第47話 急襲Ⅳ
正直、その一言はいかにも彼女らしい。しかしあまりに理解力のない発言なのではないかと耳を疑う。既に街中に黒煙が上がっている時から、どんな敵なのかは明確になっていたはずなのに、ましてや絞られた選択肢の中から更に絞られているというのに、まるで何が起こっているかわかりませんと言われても反応に困る。
それが自分の教え子だというのだからさらに頭が痛い。
足元の自己修復を促進させる魔方陣が展開されてから、警戒して距離を取ったアリシュアも、それの援護に回ろうとしたネルも、凄めばいいのかそうではないのか、わざと混乱を誘ってやっているのなら大成功だという反応をしている。
「……それで、あんたら誰?」
見たこともない心臓の鼓動のような点滅を繰り返すプラズマ・アメジストの先端を向け、青い可憐で華奢なウィッチスタイルの彼女が、険しい視線を二人に向ける。
その立ち姿が強者の風格なだけに、あまりに残念な頭だ。
「……あのなぁ?あんたが何者か知らへんけど、サディスはんを床に這いつくばらせる実力者なんて数える程しかおりませんやろ?」
「……愚問、我らは四楼。」
ネルも、アリシュアも、それは呆れを露わにした返答だった。実力どうのこうのはともかく、まず二手に分かれる前にどっちかに当たるだろうと話をしたはずだったがどうだっただろうと、サディスは少し前の自分たちの姿を思い出しながら頭痛を堪える。
対して、対峙する二人の返事を聞いたヘラは、残念そうと言うよりは、地に伏せるサディスの姿を見て表情をしかめた。
「……そっか。じゃあ、ダメだったんだ。」
何が、とは言わなかった。だが傍目から見ていて、きっとサディスはこの二人とは戦いたくないだろうなというのは感じていた。ここにくるもっと前に、ウォルドとかいう奴と対峙した時とは反応が全然違う。どこか、実力差以上の傷を付けている気がする。
対峙する二人を見つめる。そして今までとは違う自分の魔力の流れを感じながら、目を閉じた先の事を思う。
きっと、辛い戦いになるだろう。
「……なら、手加減はしなくていいね。」
でも、ずっとそんな戦いに目を向け続けた彼の隣に居て、自分が逃げていいはずもない。
世界を救うというのは、そういうものとの戦いでもある。
「そんなら気張ってもらいましょ!!」
ヘラが明確な敵意を露わにした時、真っ先に動いたのはアリシュアの手だった。アルスの持つ【バーサク・ルビー】に比べ赤色成分は薄いが、それでも日光が透過した後が桃色に乱反射している。しかしその輝きを放つのは掌でもなければ指でもない。
袖だ。アリシュアは袖に魔石をちりばめ、その力を圧縮して魔法を使っている。
「【アンダー・ザ・ダークネス】!!」
技名発声と共に、アリシュアの袖が翻る。ちりばめられた魔石の輝きが合わさって、それはそよ風にひらひらと舞う紫蝶を思い浮かべさせる。
だが見とれている場合ではない。アリシュアの二つ名は「蜃気楼」。つまり幻を見せる魔法を得意としてくるはず。ヘラはそう読んでいた。
「ヘラ!ネルに気を付けて!!」
ヘラはアリシュアの次の手に警戒していた。そのためネルへの注意がおろそかになってしまっている。サディスはそれを恐れ叫んだ。
ヘラがサディスの意図に気づいたのは、辺りの空を黒雲が覆いつくしているのに気づいてからだった。
「……遅い。」
咄嗟にネルの居場所を探したが、既にネルに間合いを詰められ、右腕から伸びた黒い触手に拘束されてしまう。
「【
静かに迫り、その姿を見た時には終わっている。それが暗殺や奇襲を得意とする、「夜桜」ネルの戦い方だった。トドメとなる確信を持って放つ一撃は、漆黒の稲妻をスパークさせる。
「ぐあああああああああっっっ!!」
なす術も無く流れ込んでくる電流に、ヘラの神経は悲鳴を上げ猛烈な痛みとなって全身を襲う。
「甘いでネルはん!【モア・バーサーク】!」
アリシュアの袖が再び宙を舞った。すると漆黒のスパークは更に激しさを増して、余波で地面を焼き抉りながら身動きの取れないヘラを容赦なく襲う。
生身の人間が受ければ即死であろう一撃を辛抱強く受け続けたが、口元が僅かに痙攣を始め、ヘラの体は限界に来ていた。
「……これで、終わり。」
