた、神様だったんですね。何となく普通の人とは違う感じはしていましたわ」

「あ……っ」


 ソアラは自分の失策を呪った。何も不用意に相手に情報を渡す必要は無かったのだ。平和に慣れたのは自分もだった。そう思い知ってしまう。


「情報を調べられれば良かったのですけどね。こんな田舎の村ではたいした文献も無くて。あなたには後で話を聞かせてもらいますね」

「くっ……」


 魔族を甘く見ていた。ソアラは魔女のアリサと名乗ったこの少女の底知れない恐ろしさを実感してしまう。

 彼女の視線がソアラから再び像の方へと移される。彼女の態度は優し気な物だったが、その言葉は聞き逃せる物では無かった。


「まずはあの鳥の像を排除いたしましょう。我が使い魔達よ!」


 アリサが声を上げ、右腕を振り上げるとともに周囲の森がざわめき出した。そこから何かが飛び出してくる。それは四機の蝙蝠型のロボット達だった。

 村人達は今になって慌てふためき出した。


「何だあれは!」

「ひえええ!」


 全く予期せぬロボット達の出現に、田舎の村人達は一目散に逃げ出した。

 ソアラにとっては魔王がロボットを出してきたのを知っている。サイリスも答えるようにフェニックスの力で機体を出した。知らない光景では無かった。

 束縛から解放されてもソアラには相手に向かって飛びかかる暇は無かった。


「あの石像を破壊しなさい!」


 アリサがすぐさま命令を下したからだ。自分の力でどれだけ守れるかは分からないが、ソアラは行動する。

 かつてサイリスとともに戦った証を守ろうと、石像の前に向かって駆け出した。

 四機の蝙蝠型のロボット、バット達から発射されたミサイルが石像に向かって飛んでいく。

 着弾。爆発が風を巻き起こす。吹いてくる風に髪をなびかせながら、アリサは僅かに眉を顰めながら呟いた。


「神様を巻き込むつもりは無かったのですけどね」


 良い知識が得られたかもしれないのに。後で話をしようと思っていた予定を覆されるのは良い気分では無かった。

 舞い上がった土煙が晴れていく。状況を確認しようとするアリサの理知的な目が初めて驚きに見開かれた。

 そこにはもう石像は無かった。それは構わない。予期された当然のことだ。

 そこにはソアラを守るように乗せて、ロボットが飛んでいた。

 ただのロボットだったらアリサもここまで驚くことは無かったかもしれない。

 だが、その姿は……


「黄金の鳥……なんで……」


 予期せぬ場所で予期せぬ物と会った。予想外の事態に驚きながらもアリサが立ち直るのは早かった。


「それを破壊しなさい!」


 言葉に力強さを増した主の命を受け、四機のバットが再び攻撃の体制に移行する。

 ソアラを乗せた鳥型のロボットの行動は早かった。四機の包囲をすり抜けるように逸早く天高く飛び立った。

 ソアラは風を感じていた。鳥がなぜ金色に変わったのか、雷の力を受け続けた影響なのか、分からなかったが。

 天空世界の青い空は雄大に広がっている。

 その空を舞う金色のきらめきは綺麗で、ソアラはそっと久方ぶりに感じる安寧に身をゆだねた。


「サイリス……わらわをどこか遠くに連れていってくれ……」


 その神の願いに答えるように前方の空に別次元に繋がる次元の門が開かれた。

 ソアラを乗せた黄金の鳥はそこへ飛び込んでゆく。四機のバットも後を追って飛び込んでいった。

 空を見上げながら、慎重に事を進めることを信条とするアリサは功を焦ることを選ばなかった。


「あれが現れるとは……魔王様に報告をしなければいけませんわね」


 目標の追跡を使い魔達に任せ、自身は報告のために帰還することにした。

 村人達はただ空を見上げながら、口々に噂し合うことぐらいしか出来なかった。

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異世界に召喚された僕がロボットに乗って魔王と戦うことになった件 けろよん @keroyon

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