第43話  落とされた火蓋

 モンスター狩りは、一方的な形で終わっていた。


 私とサディスは基本的な戦術を確認しながらの連携、と言ってもほぼサディスに言われたとおりの事をやるだけ。それでも魔法の組み合わせだとか、陣魔法の長所である発動タイミングを選べる利点を生かした戦術だとか、勉強になることはたくさんある。今までただ魔法を撃ってきただけの私にとって、サディスの魔法の使い方は想像もできないぐらい利口で、楽だった。


 タマちゃんはアルスと一緒に行動してたみたいだけど(というか私がそうしてくれってお願いしたんだけど)、正直アルスが討ち漏らした敵をただ瞬殺するだけだったみたいで、特に疲れた様子とかはなく平然としていた。


 それでアルスはというと、向かってくる魔物も、そうでないものも関係なく蹂躙していた。正直、カルマの戦い方を見てきた私にとって、それはあまりにも野蛮でガサツな戦い方だった。斬る、焼く、凍らせる、戦いの中では当たり前なのだけれど、アルスのそれはただの弱い者いじめにしか見えなくて仕方がない。カルマは向かってくる敵には容赦がないが、どれも一撃、それも一瞬で仕留めてみせる。


 アルスに一撃をもらって、苦しみもがく魔物のうめき声が、どうしてか私の心の根を深く抉ってくる。アルスの剣に着いた魔物の体液が不快に思えて仕方がない。


 本当に、魔物や魔王は敵なのだろうか。サディスやカルマと一緒にいるうちに、私の役目がわからなくなっている気がする。


「……ん?どうしたのヘラちゃん。ぼーっとしちゃって。」


「へ?ああ、うん。なんでもないよ。」


 アルスが私を心配して声をかけた時、隣にいるサディスの表情が少し嫌味を含むみたいに歪んだ。目の前で身内を殺されれば仕方のない事か。いや、でもここにいるのって野良の魔物じゃ?


 私は囁くようにサディスに耳打ちする。


(ねぇサディス、気持ちはわかるけど気を付けなよ。気づかれたらどうなるかわからないんだよ?)


 するとサディスは深く溜め息を吐いて、呆れられたのかと思えばいつもみたく小馬鹿にするような微笑みをみせた。


(別に、気づかれてもどうということはないわ。それに、あれははぐれものだもの。目の前で倒されても何とも思わないし、私が倒すことにも躊躇いはないわ。)


(そうなの?……それじゃあ今の顔はなんなの?)


(あら、気になるの?)


 挑発気味に尋ねてこられると、流石にこっちもムキになる。


(そりゃあ……だって心配だし。)


(……そう。あなたに心配されてるようじゃよっぽどね。私も疲れてるのかしら?)


(……あのさぁ。)


(言いたいことはわかるから大丈夫よ。……そうじゃないの、ただあれが、魔王様と対を成す「勇者」という存在なのが気に入らないだけよ。)


 サディスのアルスに送る視線は、汚物を汚らわしく思うのと同じものだ。アルスは気にもしていないようだが、確かに勇者というには少し戦い方が野蛮な気もする。


 いや、カルマに比べれば、という話ではあるのだが。


(……そっか。)


(肯定?……そう、あなたも同じことを考えていたのね。カルマなら、きっとこんなことはしないだろう、って。)


(なっ!?誰があんなろくでなしの事なんか!!)


(顔に「図星です。」って書いてあるわよ?……いいえ、それが正しい感性だと思うわ。)


 サディスの口ぶりはわざとらしいが、しかしいつものように説教めいた態度ではなく、むしろ私にそうであって欲しかったと言っているようだった。


 最近気づいたことなのだが、サディスは考え事をしている時によく腕で胸を抱えながら、何かをじっと見つめている。


 今は、その視線の先にあるのがアルスだ。


(命を奪う事がこんなにも残酷だっただなんて、アレといなければ気づくこともなかったでしょうね。)


 サディスは、いつも何かを考えている。難しい事も、そうじゃないことも。もちろん私を馬鹿にする時だって考えている。それはそれで憎たらしいけれど、そこに悪意や感情の蟠ったものはなく、正直言うと頭のいいお姉ちゃんができた気分ではある。それは私と違って、ガブルや、魔王軍をその背に抱えているからなのだろうか。カルマも世界を救うという大きな使命を背負っている。何かを背に抱えている人は、常に何かを考えて、それを行動をしている。


 私はどうだろうか。私にそういうものはあるだろうか?ウィッチスタイルになれるようになってから、本当に色々な事を考えさせられる。


(私は……これでいいのかな?)


(……それは自分で決めなさい。私に言えることは何もないわ。)


 サディスから受け取ったプラズマ・アメジストは、私の手の中で凛とその輝きを放っている。この子はもう、どんなことがあろうと私についてきてくれる。サディスが期待外れの、だけど予想通りの答えをくれたとしても、その本心はちゃんとこの子が通訳してくれる。


 ……そうだよね。まずはウィッチスタイルを使いこなせるようにならないとね。


「…………。」


 とりあえず目の前の事に集中しよう、そう心に決めて、ふとタマちゃんが、何か一点をじっと見つめているのに気が付いた。


「ん?どしたのタマちゃん。」


 相変わらず無表情のままで何を考えているのかがわからない。するとタマちゃんがゆっくりとその方向を指で指し示す。


「……ヘラ様、市街地に煙が上がっております。」


「えっ!?もしかして火事!?」


 市街地の中心部から、薄灰色の煙が真っ直ぐ立ち昇っている。だが、それだと言うのに街の人たちの声がしない。悲鳴は愚か、火事が起きたことを伝えようとする叫び声すら上がらず、ただしんとしていた。


「……これは、違うみたいね。」


 焦る私の横でサディスが呟いた。それとは別に、私の横を駆け抜けていく人影。


「アルス!?」


「ごめんヘラちゃん!なんか嫌な予感がするから行ってくる!」


「えっ!?ちょっと待って!あそこに行くの!?」


「俺達の宿が近いんだ!もしかしたら仲間が襲われてるかもしれない!」


 焦燥を浮かべ、額に汗をかきながら市街地へ駆けるアルス。だがその行く手を、突如地中から生えた分厚い氷の壁が遮った。


「【アイス・ウォール】……。」


「サディ!……じゃなかった。ナディア!?」


「ナディア!?何のつもりだ!邪魔しないでくれ!」


 サディスの突然の奇行に、叫ぶ名前を間違いそうになる私と怒るアルス。だがその険しい目つきを見た時、それが意味のある行動だとすぐに理解した。


 サディスは、既に臨戦態勢を整えている。


「タマちゃん!構えて!」


 私の命令でタマちゃんも戦闘態勢を取る。私も一度解除したウィッチスタイルをもう一度出そうとする。が、やっぱりまだ上手くコントロールができずに、ゆっくりとした変身になってしまう。


 もし敵がもう来ているのなら、恐らく私は間に合わない。


「ナディア!なんで俺の邪魔をするんだ!」


「……気づかないのかしら?一度冷静になって神経を研ぎ澄ましなさい。」


 激高するアルスを冷徹に諫めようとするサディス。しかしムキになったアルスが、サディスに向けて剣を構えた。


「邪魔だ!いいからどけ!」


 しかし、その直後に鋭い感覚が肌を刺した。


 アルスの背後から首を薙ぐように、突如として現れた真っ黒な鎧の男の一閃を、サディスの氷魔法でできた障壁が妨げる。


 全員に、冷たい波動が打ち付けられる。


「なっ!?……。」


 驚嘆と共にその場へ転がったアルス。黒い鎧の男とサディスは、互いの一撃を亀甲させたまま睨み合う。


「……どういうつもりだ?サディス。」


「あなたこそ何のつもりかしら?ウォルド。城内へ侵攻する命令はまだ出ていないはずだけど。」


 そうお互いに一瞥入れて、拮抗していた力同士が弾けた。黒い鎧の男、ウォルドという名前らしき男の出で立ちは、歴戦の猛者だというのを物語っていた。


「魔王も、お前も温すぎる。わざわざ交渉などせず、こうして力で制圧してしまえば早いものを。」


「明確な反逆宣言をどうも。傷付ける事しか頭にないお子様は、いつまでもお庭で素振りしているといいわ。その馬鹿みたいに大きな剣でね。」


「……戯言を。」


 睨み合い、二人の間を摩擦する険悪な空気。そうだ、思い出した。ウォルドってサディスと同じ「四楼」の一人じゃない!それが何でこんな所に!?


 私が困惑していると、その険悪な空気を切り裂くように一振りの一撃が飛び込んだ。ウォルドの剣に遮られ、甲高い音を響かせる。


「「四楼」のウォルドだな!不意打ちとはいい性格してるじゃねぇか!」


「ふん、邪魔が入らなければ飛んでいた首がよく喋る。」


「うるせぇ!悪いけどここで倒させてもらうぜ!」


 威勢よく飛び込んだアルスが、競り合う剣に力を籠める。


 しかし何故かウォルドは、勇む勇者を前にして不敵な笑みを浮かべている。


「……何がおかしい?」


「いや……倒す、か。よくもその程度でそんな口が利けるものだな。」


「……なんだと?」


 アルスの一撃をウォルドが弾き返し、アルスは空中で身を翻して着地する。相も変わらず不気味な笑みを浮かべるウォルド。


「本気が出ないか?なら、出させてやろう。」


 そう言ったウォルドは突然、地中に向かって魔力を集中し始めた。僅かに地面が揺れ、足を開いてなんとか体勢を維持する。地揺れが強まり、するとウォルドの背後から巨大な十字架が三体現れ、それには何かが括りつけられていた。


 私は、悲鳴を上げようとする口を両手で覆い隠す。サディスも、そしてアルスも、その光景に愕然とした。


 十字架にくくられているのは、恐らくアルスの仲間たち。それが、丸裸で血だらけになって、首をねじ切られ無残に垂れ下がっている。


「……どうした?少しはやる気になったか?」


 残酷な仕打ちを躊躇うことないその冷たく荒々しい目つきは、無残な命をも冒涜する。


「……お、お前……ォオ前ェェェェェッッ!!!」


 変わり果てた仲間の姿に激昂し、アルスは愛剣を振り上げて突進する。


「【スピード・プラズマ】!!」


 雷魔法の補助を受けたアルスの足元が浮遊し、土煙を巻き上げながら猛スピードでウォルドの首に迫る。だというのに、ウォルドはまったく余裕の表情でそれを待ち構え、あげくには笑みを浮かべて弄んでいるようにも見える。


「タマちゃん!!」


 ヘラがそれに気づいた時には、咄嗟にその名前を叫んでいた。たったそれだけで意図を汲み取った影が、猛スピードでぶつかり合おうと迫る二つに割って入りこむ。


 激しく火花を散らす一振りと、迎え撃つ真っ黒な払い上げられた一閃を、二つに分かれた大剣を握る細い腕が受け止める。そして互いに跳ね飛ばされ、間に入ったそれは無傷のまま凛と立ってみせる。


「……なんだお前は?」


 後ろへ跳ね飛ばされたウォルドが、転がった自分の体を起こしながらタマを睨みつける。しかしタマは一切の関心を示さず、ただ黙々と剣を握っているだけだった。


「タマちゃん!こいつをお願い!」


「……了解しました。対象を排除します。」


 ヘラが命令すると、タマはすぐに両刀を構え直しウォルドと対峙する。そしてヘラは、いつの間にか駆け出したサディスの背を追う。


「サディス待って!私も行く!」


「私は西門へ行く!あなたは東門に向かって頂戴!」


「別行動!?……あぁでもわかった!東に行く!」


 すでに戦局は動き出した。サディスは同じく「四楼」のアリシュアとネルの動きを警戒した。ウォルドが動き出しているなら、それぞれの門にいるはずの二人も行動を起こしている可能性が高い。アリシュアが城内にいたことを考えれば、門は既に突破されていてもおかしくない。誰か一人でも城に辿り着けば終わってしまう。サディスは二択のうちの一つをヘラに託し、賭けることに決めた。


「行かせられんな、サディス。」


 その動きを見たウォルドがサディスに向かって剣を構えた。


 直後、肌を切り裂くような烈風が大地を這う。


「【破嵐】。」


 その発生とともに、剣を構えたウォルドの脇を猛突する竜巻が襲う。幾重にも生まれる斬撃を受け止めながらかわし続け、それを全て凌ぐ頃にはサディスとヘラの姿は消えていた。


「……ちっ。」


 小さく舌打ちをしたウォルドは、か細い腕の両刀使いの無表情を睨み、その奥にいる勇者にも一瞥する。


「まずは貴様らからだ。」


 黒い鎧に隠れた野望が、握られた剣の刀身に渦を巻いていた。

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