第6話 出た! 一行あけていいことを言う、俺ガイル記法(仮)

 公園のベンチでおれの膝を枕にして横になっていたハチバンは、むくりと起きあがって手にしていた本を置き、おしゃれベレー帽を少しはたいて頭にかぶり、左手の人差し指と中指で眉間の下、つまり左右の鼻筋の根本をはさんで上下に動かした。それやると頭をかきむしるよりもっと名探偵っぽくなるので素人にもおすすめしますけど、やられるほうはたまったもんじゃない。おれは嫌な予感がした。

「うん、これでもいいんだけどさ、なんか納得いかない、というか、納得できない」と、ハチバンは言った。

「え、何が」と、おれは聞いた。


「この話の、ここまでの段取りが納得できないのよ」


 …出た! 一行あけていいことを言う、俺ガイル記法(仮)。

「ねえナオ、あんたはこの公園で、あたしからバラを受け取るまでにどういう段取りをして、語られていないことどんだけ考えてる? いや、この話はリアルだから、やってる? のほうがいいのかな。「朝起きたら頭が痛くて朝食を食べる気にならなかった」ってところからはまず確実よね。そこから図書館に行ってパスタを食べるときにアキラとカオル、このふたりはあたしの高校時代からの先輩だからアキラ先輩とカオル先輩でもいいんだけど、ふたりをその洋食屋で会わせる、特にアキラに花束を持ってうまいタイミングで来させる、ってのはないよ。そういうタイミング設定がイモでザルなのは○○○○手法って言ってね、素人でも、ああこれはちょっと駄目だなあ、とか思うわけよ」

 ○○○○の部分には具体的な脚本家の名前が入るんだけど、さすがにそれは書けないのでお察しください。要するに、教室に忘れものしたんで取りに戻ったら、クラスの奴らがおれの悪口(陰口)を言っていて、偶然にそれを聞いてしまう、って演出。

 おれは全裸で正座して、バラの茎の鞭を持つハチバンの話を聞いていた(全裸、というのは嘘です)。

「あんた、前もってオフ会の日も、飲む酒の量も、アキラとどこでどう会うかってのも、決めてたでしょ。読者はだませても、あたしはだませないんだよ。叙述に「愕然とした」って嘘の主観トリックを入れるのはミステリーのルール違反だし」

 ですよねー。

「二日酔いだからあたしにビールを取りあげさせて、洋食屋に行くことにする、歩きながら話すことにする、ってのは比較的無理のない段取りだよね。で、アキラとカオルの「記念日」って設定、どうなってるの? 最初はカオルの誕生日って設定じゃなかったかな?」

 なんでおれの下書きの段階の構想までちゃんと知っているんだ。

「それはちゃんと考えてあるよ。中学のときは別々で、カオルの中学の文化祭のときに知り合ったんだ。アキラのより一週間遅れで…」と、おれは説明した。

「か、考えてある? あんたも、この世界がリアルじゃないとか思ってんだね、やっぱ。じゃ、あたしの設定は?」

「えーと、実はおれのマンションの最上階に住んでるというサプライズ設定で…」

 おれの話に、ハチバンは、ぶぶー、という擬音つきで大きいバツをした。

「あたしは、あんたのマンションから歩いて5分ぐらいのところの、別のマンションでひとり暮らししている。もう、高校に入ったときからひとり暮らしには慣れてて、大学に入ってから、都内であんたの住んでるところの近くを選んだの」

 ハチバンはまず、おれのマンションを指差し、そこからすこし離れた、高そうに見える30階建てぐらいの別の高層マンションを指差した。築5年ぐらいかな。どちらもこの公園から歩いて5分ぐらいだ。

「…それは、中学校のときに両親と兄を交通事故で亡くしたから? …あっごめん、ベレー帽を叩きつけるのはやめて…だからって、バラの鞭でおれを叩かないで!」

 おれたちはそれから30分ほど、アキラの設定について話をした。過去と今住んでるところと、3代にわたる親族についてまで。

     *

「そんなにリアルについて知りたいなら…あたしを抱いて」

 それは性的な意味でですかハチバンさん?

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