第9話 真奈美の弁当
次の朝。いつも通り一階に下りると、キッチンには姉貴が立っている。
「おはよう」
こっちを振り返りながら姉貴が言った。
「ああ」
短く答えた後、ふと気づく。そう言えば、今日から弁当を作らなくていいことを伝えてなかった。
「なぁ、姉貴」
「なぁに」
どうやら、もう、いつものように弁当を作り始めてるらしく、皿に盛られた卵焼きやほうれん草のソテーを弁当箱の中に詰めている。
「その……昨日言い忘れたんだけどさ」
「うん」
作業の手を止めずに、返事だけ返してくる姉貴に言った。
「俺の弁当、もう作らなくていいから」
不意に姉貴の手が止まる。
「……何で?」
「何でって、その……」
振り返った姉貴の顔が、どこか強張っていて、真奈美が弁当を作るからだと言いづらい。
「いや、姉貴も大変だろ?毎日二個作るの」
「大変じゃないよ!ついでだし、結構作るの楽しいし」
「でもさ……」
「野菜が多いから嫌だったの?じゃあ、これからは、お肉とか多目にするから。今日、唐揚げなんだけど、いつもより多く……!」
「悪い。真奈美が弁当作ってくれるらしいから」
なぜか必死に話してた姉貴の口が、ぴたりと止まった。
少しの間、重い沈黙が続く。
「……そう。杉野さんが」
分かった、と呟くように言うと、姉貴は再び俺に背を向け、そのままずっと、こっちを見ようとしなかった。
「屋上で食べようよ」
昼飯の時間になり、真奈美が俺の席に来ると言う。
「屋上?何で?」
「二人で食べようかなぁって、思って」
真奈美の手には、二つの弁当が乗っていた。
「いや、二人って、秀一が」
言いかけた時、秀一が側に立っている。
「俺のことは気にせず、二人で屋上で食べてきなよ」
秀一は真奈美に向かって爽やかな微笑みを投げ掛けた。
「もう、間宮君てば気が利く~!」
真奈美は嬉しそうに言いながら、俺の腕を引っ張る。
「さっ、行こ行こ」
ご機嫌な表情の真奈美に強引に連れていかれる俺の耳元で、「頑張れよ」と秀一が囁いた。
「今日はちょっと陰ってるから、屋上でも全然大丈夫だね~」
目の前で、空を見上げながら真奈美が言う。
「腹減った。早く食おうぜ」
「もうっ、今あげるわよ」
真奈美が嬉しそうに俺の隣に座ると、はい、と俺にでかい方の弁当を渡した。どう見ても男用の弁当箱だけど、このために買ったのか。
「頂きます」
礼儀正しく両手を合わせた真奈美を隣に、俺は黒い弁当箱を開けた。中には、海苔で巻いたおにぎり、豚肉のしょうが焼き、タコ型に切ったウインナー、春巻き、卵焼きなどが、ぎっしりと詰まってる。
「これ、みんなお前が作ったの?」
「うん!」
「思ってたより、スゲーな」
「へへ」
真奈美が照れたように笑う。
今朝は姉貴への、ほのかな罪悪感があったが、俺のためにこんなに一生懸命作ってくれた真奈美を思うと、その罪悪感も何となく薄れていくのを感じた。
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