第10話 (番外)安楽椅子探偵の資格試験と三題噺の作りかた

 私立系の探偵許可証には一般・特殊・安楽・行動・倒叙・叙述など様々な種類がある。おれが持っているのは一般の仮免許、および安楽(安楽椅子)である。一般は大学もしくは専門学校に通って、規定の単位を取得すれば18歳以上で取得することができる。未成年の者には特別に少年少女探偵許可証というのも政府によって発行されているが(バッジと手帳つき)、18歳以上でそれを使用した場合は警察に怒られる。

 就職に有利な資格としては秘書検定とかボイラー技士の資格とかのほうが役に立つぐらいなので、法学部であるおれの知り合いでも、なんかおもちゃっぽくね? とか言われて困る。孤島にある別荘で連続殺人が起きたときに、宿泊している容疑者を集めて、さて、と言うときぐらいにしか使えない。

 一般の探偵許可証の正規を取るためには、実技とその応用が必要である。警察官になる程度の難しさかな。

 安楽椅子探偵の許可証は、これ、目が不自由だったり体が動かせないとかいったハンディキャップがある人は比較的簡単に取れる制度もあるんだけど、普通の人間もしくは吸血鬼には、ジョルジュ・シムノンがメグレ警部の話をひとつ書くぐらいの試練が与えられる。つまり、パンと水と、ネットに接続できない筆記具(通常は何世代か前のパソコン)と机がある一室にこもって、物語がひとつ、最低5万字以上のものができるまで頑張る。パンと水のおかわりは自由で、検索して調べたいものがあったら試験官にお願いして、検索履歴が残るような形ではネットにつなげる。制限時間がないので、当人のギブアップがない限りはいつまででも考えていていい。

 シムノンと違うのは、試験なので三題噺、つまり3つの単語を使って書け、という課題になっている。それが何であるかは、試験官が適当に選ぶので、その日にならないとわからない。

 おれの場合は「ガンジー」「猫」「豆腐」だった。

 一番簡単なのは、その3つを犯人・被害者・凶器にすることである。たとえば、ガンジー(犯人)が猫(被害者)を豆腐(凶器)で殺した。資格試験だからこれでも最低点はもらえる。ミシンがこうもり傘を手術台で殺した。ね、何でもできるでしょ。

 安楽椅子探偵としては、さらに動機とテーマを考える。

 動機は、金か愛か罪の報い。最近の流行は、昔悪いことをした奴だから殺した、なんだけど、サイコパスでもいいよね。毎週火曜日に猫を殺しているガンジー。なぜならその日は豆腐屋が休みだから。金だとすると、金貸しの老猫を貧乏学生のガンジーが、あんな奴が金を持っていても仕方がない、インドの独立のために、と考えて殺す。愛だと、最近新しい猫ができてぇ、モト猫と別れようと思ってたんだけど、キープでもいいからってなんかしつこいんだよね、あたし(ガンジー)のほうもはっきり言わないからいけないんだけどさ。

 凶器は豆腐だから凍らせて撲殺すればいいし、その後の始末は食べてしまえばいい。とりあえず食べられるものを凶器にするのは簡単である。バナナとかたくわんとか凍った鶏の足とか。

 テーマは、これが難しいんだよなあ。金では買えない、愛は勝つ、個人が罪をさばいてはいけない(復讐は神の仕事)、みたいな常識的なところで考えておけばいい。最終的に犯人は助かる(逃げ切れる)という展開のミステリーもあるけど、そういうのは安楽椅子探偵系のミステリーじゃないんだよな。

 もちろん、戦後民主主義の腐敗とか、国会の与党批判とか、貧富の格差といった大きな社会的な問題でもいいんだけど、世の中が悪いんだな、ってのはテーマ的にはグチっぽくならないように気をつけないといけない。

 そうだ、これを言うの忘れてた。三題噺は補助線に相当する別の何か(単語)を常に用意しておくといいのよね。たとえば落語「芝浜」は「酔漢」「財布」「芝浜」による三題噺なんだけど、実は「夢」というのが隠されている。

 この「夢」というのは応用が効きすぎる、味の素みたいなものなので、使い勝手の面では工夫が必要なんだな。「夢だった」「夢かと思ったら夢じゃなかった」のどちらも一般的になりすぎている。おまけにクラシックなミステリー(日本語に直すと本格推理小説)で夢オチってのは読者が納得しないだろう。大ざっぱに言うと、犯行の動機がミステリーの補助線でもあり、隠されたテーマでもある。

 高校時代は、物語部ってのに所属してたんで、物語を作る練習はさんざんしてたんだけど、おれが考える話はミステリーみたいにかっちりした構成じゃなくて、ファンタジーっぽいふわっとしたものなんで、どうもうまく作れない。

 こんなの朝飯前ですよ、って試験官に言って、独房に朝の9時に入って、翌朝の6時までに5万字書いて一応渡してみた。みんな1時間に3000字ぐらい楽勝ですよね?

 マハトマ(・ガンジー)ちゃんっていう魔法少女と、お供の黒猫(通常はネコミミの美少女)が、無抵抗主義の豆腐人たちが住む国に行って、大豆王を倒す革命を仕掛ける話。大豆王には小豆ちゃんっていう第三皇女がいて、内政改革を考えている。それのサポート役として美形の幼なじみだけど平民のガンモドキが、あ、その名前はあんまりだな、キヌゴシね、封じられた魔剣を使って…。

 試験官は、これ、読まなかったことにしてあげるから、と、キジトラネコを見るような目でおれを見て原稿を返した。

 しょうがないので翌日の朝までに、もうすこしミステリーっぽいものをちゃんと書いた。

 どちらも、今はおれの手元にあるけど、かなり直さないとネットに公開はできないな。

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