第14話 心の奥を

辺りが暗くなる頃、重い心と体を引きずるように帰宅すると、玄関には白のミュールが揃えられていた。


(もう帰ってるのか……)


階段を上り、自分の隣の部屋を見ると、閉じられたドアから微かに光が漏れている。


何も言わず、自分の部屋へ入ると、ベッドに倒れこんだ。明かりも点けない部屋に、窓から漏れる月光だけが差し込んでいる。そのまま少しの間まどろんでいると、不意に部屋をノックする音がした。


「……入るね」


俺の了解も待たず、勝手に部屋の中に入ってきたのは。


「由哉」


瑞希だった。


「何だよ……」


疲れきった声で聞くと、俺はベッドから半身を起こす。瑞希がベッドの側まで来て、俺を見下ろした。


「杉野さんと、付き合ってるの?」


どうでもいいことを聞いてくる。


「そっちこそ、秀一と付き合うことにしたんだろ?」


「こっちが聞いてるのよ?」


何で、俺と真奈美のことだけ聞いてくる?


「関係ねーだろ」


「そんなことない……っ」


「何が、どう関係してんの?秀一と付き合えばいいじゃん?手作り弁当まで、渡して……気があるんだろ?俺に作ってたのは、秀一に渡すための練習かよ?」


「そんなわけないじゃない!何よ、由哉が私のお弁当嫌がるから、秀一君に渡しただけだじゃない!」


いつもは落ち着いている瑞希の息が上がっていく。


「何で、私をそんなに嫌うのよ!?私、そんなに避けたくなるくらい何かした!?昔は、いつも一緒にいて、あんなに仲良かっ……」


何も分かっていない瑞希に苛立ち、ベッドから降りた。


「いつの話をしてんだよ?そんなガキの頃の話……」


「由哉……変わったよね」


「……」


変わった。


そうだな、変わったよ。


いつから変わったのか、もう分からないけど。瑞希を……。想う気持ちが、変わってしまったんだ。いけないことだけど。気づいたら、どうしようもなかった。


「……私のこと避けるよね?何なのよ?私の何が、そんなに許せないの?言ってよ……。いっつもハッキリ言ってるじゃない?言いなさいよ。何で、こんなに私を……」


月明かりに照らされた瑞希の頬を涙が伝っていく。


……何でかって?


決まってるだろ?


越えないためだよ。


「どうして……?ねぇ、どうしてよ?」


泣きながら何度も聞いてくる瑞希に、ずっと張りつめていた心の糸が、切れる気がした。


「……知りたいの?」


「……えっ」


「そんなに知りたい?」


「由哉……」


一歩一歩、壁際の瑞希に近づいていく。瑞希は逃げずに、まっすぐ俺を見つめている。


「じゃあ、教えるよ……」


壁に片手をついた。


もう後、何センチだろうか?


もう、越えようか?


夢の中だけで越えた、15センチを……。


月光に照らされた瑞希の顔に、ゆっくりと顔を近づけていく。


瑞希の瞳が、静かに閉じて……。


バタン。


部屋のドアが、不意に開かれる。


その瞬間、俺の体は固まった。


「あなた達、一体……?」


震えるような母さんの声が響いてくる……。

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