第3話 納得できない話をしているときに、別の納得できない話をするな!

「なんかそういうの、納得できない!」と、ハチバンは言った。

 食事に行く予定の軽食屋は、おれのマンションから歩いて5分ぐらいのところにあり、そこまでの商店街の道をおれたちは、だらだらと話をしながら歩いた。ハチバンは身振り手振りをまじえて、熱くなって語った。ハチバンとの会話のやりとりは、お互い好き同士な男女のカップルみたいな、テキスト化してもつまらなくない割には当人同士では楽しんでいるようなものにはなかなかならないで、だいたいいろいろな物語についての話になる。

 ハチバンが話しているのは、とあるライトノベルみたいな小説に関してで、その物語の内容は高校生の男女による、ファンタジー要素のない恋愛小説だ。

「クラスに転校生が来て、それがはっとするような美少女で、白磁みたいな肌で人形みたいに整った顔で漆黒の長い髪で無口で正体不明だけど人と付き合うのを避けてる、って設定はよくあるし、そういう子と、主人公のごく平凡な男子が友だちになろうとする、ってのもよくあるよね。でも、そのヒロインが、昔両親と兄を交通事故で亡くして、それ以来この世界の現実を信じないというの、ありえなくない?」

 ハチバンは、ここが軽食屋でテーブルがあったとしたら、ドンとテーブルを叩く勢いのアクションをして、おれはふむふむ、とうなづきながら聞いている。その小説はおれも昔読んだ記憶があるんだけど、あまりそんな疑問は持たなかったな。

 もう秋も終わりで、どんどん日が短くなっていて、昼間の太陽も低くなっている。街の街路樹は葉を落として、空がうすぼんやりと冬っぽく白くなっている。ついこの間まではハロウィンのカボチャ色と魔女の黒色に染まっていた、昔ながらの商店街は、すでに一部の店ではクリスマスツリーを並べていて、しみじみ11月になったなあ、と思う。商店街全体の飾りつけは12月になってからで、夜の照明のイルミネーションは1月の中頃まで続くが、クリスマスソングと思われるものは12月になってから普通は流しはじめて、クリスマスの日に終わることだろう。

「いや、でもそういう設定って、昔からあるやん。『虚無への供物』とか」と、おれは無駄なネタバレをした。

 ハチバンは、スクールカラーであるえんじ色と思われるおしゃれベレー帽を歩道に叩きつけるという、もしこの話がアニメだったとしたら、実に絵になる動きをした。

「だけど、その主人公って、ヒロインに関して興味を持って、つきあい始めようと思って一生懸命会話しようと試みてるわけよ。早朝の靴箱の前とか、放課後の教室とかで。でもって、主人公の友だちに教えてもらってようやくその子の名前でネット検索して、はじめて過去の事故のことを知るわけ。納得できないよね、ね、ね。普通、なんか気になるなー、ちょっと変な子だけど、友だちになりたいなー、なんて思う子がいたら、最初にすることはネットでのエゴサーチだろ!」

 そういうのはエゴサーチとは言わないけどね。まあ言われてみれば検索するよな。

「これが、角川春樹とか佐藤さくら、みたいな、検索してもうまく見つからない、っていうか、検索しても仕方がない名前だったらわかるんだよ。でも主人公が最初にヒロインに興味を持った理由のひとつは、その変な名前なわけ。容姿とか行動もあるんだけどさ。変な子になったヒロインの過去が、新聞に載るほどの事件じゃなかったりするんならともかく、それじゃ納得できない」

「ああ、たとえば、お父さんの浮気をお母さんに、王子とお姫様の舞踏会の話みたいに報告して、それが両親の離婚の原因になって無口になった、みたいなのだったら納得できる、と」

「うん。そのくらいだったら新聞記事にもならないだろうし、そういう過去は友人・知人レベルじゃないと知らないよね」

 まあ、実はその子の過去はウィキペディアに載ってますけどね。おれも知ってる。もしあなたがアニメ好きだったら、多分あなたも知っている。後世にこのテキストを読む人がいたら困惑すると思うんで、それは『心が叫びたがってるんだ。』というアニメです。しかしあの話の中のヒロインが実在したら、自分に関して書いてあるウィキペディアの記述を見ると絶対仰天するだろうな。

「そう言えば、あのアニメの中で、ヒロインの過去を知ってる人って出て来てたっけ」と、おれは聞いた。

「納得できない話をしているときに、別の納得できない話をするな!」と、おれはハチバンにツッコミチョップをくらった。

 今の時代は、そういう検索(エゴサーチ的なもの)を回避するために、通常は学校の中でも真の名(戸籍上の名前とか、検索されるような名前)は使われないことになっている。さすがに学校の先生とかは知ってるはずなんだけど、リベンジポルノとか鬱陶しいんで、結婚するぐらいの仲にならないと真の名を知る機会なんて滅多にない。おれたちも、ハチバンとナオ、って普通に呼び合ってる。真の名を知られる者は負け、というのは、なんかファンタジーの世界みたいですね。

 ハチバンの真の名は、東山奈央、って言う。

 嘘です。すみません、実在する東山奈央さん。

 もしこの話がアニメだったら、ハチバンの真の名は、その役をやっている声優の名前になることだろう。

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