第8話 二人きり

姉貴が借りてきてたのは、俺なら絶対に借りない洋画のラブストーリーだった。お互いに恋に落ちてはいけない相手を好きになってしまう……そんな内容みたいだ。


姉貴の座るソファで一緒に観ようと言われたが、今の姉貴にはいつも以上に近づいてはいけないと本能が騒ぐから、違う椅子に座って観ている。


姉貴は真剣に、画面を観ていた。俺のような雑念もなく、映画の世界に入り込んでいるのだろう。グラスに入れた麦茶は飲まれないまま、氷だけが溶けていた。


そして、俺はそんな姉貴を見つめている。


乾かしていない黒髪は、まだしっとりと水気を含んでいて、長めの白いTシャツからは、すらりとした脚が伸びていた。目にも心にも毒なのに、つい視線がそこにいってしまう。


何で、そんなに無防備なんだろうか?


答えは、簡単だ。俺のことを何とも思っていないからだ。これが、もし彼氏なら。さすがに姉貴も、もっと気を使うだろう。


すらりと伸びた白い両脚は、部活でほどよく締まり、綺麗なラインを描いている。整った横顔に、つい釘付けになる。


(……もし、彼女だったら)


これが、彼女だったら、どうだろう?


むしろ、こんな距離なんて置かず、隣に座るだろう。雰囲気次第では、手を握るかもしれない。もしかしたら、肩を抱くかもしれない。別にそうしたからといって、誰にも咎められないし、彼女との仲も深まるだろう。


もし、俺が。そんなことをしたら……。


ほんの一瞬だけ、見てはいけない白昼夢を思い浮かべた時。


「うっ……んんっ……」


姉貴から泣き声が漏れてきた。映画がクライマックスらしい。


白い頬を涙の滴が伝っていく。


不意に、どくんと大きく鼓動が波打った。


「……由哉?」


急に椅子から立ち上がった俺をソファから姉貴が見上げる。


濡れた瞳。


濡れた長い黒髪。


白いTシャツから、ほのかに透ける水色のタンクトップ。


シャツの裾から伸びる白い……。


「俺、出かけてくる」


「えっ……何で?」


唐突な俺の言葉に目を見開いた姉貴を置いて、二階に上がると、部屋から財布を持って、そのまま家を出た。


そして、あてもなく自転車を走らせる。


いつも、姉貴と二人きりで過ごす時間は、まるで甘い罰のように、胸を締め付けてくる。


ふと自分で決めたルールを破りたい衝動にかられ、ギリギリのところで夢から醒める。


俺は、秀一とは違う。


先に進んではいけない。


でたらめにぶちまけた絵の具みたいな感情を整理できないまま、俺はただ自転車を走らせた。




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