その様子を見逃さず、ネルは残された電撃を一点に集め、ヘラの鳩尾に向けて勢いよく噴射する。膨大な電圧を一点に受けたヘラの体は小さく跳ね、その姿を看取った触手は気の抜けた体をその場に投げ捨てる。
「そんな……。」
「……あっけない、見かけ倒し。」
ネルは小さく呟いて、無残に転がった華奢な体を見下ろした。まだ電撃の余波が残った体にはちらほらスパークの残りが跳ねている。
「……死ね。」
静かに閉じている瞼。その安らかな表情には羨望すら覚えるが、ネルはそれを無表情のまま真っ直ぐにナイフ先端を、首筋目がけて振り下ろす。
ナイフは、静かに首筋に入っていった。
勝利を確信したネルは、そのナイフは餞別だと言わんばかりに、綺麗に透き通った首筋に突き立てたまま去ろうとする。
「……いいの?これ、大事な物でしょ?」
ぞくり。何かが背をなぞった時に、その文字が脳裏に浮かび上がった。咄嗟に首が回ろうとするが、それを全身の神経が振り返るなと警告して踏み止まる。自分に危険が迫っているのならアリシュアが何かするはず。そう思ってネルはアリシュアの方を見た。
一目で、想定外の事が起きていると見て取れた。それに驚いている様子はあるが、今すぐどうこうといった感じではない。
ネルは足元に影を忍ばせ潜る準備をする。
「……トドメは、刺したはず。」
「ん?……まぁそうだね。でもさ、首を刺して血が吹き出てこない時点でおかしいって思わない?」
軽い口調のヘラは悠々とナイフを回しながら遊ばせる。その豪胆っぷりは、ずっと近くで必死に戦っているのを見てきたサディスにとっては、異常ともいえる変化の仕方だった。
「なんで……。」
「なんで?って聞く?聞くのはいいけどさぁ……いいの?さっきから逃げる様子がないからちょっと心配なんだけど。」
「……どういう事?」
ヘラの発言はまさに挑発だった。先程まで明らかに優位だった相手に対して逃げろなどと、これから倒そうという敵に対して言うとは正気と思えない。それにネルは既に反撃の準備を終えている。もう一度影の中に潜み、背後に回り込んで心臓を貫く。そのイメージは既に頭の中で出来上がっていた。
だがヘラは、懐疑的なネルに落胆にも似た溜め息を漏らした。
「あのさぁ……あなた達強いんでしょ?突然敵が現れて、何もせずに殴られておしまいだとでも思ってるの?」
「……そうなるように攻撃した!」
ネルは怒りに誘われ後ろを振り返り構える。だがその瞬間に目に飛び込んできた光景に、全身が震えあがる。
ヘラの周囲に、異常なまでの純粋な魔力が集まって螺旋を描いているのだ。
「なに……その魔力……。」
「知らない。あなた達が四楼なら、これぐらい必要でしょ?」
刹那によぎる現象。ネルは瞬間的に影の中に身を潜めようとする。
「……ちなみに言うけどさ、陣魔法に詠唱っていらないんだって。」
だがそれではあまりに遅すぎた。すでにヘラの魔方陣は展開され、それは四人のいる地点はおろか西門側全域を覆いつくしている。これではどこに行こうと逃げ場はない。
そして無情にも、展開された巨大な魔方陣は発光を始めた。
刹那、街全体を焼き尽くす大爆発が赤々と上がったと思いきや、それが青白く発光した瞬間に更に大きな爆発を巻き起こす。黒煙が巻き上がる最中、紫電の蛇が縦横無尽に煙の中をのたうち回り中にいる生物を喰らいつくさんと暴れまわる。
簡易的な天変地異、しかしそれが魔方陣の外へ漏れ出すことが無いのは内側に向かって暴風が吹き荒んでいるからだ。魔方陣を隔てた一歩向こうは何事も無いように街並みを維持している。
やがて蛇が静まると、少しずつ黒煙が晴れていく。大災害に巻き込まれてしまったサディスは蒼白した顔面を土煙で汚しながら、自分の体が奇跡的に無傷なのを確認すると、建物跡一つを隔てた先にいる災害の原因を睨みつけた。
「……あなた、修行に恨みでもあったのかしら?」
引きつった笑みを浮かべると、少女は無邪気な笑顔でピースサインをして見せる。
「【
街一つを容赦なく吹き飛ばそうとする悪女が、ついさっきまで世界を救うとか言っていたことが、サディスはにわかに信じられなくなってきた。
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