第41話  主役のいない世界Ⅰ

夢を見た。そう形容したくなるほど悪夢的な時間だった。


初めてカルマに出会ったあの日、もしカルマに出会っていなければ、この夜に体感した全ての通りになっていただろう。まず四肢を千切られ、胴体をしゃぶられ、血の一滴も余すことなく舐めまわされる。叫んでも泣いても止まる事のない蹂躙を、ただひたすら快楽として受け入れるしかない時間を、消えていく命と共にする絶望。それがこの夜だった。


また、助けられてしまった。途中まで意識はあったが、ベッドの上で横たわる自分が何をしていたかまでは憶えていない。またお前はどうとか言われるのだろうか。感謝はしているが、憎まれ口ばかりなものだから、意図せずとも心が拗ねて憎まれ口を返してしまう。


ちょっとぐらい、褒めてくれてもいいと思う。ようやくウィッチスタイルも顕現出るようになったのだから、これでもう足手纏いとは言わせない。


私も、世界を救うんだ。そう意気込んで、私より早起きな朝陽を見つめていた時だった。扉の向こうから、ノックの音が響いた。


「………わざわざ閉めたりなんてしないから、さっさと入ってきたら?」


もう上がり込んでいる部屋なのに、わざわざ無駄に紳士的な態度を示してくれるものだと関心した。


だが開いた扉から現れたのは、私の期待した人物ではなかった。


二つに割れた大剣を腰に携えた華奢な腰つきは、私達を牽引してきた彼のものではない。


「おはようございます、ヘラ様。」


タマちゃんが、ボロ衣の格好のまま、そんな美脚を隠すなんて勿体無いと思えるぐらいセクシーな出で立ちで現れた。


……あのさ、服くらい買ってあげようよホントに。


「カルマもさぁ、もうちょっとタマちゃんを優遇してあげてもいいと思うんだけど。」


「………?何の話でしょうか?」


「これじゃ本当に奴隷だって話!………それで、カルマは?」


首をかしげる所がタマちゃんらしいなと思いながら、飼い猫を置いてけぼりにしたご主人様の事を尋ねると、タマちゃんは首を横に振った。


一瞬、その意味がわからずに困惑する。


「………カルマ?」


呼んでも返事がない。きしきしとベットから木の軋む音がしたが、これはサディスが寝返りをうったからだ。そう言えば、私のためにこの部屋にいたはずなのに、いつの間にかいなくなっている。


そこまで考えて、昨日のことを思い出して、なんだか恥ずかしさが込み上げて顔が茹で上がってしまう。まだなんとなく、あの少しごつごつした指で愛撫された感触が体に残っているからだろうか。


ってぇ!!そんなことは今はいいの!!


それよりもカルマが本当にいない。どこかにいく心当たりもないし、本当にどこへ消えたのだろうか。


「………これは…。」


すると、タマちゃんが机の上にある何かを見つけた。一枚の紙、紙というにも随分と劣化している屑同然の、シワが寄った和紙のようだが、果たしてそんな物がこの部屋にあっただろうか。


 タマちゃんはそれをじっと見つめたまま微動だにしない。それが少し、不気味だ。


「……タマちゃん?」


 呼びかけると、タマちゃんは無表情のままこちらを振り向いた。


 まるで、カルマから命令をもらう時のように。


「ヘラ様、これを。」


 そう言って渡されたボロ紙、そこには初めて見るカルマの書いた字と、これが意外に線の綺麗な字で腹立たしいが、その衝撃的な内容に余計に腹が立ってくる。


「……うるさいわね、朝から何をそんなに震えているのかしら?」


 ようやく目覚めた様子のサディスが疲労困憊の声で呼びかけてきたが、それがやり場のない怒りの矛先になってしまい、紙を握ったままの拳をそのままベッドの上に叩きつける。


 ドシン!!と衝撃を与えたベッドの脚が大きく軋み、それがサディスの眠気を帯びた瞼をこじ開ける。


「あんの………あんっっの自分勝手めぇぇぇぇぇッッ!!!」


 そう叫ばずにはいられなかった。ずっと振り回されっぱなしではあったが、今回ばかりは文句だけでは済みそうにない。


「……ヘラ様、ご命令を。」


 そんな私が何だと言わんばかりに、タマちゃんは主人から与えられた命令を淡々とこなそうとしていた。


 もうわかると思うが、紙にはこう書かれている。


【ヘラ、お前にタマを預けておく。何かあれば連絡しろ。サディスはこの街の置かれている状況について詳しく調べておけ。


                        俺は少し、殻にこもる。】

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