第7話 峰不二子ちゃん抱っこじゃなくて、クラリス抱っこにして

 おしゃれ帽子とおしゃれコートとおしゃれブーツで、手をお腹のところで組んで、ハチバンは公園のベンチで、頭を左側のほう、つまり見ているおれの左手側にして、白雪姫のポーズで目をつぶっている。その、美しい控えめで健康的かつ冒涜的な唇、日本人の平均とも思われるあまり高くない鼻、そして宮部みゆきが美人と思えるような人には美人と思えるような顔全体のフォルムは、おれのためらいの気分を決意の気分に変えた。

 ゆっくりとおれは自分の顔をハチバンの顔に近づけ、唇も近づけて眠りの魔法から目覚めさせようと、姫にキ、キ、キスを…。

「何考えてんだよあんたは!」

 引っかかれました。殴られるより回復が遅くなる。要するに打撲傷より裂傷のほうがつらい。

「いやその…このままハチバンが目が覚めなかったら嫌だなあ、とか思って」と、おれは弁解した。

「そうなったら警察に通報しろよ。まったくもう、あたしが死んでたら、死体損壊の罪だよ。抱いて、って言ったじゃん。性的な意味なしで」

「ああ、要するにお姫様抱っこね」と、おれは納得した。

「それはあたしも悪かったんだけどさ。もしあたしが白雪姫で、あんたが王子様なら、そりゃキスしたくもなるよ、この向きじゃ」

 ディズニーのアニメ『白雪姫』では、王子が姫にキスしたあと、姫の頭が王子の左手側に来るように抱っこするが、途中の歩いていって馬に乗せる場面では、どういうわけか、どういうわけか(二度言ってみました)姫の頭が王子の右手側になっている。豆知識、な。

「峰不二子ちゃん抱っこじゃなくて、クラリス抱っこにして」と、ハチバンは言って頭の向きを変えた。それで抱っこすると、確かに『ルパン三世 カリオストロの城』のルパンがクラリスを抱っこしてたポーズになるね。別名ピエタ抱き。反対向きの峰不二子ちゃん抱っこというのは、『ルパン三世 ルパンVS複製人間』でルパンがやってたポーズ。別名半魚人抱き。

 リアルとどういう関係があるのか不明だが、とりあえずおれはハチバンを抱いてみる(性的な意味じゃなくて)ことにした。

「うーん…っと。重いなこれは。ちょっと帽子取ってみてくれない?」

「そんなことで変わるかよ。まあいいや」

「ふう…えいっ…ちょっとブーツも脱いで」

「ぶつぶつ」

「今度は…大丈夫だ、と…駄目だな。コートも脱げないかな」

「えーっ? …まあ今はそんなに寒くないからいいか」

 やっぱり持ち上がらない。

「ごめん…今度はハチバンが風呂から出たてのときに試そう」と、おれは肩で息をしながら言った。

「しょうがないなあ。じゃああたしがやってみるよ」

 チェンジして、おれがハチバンに抱っこされる側になった。

「こういうのは腰で担ぐんだ、腰で。ひのふの、みっ、と。簡単だろ」

 おれの抱かれ心地はとてもよかった。ああこれは、女子ならみんなやられたくなるのはもっともだ。ただその、男子(心だけですけど)のおれがリアル女子にそれをやられると、胸がほわほわしてなんかたまらない。

「ナオはもっと筋力つけないといかんよ」と、ハチバンはおれを抱っこして前後に5メートルほど歩いて、ベンチに降ろして言った。ちなみに全然息切れしてない。

「そうだね。でもハチバンもダイ…」

「大丈夫! あたしは大丈夫だから!」と、ハチバンは右腕で、うん、っと力こぶを入れるフリをした。

 ダイ、エットしろよ、と言おうと思ったんだけど、そういうふうにポジティブに返されると何も言えなくなる。

「で、リアルとこの行為にどういう関係があるの?」と、おれは聞いた。

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