第50話 勇者の旅の終着点
まばゆい光と爆発の炎が収まっていく。じっと攻撃の結果を観測しているように佇んでいたケツアルコアトルの首がわずかに動いた。
ソアラも気づいた。勇者の乗るロボット、フェニックスはまだ破壊されずに宙を飛んでいた。ソアラは急いで通信機に向かって叫んだ。
「サイリス! 無事か!」
「はい、神様」
答える彼女の声にはまだしっかりとした強さがあった。ソアラの耳に馴染んだいつもの優しい少女の声だった。
彼女はソアラを安心させるように言ってくれる。
「わたしにはフェニックスの加護がありますから。しかし少しやっかいになるかもしれません」
「だが、お前が無事なら勝てる! そうだろう!?」
「やってみます」
ソアラは戦いの邪魔にならないようそれ以上話すのを止め、再び戦場を見やった。
勇者と機竜が対峙する。先に動いたのはケツアルコアトルの方だった。
その機械の足が大地を離れ、鉄の翼を広げて空へと飛んだ。ソアラは思わず驚いた声を上げてしまった。
「あのデカブツ、飛べるのか!?」
「ケツアルコアトルは天空世界の大気をエネルギーへと替える。むしろ空こそが敵の真骨頂。こちらを本気の一撃で倒すつもりになったのでしょう」
サイリスは今までの行動や聞いた話から冷静に敵の能力を読んでいた。その予想を証明するかのように、空でエネルギーの充填を開始したケツアルコアトルに集まる光は今までの何倍ものように感じられた。
空こそが敵の領域。そう思わせるほどの大きな力。大きな光。
集まる天空世界に漂う粒子が黄金の雷のエネルギーへと変換されて、空を飛ぶ機竜へと取り込まれていく。
声を失って空を見上げるソアラに、サイリスは通信機を通して話しかけてきた。
「でも、お陰で勝ち筋が見えました」
「どうやるのじゃ?」
「天空のエネルギーの届かない場所へ敵を連れていきます」
「そうか」
それがどういうことかソアラにはよく理解できていなかったが、勇者がそうやると決めたのならもう見守るだけだった。
魔王を倒したようにあれも何とかしてくれる。勇者を信頼する。
翼を広げ、ケツアルコアトルが雷を放つ。空が爆発するかのような大音響とともに飛来した天竜の光をサイリスは正面から受け止めた。
敵の必殺の攻撃を避けなかった。ソアラはさすがにびっくりしてしまった。
「サイリス! 大丈夫なのか!?」
「大丈夫です。狙い通りですから。相手は天空において不滅ですが、フェニックスの炎もまたこの世において不滅です」
雷を押すフェニックスの剣から炎が生まれた。最初は小さかった炎はすぐに勢いを増し、その炎は雷を伝わって、徐々にケツアルコアトルへと近づいていく。
機竜は怯えを感じたのだろうか。機械の感情はソアラには分からない。ただ迫る炎を跳ね返すかのように発射する雷の力が増した。
飛び交う光と炎が乱れ、ぶつかり合い、膨れ上がる。
何度かの押収の果てにそれはやがてお互いを結びつけるように繋がった。炎と光が同調するかのように交差する。お互いに引っ張り合うように二体のロボットは着地した。
どちらももう発射する力を抑えることが出来ないかのようだった。炎が光の力を引き出し、光が炎の力を引き出していく。激しい力のぶつかり合いが白い輝きとなって広がり、大地を割る。
ソアラが眩しさに目を細める中で、胸元の通信機を通して勇者の少女が話しかけてきた。
「神様、一つ頼んでもいいですか?」
「なんじゃ? わらわに出来ることなら何でもするぞ」
サイリスが頼みをするなんて珍しい。そんな呑気さにも似た感情を抱きながらソアラは答えた。
「わたしの村の人達に伝えて欲しいんです。わたしは無事に魔王を倒したから。だから、もう安心していいと」
「なんじゃそれぐらい。お安い御用じゃ」
「ありがとうございます」
通信が切れる。光りはさらに輝きを増し、割れる大地の中に竜が呑み込まれていく。勇者のロボットとともに。
そして、光が弾けた。どれぐらいの時間、目を閉じていたのか。ソアラには分からなかった。
ただ目を開けた時、そこにもう激しい戦いの繰り広げられた戦場は無かった。人の住む城や町も無かった。焼き払われた荒野さえ。
二体のロボットは姿を消し、目の前には今までに無かった山脈が現れていた。
急に静かになった景観の中で、ソアラは言葉を口にした。
「サイリス……サイリス……?」
ともに旅をしてきた勇者の名を呼ぶ。
静かになった場所で声は遮られることなくどこまでも通るように響いた。だが、答える者は無かった。
「サイリスーーーー!!」
ソアラはその場で膝を付き、ただ求める相手の名を呼び続けることしか出来なかった。
「それがわらわがあいつを見た最後の時だった……」
勇希の前でソアラは天空世界の勇者の話を語り終えた。その言葉と彼女の思いを受け取って、勇希は呟いた。
「その人は本当に優しい人だったんだね……」
「優しい?」
金髪の少女は不思議そうに勇希の目を見上げた。勇希は優しく見つめ返し、彼女の言葉に答えた。
「その竜はサイリスさんと同じ、正義を体現した存在だった。でも、彼女はその正義に立ち向かい、戦ってくれた。ソアラのために」
「そうじゃ、あいつは誰よりも優しい……勇者じゃった……」
ソアラの目から大粒の涙が零れた。
いつも元気に笑っていた彼女が泣いている。
勇希はそっと優しく彼女を抱きしめてやった。
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