第8話 これはもう納得できないどころか、大惨事やね

「ハ…ハチバン!」

 若者は、娘を抱いて叫んだ。娘は胸から赤いものをどくどくと流しており、顔は硝煙のすすで汚れていた。

「…ナオ…」

 娘は弱々しく言った。その目の光は次第に弱く、力を失っていった。

「ハチバン! ハ、ハチバン…?」

「ナ…ナオ…ナオ…」

「…っ!」

 若者は叫んだ。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

     *

「これはもう納得できないどころか、大惨事やね」と、公園で熱演するふたりを見ながらハチバンは言った。

「そう言えば、おれ、ちゃんとハチバンを抱いてるんだな」と、おれは答えた。

「そうだよ。こういうときに備えて、あたしを抱けるようにしとかないといけないわけ」

 おれは公園のベンチにすわって足をぶらんぶらんとさせて、ハチバンは足をどたばたと地面に交互に叩きつけていた。

「まあ、なにか大惨事があったんだろうな。でもってふたりはピンチな状況なんだろう」

「そんなんじゃなくて、なんだよこのセリフは! お互い名前呼び合ってるだけのセリフが許されるのは、漫画やアニメならともかく、小説ならBLのクライマックス・シーンだけだよ!」

「そんなこと言われても、おれもそのジャンルにはくわしくないから…」

「で、この若者は何と戦ってるの?」

「よく知らないけど、絶対悪みたいなの? でもって、ハチバンは、敵の攻撃からナオ、つまりおれを守ろうとして怪我したんだな。多分死ぬ」

「くだらねーな。これ、シリーズの1巻目? 主人公は復讐の決意を燃やして次の巻に続くの?」

「非常に失礼なことを聞きたいんだけど…それって具体的な、ファンタジーっぽい小説を念頭に置いてけなしてるのか」

 失礼なのは、そういうの書いてる作者に対してです。

 おれたちは、あのふたりがおれたちだということが、公園にいる人たちからばれないように、こっそりとその場から離れた。

     *

「考えると、ハチバンって名前はどうも熱叫・絶叫には向いてないよね」

 おれの、石川淳全集でも5冊は入る非おしゃれバッグからハチバンは、自分のおしゃれバッグを取り出し、さらにミントタブレットのケースを出しておれに2錠、さらにためらいながらもう1錠くれた。

「ハチバンんんんんんんんーっ! って言いにくいじゃん」

「そうだな、おれがやられた場合だったら、ナオぉぉぉぉぉぉぉっ! ってハチバンは叫べるからな」

「それに、あたしのために傷ついて、多分死ぬことになるナオも、リアルでちゃんと抱けるし。ああいいなあ、姫騎士、つまりあたし」

 おれとハチバンは歩幅が違うので、おれが少し大股ぎみに歩いて、ハチバンがすこし詰まり気味に歩くと、並んで歩けるようになる。この、身長が違うふたりをちゃんと歩かせる技術は、実写ならともかくアニメなら大変で、『ガールズ&パンツァー』の、対プラウダ高校戦で物見(偵察)に行く県立大洗女子学園のふたりが、「雪の進軍」を歌いながら歩くところを見てもわかる。

 ハチバンは突然立ち止まったので、立っていた場所がおれより半歩ほど後ろになった。そしておれの手を取って言った。

「死なないでね、ナオ」

「ていうか、勝手に殺そうとするなよ」

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