第51話 帰ってきた故郷
勇者と機竜の戦い。
その戦いが止んでどれほどの時が経っただろう。やがて叫ぶこともあきらめて大地に座り込んでうつむいていたソアラは静かに立ち上がって顔を上げた。
「いつまでもこうしているわけにはいかないよな」
ソアラにはまだやるべきことがある。
空は青く澄み渡っている。勇者の守った平和がここにある。
残された自分がいつまでもここで立ち止まっているわけにはいかなかった。
「サイリス……お前はよくやってくれた。わらわもお前の願いを叶えるとしよう」
彼女に頼まれたことに答えるために。魔王が倒され世界の危機が去ったことを村人達に伝えるために、ソアラはサイリスの故郷の村へと向かうことにした。
かつて二人で辿った道を一人で歩く。
一人旅がこんなに味気ない物だとは思わなかった。魔王が倒されて平和になった世界ではモンスターが襲ってくることも無かった。
思い出に囚われそうになりながらソアラは前に進む。
誰にも邪魔されず、目的地にほどなくたどり着いた。自分は何かの妨害を期待したのだろうか。話しても答えてくれる少女はもうここにはいなかった。
旅立ちの日以来に目にするサイリスの暮らしていた村は何事も無かったかのように平穏そのものだった。
魔王が倒されなくてもこの村は変わらなかったかもしれない。
自分がこの田舎の村から彼女を連れだしたのだ。そう思うと胸がチクリと痛んで逃げたしたくなったが、伝えることがあるのだ。
間違いなんて何もない。
ソアラは決意を固めて勇者とともに旅をした者として、彼女を勇者として選んだ神として恥ずかしくないように前へ進むことにした。
浮世離れした金髪の目立つソアラの姿はすぐに近くで農作業をしていた村人に見つけられて、彼女が帰ってきたことはすぐに村中に伝わった。
かつては勇者とともに旅立つことを告げた場所。この村の広場でサイリスと会ったことを懐かしく思い出してしまう。
あの日は勇者を探しにここへ来た。神の呼びかけに手を上げて答える素朴な少女がいた。
『それ多分わたしです』
魔王と戦う者としては呑気と思えるほどに優しく答えてくれた彼女の姿はもうここにはない。
思い出を噛みしめ、ソアラは神として集まった村人達に向かって気丈に報告を行った。魔王は倒された、世界の危機は去ったので安心していいと。
そして、サイリスのことも伝えた。ケツアルコアトルのことは話さなかった。勇者は魔王と戦ったのだ。それでいいと思った。
村人達の反応は様々だった。喜ぶ者もいれば悲しむ者もいた。
「サイリスは最後まで立派に戦い抜いたのですね」
「ああ、奴は真の勇者じゃった」
彼女の両親なのだろう。泣き崩れる二人にソアラも気持ちを同じくして声を掛け合いたかったが、今はじっと耐えることにした。
「あ、空に鳥が」
子供の一人が不意に空を指さして叫んだ。
「本当だ。大きな鳥」
「赤い鳥だ」
村人達は次々と空を見上げる。ソアラも見上げた。そして、涙がこみあげそうになるのをこらえるその目を見開いた。
知らない鳥では無かった。あの赤い鳥はフェニックスだ。村の近くの山頂へと消えていく。
「サイリス……」
ソアラは挫けそうになる足を奮い立たせ、山頂へと向かって走り出した。
村人達は戸惑いながら顔を見合わせ、頷き合い、神の少女の後を追った。
そう険しい山では無い。入口は広く整備され、途中から次第に細くなっていく山道を走ってソアラは山頂へとたどり着いた。
「サイリス、お前は帰ってきたのじゃな……」
空の開けた山頂にあるちょっとした広間。
そこにあったのは勇者が乗って戦ったロボット、フェニックスの姿だった。
だが、その輝きと炎は失われ、すでに石となっていた。
その石像の猛々しい視線は邪悪から人々を守るかのように遠くへと向けられている。
「祝おう。お前の旅の完遂を」
祈りを始める神の少女の姿を見て、後から辿り着いた村人達も手を組んで祈りを捧げた。
そうして、勇者の守った平和の日々は過ぎていった。
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