第9話 別の世界ではそれがドラゴン使いとか象使いの免許証かもしれない

「話を元に戻したいんだけど」

 おれの非おしゃれバッグの中にしまっておいたやわらかスルメを勝手に引き出して、こんなのバッグに入れてたらイカくさくなるやん、と言いながらもぐもぐしているハチバンに、おれは聞いた。

「ハチバン自身は、この世界をリアルだと思ってるの? それとも非リアルだと思ってるのかな」

「あたしは、よく出来た非リアルっぽいリアルだと思ってるよ」と、ハチバンは言った。

「で、お姫様だっこの意味って何だったんだよ」

「あれは、全能の神は、自分に持ち上げることができない岩を作れるか、っていう疑問のひとつの回答ね」

 その疑問、というか謎ならおれも知っている。

 そんな岩を作れるなら、神はその岩を持ち上げられないので全能ではない。

 作れないのなら、やはり全能ではない。

「でもそれ、自分で持ち上げられなくてもいいじゃん。全能の神は、その岩を持ち上げられるヒトもしくは別の神を作ればいいんだよ」

「なるほど」と、おれはうなづいた。

「つまり、ナオが神様、っていうか、物語の作り手だったとするよね。この世界が物語で、リアルじゃなかったとして。だったら、物語の中の物語の作り手は、全能でいいやん。でも、あんたにはあたしが持ち上がらなかった。だからこの世界はリアル」と、ハチバンは話を続けた。

「うーんと、ちょっと考えさせてくれ。おれを持ち上げられたハチバンは、だったら非リアルなのか。それに、おれには無理でも、アキラだったらハチバンを持ち上げられるよ。それどころか、おれとふたり一緒でも、アキラならできる」

「だから、あたしがあんたの創作物、つまり非リアルかどうかは、あのお姫様だっこじゃわからないよ。でも、でもさ、あたしにとってあんたはリアル。リアルでかわいいっ!」

「前に言っただろ、おれに「かわいい」って言ったら500円徴収するって」

「かわいい、かわいい、かわいい!」

 これで2000円か。

 そんなことより、好き好き大好き、とか言ってくれよ。抱きつくのもやめてくれ。

     *

 おれたちは、おれのマンションまで戻って、下のコンビニで買物をした。

 あんまり飲み過ぎちゃ駄目だよ、とハチバンに言われながら、おれはいつものように缶ビールを半ダース、レジのほうに持って行って、いつものように二十歳以上であるという身分証明として探偵許可証を見せて、交通系ICカードで支払いをした。

 おれの下のマンションのコンビニではしょっちゅう買い物をしているので、シフトバイトの数人とも顔なじみなんだが、防犯カメラの都合があって、未成年かどうかは必ず身分証明になるもので確認することになっている。別に運転免許証でもいいわけだけど、それには実名と実写真と実生年月日と実住所が載っている。なんか、おれがコンビニの上に住んでるなんてこと知られるの嫌じゃないですか。探偵許可証のほうには仮名と実写真は載っていて、大学名、それに所属ゼミのコネクションがある法律事務所により「この者は20歳以上であることを保証する」というのは明記してあるけど、実名も実生年月日も実住所も載ってない。

 最初にそれをコンビニの店員に見せたときは、その人は店長に相談に行って、いろいろ調べたんだけど問題ないみたい、という回答を店長から得られたんで、あとは「前はこれでいいって言われました」という老人話法で店員すべてに納得してもらった。

 個人情報にさほど厳しくない、外国人と思われる店員は、こんな身分証明書はじめて見ました、事件があったらお願いしてもいいですか、って聞いてきたので、メールアドレスと仮名と白バラだけが、同人誌作家みたいな黒字で白のインクで印刷されている名刺を渡してあげた。

「たとえばおれは、安楽椅子の探偵許可証と、普通自動車免許を持っているんだけど、別の世界ではそれがドラゴン使いとか象使いの免許証かもしれない」と、おれは話を続けた。

「要するに、ドラゴンライダーカード、みたいな?」と、ハチバンは聞いた。

「似てるけどちょっと違うな」と、おれはにやにやした。

「あーっ、わかった! ドラゴンマスターカード! クレジットカードにも使える奴」と、ハチバンは正解を答えた。

 ここで疑問なのは、たとえばビールとか探偵許可証がない世界があるとして、ビールとは麦芽とホップとビール酵母を混ぜて作るアルコールを含む飲料である、とか、探偵許可証は探偵をしても警察に怒られない許可証である、という説明が物語の中で必要なのか、うまくやれるか、ということだ。

 これがファンタジーに異世界転生した主人公の物語だったら、その主人公に対してファンタジー世界の人が、あれはブルードラゴンで、その属性は、みたいな感じでさり気なく、読者と主人公に教えられるじゃないですか。

 面倒くさいんだけど、物語の階層をもう一レベルあげて、ブルードラゴンとブロンズドラゴンの違い、みたいな感じで説明しておいたほうがいいんでしょうかね。

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