第58話Please tell me

 白と黒の狭間のような場所で、空から降り注ぐ星々が灼熱を吹き上げながら、彩り豊かな産声が大地を走る光景を、私たちは見つめていた。


 瞬きをする間にも思えるような刹那に、景色は移り変わっていく。やがて鳴き声が空を穿ち、吹き荒れる吹雪の中を、燃え盛る魂がたくましく命を叫び出す。やがて訪れた春に、彼らは繁栄と滅亡を繰り返しながら歩みを進めていく。


 どれだけの涙を、


 どれだけの血を、


 どれだけの心を犠牲にして、彼らはまだ見ぬ時代の先を歩んでいくのだろう。


 その尊さに身を引かれ、手を伸ばしてみても指は沈んでいくだけ。


 この感情は、永遠に閉じ込められたままなのだろう。


「……これが、あなたの欲しかったもの?」


 私の膝の中で、輝きを失いかけた英雄の息吹が、安らかな鼓動を反響させながら煌く。


「さぁな。俺はただ、世界を救いたかっただけだ。その先にある物など、俺が望むべきものではない。」


 彼は満足そうに掠れた声に笑みを浮かべる。それは世界への復讐か、それとも狂気とも呼べるほどの執着か。


 どのみち、彼のそれは褒められたものではない。


「そんなの、身勝手だよ。」


「……あぁ、知っている。」


 私の悪態にも、彼は笑顔で応えて見せた。


「俺の望んだ未来は、誰もが望まなかった結末だ。この物語は終わらない。俺達は永遠の中で彷徨い続け、その先に何かがあると信じて、使い捨ての命を引きずりながら、果てしない時間とともに歩いていく。」


 この世界が光り輝いているのは、彼がまさしく命を燃やしたからだ。その輝きは滅びゆく世界すら照らし、その影は人々の絶望すら飲み込み、全てを呪いながら明日を生み出した。


 私はそれを、これでよかっただなんて言わない。


「でも、そこにあなたはいないんでしょう?」


 生まれ出てしまいそうな嗚咽を飲み込んで、しかし堪えきれなかった涙をこぼし、彼の深く沈みこんだ色をした瞳を見つめる。


 彼は、瞳を閉じて、答えて見せた。


「その先が見たかったのはあなたでしょう?どうしてそのあなたが、こんな場所にいるの?」


 私の体が、どうしてこんなに震えているのかはわからない。込み上げてくる悲しみが、どうして止まらないのかもわからない。


 ただ、その全てが悔しいと思う。


「そんなの……そんなのおかしいよ。」


 私の言っている事は間違っているだろうか。私が彼の為に選んだ選択は間違っていただろうか。間違っていると知りながらそれを選び、後悔するのは間違っているだろうか。


 間違っているとは、なんだろうか。


「ヘラ……。」


 彼は残酷だ。あの世界なんて比べ物にならないぐらいに。


 私にこんな気持ちを残して、自分一人だけいなくなってしまうのだから。


 私は彼を恨み続けるだろう。それでも彼は、私の頬を伝う涙を、もう光に溶けてし合った指で拭うのだ。


「……お前を選んでよかった。お前は俺の愚かな選択にも、涙を流して苦しんで、俺の乾いた感情を癒してくれる。」


 私は、はっと息を呑んだ。


「……それが赦されるのなら、愛している。馬鹿で間抜けな相棒よ。」


 私はずるいと思った。もう泣くことすら、彼はこの世界から奪っていくのだ。


 この感情は愛とは呼んではいけない。人として彼を好んでもいけない。彼は愚かだ。彼は狂気的だ。私たちの間に、それに似合うだけの時間も関係もない。


 私たちがお互いを求める理由なんて無いのだ。


 それなのに、離れていくのがこんなにも辛くて仕方がない。


「……赦してくれるよ。あなたみたいに、残酷じゃない。」


 彼は微笑んだ。


 一人の魔に堕ちた少女が、魔に見初められた少年に恋に落ちる後ろで。


 作り物の体で、主の懐刀として生きる少女の未来の後ろで。


 英雄として世界を歩き、人々を救いながら歩いていく後ろで。


 たくさんの、あるはずだった未来の後ろで。


 たくさんの、幸せと笑顔の後ろで。


 彼は、微笑みながら消えていく。


「……教えて、カルマ。あなたは―」


 一人の少女の膝の上で、薄れていく意識と感覚の中で。


「―あなたは、幸せだった?」


 彼は、微笑みながら消えていった。


 愛する彼女と、笑顔で見つめ合いながら。



                      (終)

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Please tell me 喘息患者 @zensoku01

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