第5話 やっぱそういうの吸血鬼だよね。元気出た?
おれは、アキラを軽くぽかぽかと殴り、アキラは笑いながら、ごめんなさいナオ先輩、って謝ったので、おれは少なくともアキラにとっても、殴れるほどには実在しているらしい。
お詫びのしるしに、6輪のバラの花から、好きなのをひとつあげます、とアキラが言うので、おれはハチバンに一番色が濃いのを選ばせた。真紅だな。
高そうなんだけど、いいの、って聞くと、6つという数は考えたら完全すぎるので、むしろこのほうがいいかも知れないです、とアキラは答えた。
「今日はカオルとはじめて出会った記念日なんだ」と、アキラはハチバンに言った。
「仲いいんだねえ、ふたりとも」
カオルというのはアキラとしょっちゅう一緒なリアル友だちで、女子でありながら男子の体を持つ属性ではなく、普通にエロ画像の情報交換をする男同士の友だちである。実際にふたりがそういうことしてるかどうかは知らないけどね。おれの妄想の中ではそうなってる。
気がついたらカオルはちゃんとこの軽食屋の奥の席で、冷やしコーヒーを飲みながら文庫本を読んでいた。
「遅くなってごめんね、カオルちゃん」と、アキラはジャスラックがいたら文句をつけそうなことをカオルに言って、カオルはお約束通り「バカヤロー!」と、苦笑しながら返した。
わざわざそのために花を買ってきたのかよ。
でも、カオルちゃんって名前の人は、昭和時代のデートのときなんかにはもう、百回ぐらい言われてるんだろうな。固定電話に電話をかけると、いつもガールフレンドじゃなくてそのお母さんが出てしまっていた時代。
ふたりは、デートじゃないんだけど、これから足をのばしてシネコンでつい最近亡くなった監督の最新作映画を見に行くらしい。カップル割引の日だったっけ。待ち合わせの場所は、カオルが大学に行くときに乗り換える駅で、店も適当に選んだんだな。
「ほら、また接触汚染してる」と、ハチバンに注意された。
接触汚染とは、まるでおれが汚物でもあるかのような言いかただが、それはおれを知る誰もがおれに対して言うことだった。
つまり、どんどん物語を作ってしまう。
*
みんなに悪いから出ましょう、とハチバンに言われて、おれたちはホットコーヒーを持ち帰りにしてもらって近くの公園のベンチで飲んだ。平日の昼近くの、ほどほどに広い公園には、なんか全体に白くなった老夫婦が二組ほど、エリンギのようにお互いに別のベンチで寄りそっていた。学校が終わるころにはこの公園も、ボール遊びをする子供たちで賑やかになることだろう。
おれたちは、学園祭が終わったあとのお疲れ休みで、小春日和の陽光はいろいろなものをきらきらさせている。
おれは、ハチバンが持っていたバラを、ここなら大丈夫だから、と言われて受け取った。トゲが手に刺さらないよう、下のところが洋食屋の紙ナプキンで軽く包まれたそれは、おれの手の中で見る見るうちに花びらの色が褪せ、萎れ、一枚ずつ燃え尽きた灰のようになって地面に落ちた。
「やっぱそういうの吸血鬼だよね。元気出た?」と、ハチバンは言った。
「べつにこれは、宴会のかくし芸みたいなもんでさ、バラから生命力を取るってことはないし、カレースープパスタ普通においしかったよ。あとビールちゃんと飲ませろ」
朝ビールは3分の1ぐらい飲んだところをハチバンに取りあげられて流しに捨てられたのである。
「小さくて八重歯で、ツンデレ役が得意な声優の声(正確には、釘宮理恵みたいな声、って言ったんだけど、そのまま書くのはどうだろう)、って21世紀の吸血鬼だよね。鬼じゃなくて姫、のほうの吸血姫」
うるさいうるさいうるさい、と、おれは心の中で思ったが、物まねはしなかった。
そのあと、ハチバンはおれの肩をマッサージしてくれて、おれの膝枕でベンチに横になって、おれが借りてきたアフリカの料理本を、あ、これならあたしでも作れそう、とか言いながら読みはじめた。
その鼻の穴にバラの茎でも刺してやりたい気分である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます