第42話 主役のいない世界Ⅱ
腹いせに三人分の服を買ってやった。文句なんて言わせない、私を中心なんかにするのがいけないんだ。
服と言っても簡素なものだ。私は胸元が紐で括られた白革のチューブトップに、黒ベースの右腰から膝上にかけて三本の白いラインが入ったフレアスカートに、口が黒い白のオーバーニーソックスというモノトーンコーデ。これだけ露出が多いのに色気が出ないのが本当に不思議。
サディスは何故か模様も装飾も何もない黒のワンピース。にもかかわらず色気が飽和していてなんかすごく腹立つ。というかちょっとサディスのウィッチスタイルに似ている。同じ服しか着ないのか。
タマちゃんは精一杯改造して、黒の革レギンスに金色のラインが入ったレザージャケットを着せた。凄くできる女軍人みたい。元々スタイルもいいから、出るところは出て締まるところが締まっているバランスのいい格好になった。動きも邪魔しないし、これならカルマも怒らないだろう。
……なんだろう、どうしてそんな事気にしてるんだろう。いないやつの事なんてどうでもいいはずなのに。
「……今ごろ勝手なことしたの、後悔してるのかしら?」
そんな私の心を読んだかのように、サディスが呆れ口調で言う。
「そんなのしない。それに、カルマはもうちょっと女の子の服装について気を使うべきよ。あんなのじゃ恥ずかしくて外もあるけやしないんだから。」
「まぁ……その意見には賛成ね。でもいいの?手持ちはそんなにないはずよ?」
「稼げばいいの!!城の前にはうじゃうじゃいるんだし!!」
「……一応言っておくと、私の部下もいるのだけど。」
「野良のモンスター退治もあるはずだから!!それに……何もしないで立ち止まってるよりはずっといいでしょ?」
「前向きなのは良い事ね。考え無しの無鉄砲さも無くなって安心だわ。」
「まるで私がバカみたいじゃない!!」
「違うのかしら?無様に野良モンスターに襲われ死にかけ、助けてもらっておいて恩も言えず、あわよくば寄生して文句を垂れ込むだけのおバカさん?」
「……ぐぬぬ。」
私が何も言い返せないでいると、サディスは深く溜め息を吐いて首を振った。
「カルマの行動は、極端だけど理にかなってはいるわ。私たちはそれに着いていくだけ。少なくとも今は、それが最善であり最優先よ。現にこちら側の情勢も怪しいしね。」
「……ん?どういう事?」
「こんな所で大声でする話じゃないわね。気にしないで頂戴。」
「ふーん……あ、それってカルマが紙に書いて」
紙に書いてあった事?と尋ねようとしたら、すっと伸びてきたサディスの掌に口を塞がれた。
「それ以上口にするなら容赦はしないわ。」
「……むぐ。」
くぐもった声で頷くと、サディスは冷たい笑顔をにこりと浮かべた。
「それで、この後はどうするつもり?」
真顔に戻ったサディスと無表情なタマちゃんに囲まれ、とりあえず女らしくなったことだし美味しいものとか食べに行きたいけど、正直そこまでの余裕は無い。何かあった時の為にやっぱり少しは手持ちがないとね。
それはそれとして、いざ尋ねられるとやることなんて何もない。サディスは……情報収集だっけ?カルマからの頼みごとがあるみたいだけど、私とタマちゃんは何も無い訳だし、かといってすることなんてもうないし……。
「どうするって……どうしよ?」
私が小首をかしげると、サディスはやっぱりそうかと呆れ気味に深い溜め息を吐いた。
「だろうと思ったわ。……カルマには悪いけど、情報収集はガブルに頼むことにするわ。私が歩き回れば向こうに勘づかれるだろうしね。という訳で修行の続きよヘラ。あなたはまだウィッチスタイルを顕現できるようになっただけで、魔法そのものを完全に使いこなしている訳じゃないんだから。」
「えぇー……まだやるの?正直基礎は教わったからもういい感じなんだけど。」
修行と言う言葉を聞くと途端に倦怠感が込み上げてくる。しかし私がそんなとりとめのない弱音を吐くと、サディスは喧騒に駆られた鬼の如く、その細い眉を吊り上げた。
「文句を言わない。あなたは生まれ持った魔力が桁違いに多いの。昨日はそれを制御できずに空間の湾曲まで起こしてたじゃない。少なくともウィッチスタイルを維持したまま生活ができる程度にコントロールできないようにならないと、カルマに舐め回される卑猥な毎日になるだけよ。」
ずいずいと滲み寄ってくる般若のようなお怒りに圧迫される。なんだかお母さんに怒られてるみたいで嫌なんですが。
だがしかし、あんなのが毎日続くなんて頭がどうにかなってしまいそうだ。
「うぐぅ……やるしかないのか。」
「ただでさえ時間がないのだから真剣に取り組むことね、救世主さん?」
「んなぁっ!?それはカルマの方だってば!!」
「あなた自分で世界救うって言ったじゃない。自分の言葉に責任は持つものよ、大人ならね。」
「うぐぬぅ……なんかサディスがお母さんっぽくてムカつく。」
「私が母親なら、もう少し出来のいい娘に育てたけどね。」
「なにをぉーっ!?」
「……………。」
サディスに食って掛かる私を無言で見つめるタマちゃんの視線が痛い。いやでもここで食い下がったら私の威厳がっ!!………。
「あれ?あんたら「カルマ」の……。」
その声が聞こえた瞬間に、全身に電流が走って背中から後ろに飛び跳ねたのは言うまでもない。
うわ……凄いタイミングで会っちゃったな。サディスの表情が若干引きつってるのが、事態の悪さを連想させる。
「やっぱりそうだ、「カルマ」の奴隷たちじゃないか。……へぇ、驚いた。前は布に隠れてよくわからなかったけど粒ぞろいじゃないか。」
「……勇者アルス。」
サディスがか細い声で呟いた、本来なら一番の宿敵である勇者アルス。それがお供も連れずに我が身一つで街中を歩いているのだから驚く他ない。門の外では未だ魔王配下の四楼達が包囲網を敷いているにもかかわらず、肌着に薄い生地のハーフズボンとはどういう事だろう。本当に勇者なのかこれは。
「な、なんでこんな所に?」
「いやいや、俺も普通に一人の人間だから。」
「じゃなくて!!門の外は大変なことになってるはずでしょ!戦いには出なくていいの?」
まさかこんな人に出会うとは思っていなかったので、もうとりあえず頭に浮かんだ疑問を手当たり次第にぶん投げていく。それなりに的は外れてないと思うけど、アルスは器用に片目だけ閉じて、眉を上げて不思議がった。
「ん?四方門は堅牢だし、兵力も充分だからあんまり心配はしてないけど……そりゃ南門の被害は甚大だったけど、あそこは何故か敵も弱ってるし、「四楼」が出てこない限りは俺達の出番はないと思ってるけど。」
「っ………………。」
私とサディスは絶句した。これだけ敵が間近にいるのに、まるで飽きたらすぐ帰るだろうという面持ちでいるなんて、きっとカルマが聞いたらとんでもない勢いで怒りだすだろう。アルスを含め、人間側にはシルエットが落ちるという危機感がまるでないのだ。街の中がこんなに平和なのも、それだけ防備が完璧だと言う証拠だろう。
それにしても……戦いの最前線に居なきゃいけないはずの勇者が、こんなところでこんな格好していていいのだろうか。
「なに?もしかして魔王倒しに行くとか思った?……まぁ、そうしたい所なんだけどね。先代勇者が倒れてから魔族側の攻勢が強まって、俺達もここから出られないんだよ。結局戦力で負けてるのは間違いないからね。ましてや一番魔王に近いって言われてる四人がすぐそこにいるのに、おいそれと魔王倒しになんていけないでしょ。」
……そう思うのなら一刻も早く装備に着替えて、城の外にいる四楼たちを倒すべきだと思うんだけど。とは言えない。そんな度胸は無い。
「それで、カルマは?」
「へ?あぁ、えっと……。」
まさか奴隷が主をほったらかしで出掛けてるとも言えないし、困った視線をサディスに送ってみるけど、苦笑しながら無言で首を振るというなんとまぁ他人事のような反応を返されてしまってはどうしようもない。
もちろん、その様子はアルスに筒抜けな訳で。
「……え?まさか抜け出してきたの?」
「ま、まぁそんなところ……。」
適当に返事を返すと、アルスは膨らんだ頬を堪えきれずに噴き出した。その後で、快活な笑い声が街中に響く。
「はっはっは!すごい度胸だね、主に黙って抜け出してくるなんて。そんなことしたら契約に何されるかわかったもんじゃないよ?」
「ま、まぁぁぁそぉうだよぅねぇぇ………。」
アルスには大うけだが、サディスは俯いて必死に笑いを堪えてるし、タマちゃんは無慈悲なぐらい無表情を貫いている。こんなのもう、冷や汗浮かべて笑うしかない。
ああもう!二人とも笑ってないで助けてよ!!
「はーぁ、面白いなぁ。でも案外見直したかも。あいつも意外と器の大きい事するんだな。大事な奴隷を野放しだなんて。」
「うん……そうだよね。普通そんなことしないよね。」
我ながらアホさ加減が良い感じに露呈してしまっている。穴があったら入りたい。
「……よし!それじゃあ冒険ついでに、経験値でも稼ぎに行く?と言っても稼ぐのは金で、経験値ってのは戦闘の勘とかそういうものだけど。」
すると、アルスが突然に平手を叩いて、私たちにそんなことを提案してきた。
「えっ、本当!?」
実力はわからないけど、アルスが味方に付いてくれるなら心強いし、これ以上ない魅力的な提案だった。見境なく飛びつこうとする私だったが、私の保護者は容赦なく後ろ首を引っ掴んだ。
「うぎゃっ!!……ちょっと何するのサディぶぎゃっ!!」
その名前を呼ぼうとした時に、顎を下から無理やり閉じられ頭上に容赦のない拳骨が落とされた。指の骨がしっかり尖っていて、衝撃も程よく加わって絶妙に痛い。
そして腕を回されてその顔を寄せられると、先程の般若の形相が二段階ぐらい進化していた。
「いったた……ごめんってば!止めてくれてありがとう!」
「ありがとうじゃないわよおバカさん?あなたは一度踏み止まって考えるって事ができないのかしら?今自分の起こそうとした悲劇と、その先にある惨劇と、その後で激昂するカルマの行動を、ちゃんと予測したうえでほざいてるんでしょうね?」
回された腕がしっかりと首筋を固定しながら締め上げてくる。当たり前だけど、ものすごい怒ってらっしゃる……。
「正直アホ丸出し過ぎて見てられないわ、お互いにね。軽率な行動を取るのはやめなさい。アレが何を考えているのか、はたまた何も考えてないのかまるで見当がつかないわ。カルマの動きを待って息を潜めるのが、その空っぽの頭でもわかるでしょう?」
「でもでも!!正直カルマが何してるかなんてわからないし、お金だってほら、無いよりはあった方がマシだし、私たちだけじゃ難しい部分もあるでしょ?」
「それは……確かにそうだけど。」
……んお?サディスが一歩引いてくれてる?なんとかここで押し切れれば!……。
「それに、私の修行だって、実践に近い形の方が身につくかもしれないじゃない!どうしてもサディスが相手じゃ遠慮が出ちゃうし、万が一ウィッチスタイルが暴走しても街中よりは幾分かマシでしょ?だからね、ね?」
手を合わせてお願いしてみせるけど、やっぱりサディスの表情は渋いままだ。だからと言ってタマちゃんに協力を仰いでも何にもならないだろうし……。
悩んでいると、サディスの口から呆れるような深い溜め息が出た。
「……はぁ、咄嗟にしてはよく頭が回った方ね。いいわ、但し私の名前は出さない事と南門には近づかない事、それと私とタマも同行させなさい。あなた達を二人に、そうでなくても彼のパーティにあなたを放置してはいけないわ。」
よし!お母さんからオッケー出た!心の中で渾身のガッツポーーーズ!!
「……今失礼なこと考えたツケは後で払ってもらうわ。」
全力の冷凍スマイルが私の燃える心を凍り付けにしたところで、私はアルスに一緒に行く旨を伝えた。
「よし。でもなんか、美人ぞろいで緊張するな。門の外には出ずに、魔力溜まりから出た門周辺のデカい奴を狙おうと思う。それぐらいならこのままでもいけるしな。」
「え?装備はいいの?」
てっきり準備をしてから行くものだと思っていた私は拍子抜けした。するとアルスは突然、魔方陣を出現させ、その中央に浮き出た突起を勢いよく引き抜いた。
刀身は決して大きくはないが、それでも綺麗に研ぎ澄まされていて見とれてしまう。刀身と持ち手の付け根には真っ赤に澄んだ、拳より一回りぐらい小さい程度の魔石が埋め込まれた長剣が、まるで身体の一部のように振り回される。
「これがあれば、大したことないから。」
「おぉ……。」
これはこれで言葉を失ってしまう。なんというか、カルマよりも勇者っぽい。
「……【バーサク・ルビー】…。」
「へぇ、勉強熱心だな。えっと……。」
「ナディア、そう呼んで頂戴、勇者さん?」
不敵に微笑んだサディスが口元に指を当てて誘惑すると、アルスはそれを物ともせずに快活な笑顔を浮かべた。
サディスお得意のお色気が効かないなんて……もしかしてサディスって意外とモテないのかな?
「それじゃあナディア、その様子だと結構な使い手みたいだけど?」
「一通り魔法はできるわ。まぁ……物に寄るけど、その子の方が強力よ?」
「……へぇ、ナディアよりも、か。期待しておくよ、ええっと……。」
「あ、まだ名乗ってなかったっけ?私はヘラ、こっちはタマちゃん。」
私がそう言うと、タマちゃんは瞳を閉じてアルスに軽く頭を下げた。
「タマって……猫じゃないんだから。」
「あはは……色々事情があって、名付け親がカルマなんだよねぇ…。」
「それは……うん、まぁ……しょうがないな。」
言葉の要らぬ納得と同情がアルスの目から伝わってくる。それを気にするのはタマちゃんじゃなくて私なんだけどね。
「とにかく!頑張って今日の晩御飯を業火にするんだから!よろしくねアルス!」
「あぁ。……丁度、三人の実力も知りたかったしな。」
「……へ?何か言った?」
「いや何でも。それじゃあこっちだ。ついてきてくれ。」
なんだか一瞬、アルスが不気味なにやつきを見せた気がするけど、まぁ気のせいだよね。
こうして私たちは、アルスと一緒に修行も兼ねて小銭稼ぎをすることになった。
だけどこれが火種になるなんて、この時の私たちは思いもしなかった。
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